表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
28/39

26

茫然自失、という体で目の前の、梓と呼ばれた少女は俺を見つめている。何かを探るような、何かを見通しているかのような奇妙な静寂がある。壮年の女性・梓の祖母は薄く笑うと、梓の肩に手を置いた。まるで電気が走ったかのようにびくりと体を震わせて、梓は祖母の方に目をやった。


「梓、この子はアズマくん。しばらくここに泊まることになったの。よかったらこの辺りを案内してあげて。それに、この子のおじい様との話は長くなりそうだから・・・・・・・」

「でも、おばあちゃん」

「あら、梓。まだ、大丈夫よ」


解かっているでしょう、と優しく梓の祖母は言った。梓は一瞬迷ったような顔をした後、こくりと頷いて天真爛漫な笑みを浮かべた。あるいは、そのように見える笑みを浮かべた。

梓は言いつけ通り、俺の手をとってぐいっと引っ張った。抵抗することは難しくない。梓の腕の力では俺を引っ張り起こすことは不可能だ。でも、抵抗する意味もない。梓の祖母が祖父に用があるというのならば、それはきっと俺には関係ないことだ。それに祖父はこう言っていた。この辺りの地理を見て来い、と。

だから、俺は梓に引っ張り起こされた。

そのまま手を引かれて外に出る。

ちょうど入れ替わりで部屋に入っていく祖父を横目に見ながら、俺は外に出た。


■■■


「どうだい? 『あいつ』の孫はよ」

「危ういわね」

「・・・・・ふぅん? 天通眼の魔女が言うならそうなんだろうな」

「・・・・・タバコ、吸わないの?」

「病人の前で吸うわけねぇだろ。文雄ももう吸ってないんだろ?」

「彼は結構前からだけれど・・・・・・・」

「ならいいじゃねぇか。気にしなさんな」

「私、あなたに謝らなければならないことがあるのだけど、いいかしら?」

「おう。なんだい」

「これで確定したわ、あなたの寿命」

「・・・・・・あ?」

「六年後、死ぬ。まぁ、それでも私よりは長生きね」

「あん? そんなことか。別にいいぜ。どうせいつかは死ぬしな。そんなもんはいつでもいい。遅すぎたぐらいだと思うがな」

「私が言ったことは、間違いないのだけど、それでも笑えるのね、あなた」

「俺は、とっくに死んでる人間だからな。本来なら。だが、『あいつ』は先に逝っちまった。俺の人生全部くれてやったのによ」

「・・・・・・」

「俺を殺すのは、あれだろ、アズマだろ。東湖じゃ俺を殺せるわけねぇしな」

「それでも笑える?」

「笑えるさ。『あいつ』にそっくりのアズマが、俺を殺す。いいね、最高だ。ま、そう簡単に殺されてやる気はねぇがよ」


■■■


梓は俺の手を引いて、色々と歩き回ってくれているが、俺はそのほとんどを聞いていなかった。

と、いうか早口すぎて何を言っているか解からなかった。早く帰りたいのかもしれない。何せ、彼女の祖母はそんなに長くない。三日、四日ほどでも保てば良かろう。そんな気配を彼女の祖母は漂わせていた。


「・・・・・・解かるの?」


こちらを見ないで、手を引っ張って歩きながら梓は唐突にそんなことを言った。俺は小さく頷いて、肯定を示す。


「おばあちゃん、あと三日で死んじゃうんだって。あんなに元気なのに」


だから近くにいたいの。そう、梓は泣きそうな声で言った。その気持ちは俺にまったく理解出来ないが、そう言う理由はなんとなく解かる。


「おとうさんもおかあさんも、私のこといらないって言った。みんなも気持ち悪いって。おばあちゃんとおじいちゃんだけが、私に優しくしてくれる」


大事なものが失われる焦燥感が手から伝わってくる。この時間も彼女にとっては貴重なものなのだろう。それを削っている。それに・・・・・・他にも出歩きたくない理由があるのだろう。例えばそれは、周囲の視線であったりする。

彼女が案内した場所にいた子供たちの視線。異物を見る嫌悪の瞳。それは俺に向けられているものも、もちろんあったが、その大部分は彼女に向かっていた。動作のぎこちなさからどこかしらに怪我を負っているのも解かる。殴られる。蹴られる。それよりももっと硬質なもの打ち付けられる・・・・・・そんな怪我だ。覚えは大いにある。毎日毎日俺も受けているからだ。

とはいえ、それは俺とは別のものだろう。


「アズマくん、解かるの? 心配させたくないから誰にも言ってないんだけど・・・・・・」


周囲が異物を排除しようとする時の攻撃行動。それを彼女は受けている。それは例えば、今。ゆっくりと放物線を描いて飛んでくるものだ。

一歩踏み出して、彼女の体を抱き締める。

がつん、と肩口に握り込める程度の小石が当たる。


「あ・・・・・っ」


彼女の体を離して、石を拾い上げる。

それを慌てている坊主頭の少年に向かって投げ返す。石は風切り音を立ててまっすぐ飛んでいき、坊主頭の少年の腹部に直撃する。悲鳴を上げることもなく、坊主頭は蹲って吐瀉物で地面を濡らした。坊主頭の周囲にいた子供たちが色めきだった。まさか反撃がくるとは思っていなかったのだろう。攻撃をしたのだから攻撃を返されるのが普通だというのに、なんで彼らはそんなに驚いているのか理解できない。

彼女から離れて、彼らに近付く。周囲には子供たち以外の姿はない。俺の田舎よりも家がたくさんあるが、ここは大人たちの目から死角になっている。きっと、彼らのたまり場なのだろう。中には年上の少年の姿もあったが、別にそんなことは問題にもならない。

敵は、敵だ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ