27
俺はぼうっと空を見上げていた。
周囲には五人ほどのうめき声が響いていたが、何も面白くない。
少し離れた所で、複雑な表情を浮かべた梓が立っている。近付いてこないのは、彼女にも彼らを助ける気がないからだろう。
俺は最初に石を投げつけてきた坊主頭の首を掴み、顔を上げさせた。
「やめて、やめて・・・・・・」
首を傾げて、許しを請う坊主頭を見る。
殴る。
嫌だ嫌だと坊主頭を首を振るけれど、何でこんなに簡単に音を上げるのだろう。きっと鍛錬が足りないからだ。
だから、殴る。
伯母が、祖父がそうするように。丁寧に。
殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る殴る。殴る。殴る。殴る。
坊主頭が声を出せなくなったから、次を掴んで、殴る。これは、鍛錬だ。彼らは敵じゃなくなったから、次は鍛えなければならない。俺がそうされているように。無駄なことをするのは、鍛錬が足りないからだから。しっかりとやらなければならない。
「アズマくん!」
彼女から声をかけられて、動きを止める。
「もう、いいよ。やめて」
哀願するような声に、首を傾げる。
まったく、理解できない。
が、彼女から見て充分に見えるのなら、そうなのだろう。俺は手を離して、彼女に近付く。彼女は、俺の手をとって、歩く。気付けば夕暮れだ。もう、帰らなければならない。夜の鍛錬が待ってる。
帰りを待っていたのは祖父だった。
宿の玄関の横にある喫煙所でゆっくりと紫煙を燻らせている。その姿を見て、梓は何か感じるものがあったようで、俺の手を放して宿の中に入っていた。
「アズマ、近くに広場がある。行くぞ」
そう言って歩き出す祖父の後ろに続く。
連れて来られたのは、僅かに下生えがあるだけの広場だった。素足で立っても足元に石の感覚はない。丁寧に整備された場所だ。
構えろ、と言われたので構える。
直後、祖父の前蹴りが俺を弾き飛ばした。手加減されているのは解かっているが、その威力にびりびりと腕の骨が痺れた。
顔を上げると、祖父の拳が落ちてくる。それを地面に打ち流し、膝を入れる。打ち込んだ方である俺が顔を顰めてしまうほど硬い腹筋に威力を殺されて、バランスを崩してしまったところを首根っこを掴まれて空に向かって放り投げられる。
地面に叩き付けられる前に受身を取り、転がって立ち上がった瞬間を頭を蹴り上げられる。ぎりぎり腕を上げて防御に成功したが、そのまま地面に倒れこんでしまう。追い討ちの踏み付けを転がって回避して、距離をとる。
「どうした。攻撃してこい」
滑るに地面を駆けて、掌打を連続で打ち込む。祖父はそれをあえて受けて、ふむ、と唸り、蝿でも払うように腕を振って俺を弾いた。
「お前。何かやってきたな」
話す理由もないので黙りこんでいると、はぁ、と小さく祖父はため息をついた。余計なことをしてるんじゃない、と言って俺の頭を掴んで、強烈な打撃を腹に入れてきた。防御することも出来なかった俺は、その場に蹲り、少ない胃の中身を吐き出した。
「・・・・・・まぁ、しょうがねぇか。お前のは自動だからな。そのくせ中途半端だ。・・・・・・まだまだ『あいつ』には届かねぇか」
・・・・・まぁ、『あいつ』も餓鬼の時分はこんな感じだったか。
小さくそう呟いて、祖父は身を翻した。
「今日は終わりだ」
それだけ残して祖父は去っていった。口の中に残った胃酸の味に顔を顰めて、ぐいっと袖口で口元を拭って立ち上がる。
そして、だいぶ遅れたが祖父の背中を追って歩く。
祖父は待ってくれない。もう部屋に戻って晩酌でも楽しんでいるかもしれない。
玄関にたどり着くと、梓とその祖母が待っていた。
「あらあら、ずいぶんとぼろぼろね。怒られたの?」
何について怒られたのかまったく理解できないので、首を左右に振る。これは、いつもの鍛錬だ。それに、いつものに比べればずっとずっと生温い。
「ご飯は私たちのところで・・・・・・その前にお風呂に入りましょうか。歩いていける?」
頷いて、浴場に向かう。上着を脱ぎ終わったところで彼女が入ってきた。
「これ、タオル・・・・・・・」
彼女の瞳は、俺の体に刻まれた傷に吸い込まれるように注がれた。刀傷、打撲傷、擦過傷に痣。中には縫ったばかりの傷もあるから、嫌でも目を引くだろう。
「・・・・・・お部屋は、解かる?」
頷いてタオルを受け取る。その場に佇む彼女が何をしたいのか解からないけど、動かないのならしょうがないのでそのままにして大浴場に入った。俺の風呂は短いので、すぐに食事にありつけることだろう。体を洗って湯船に少しつかって、浴場から出ると脱衣場にはまだ彼女がいた。
着替え終わるころでもそうしていたから、軽く頬を突いてみる。
びくりと肩を震わせて顔を上げる仕草が、面白かった。
「え、え? も、もうあがったの?」
頷いて、彼女の服の袖を引っ張る。
「あ、そうだね。行こうか。・・・・・・アズマくん・・・・・・・笑うんだね」
首を傾げて彼女を見ると、なんでもないと言って彼女は俺の手を引いた。