26
茫然自失、という体で目の前の、梓と呼ばれた少女は俺を見つめている。何かを探るような、何かを見通しているかのような奇妙な静寂がある。壮年の女性・梓の祖母は薄く笑うと、梓の肩に手を置いた。まるで電気が走ったかのようにびくりと体を震わせて、梓は祖母の方に目をやった。
「梓、この子はアズマくん。しばらくここに泊まることになったの。よかったらこの辺りを案内してあげて。それに、この子のおじい様との話は長くなりそうだから・・・・・・・」
「でも、おばあちゃん」
「あら、梓。まだ、大丈夫よ」
解かっているでしょう、と優しく梓の祖母は言った。梓は一瞬迷ったような顔をした後、こくりと頷いて天真爛漫な笑みを浮かべた。あるいは、そのように見える笑みを浮かべた。
梓は言いつけ通り、俺の手をとってぐいっと引っ張った。抵抗することは難しくない。梓の腕の力では俺を引っ張り起こすことは不可能だ。でも、抵抗する意味もない。梓の祖母が祖父に用があるというのならば、それはきっと俺には関係ないことだ。それに祖父はこう言っていた。この辺りの地理を見て来い、と。
だから、俺は梓に引っ張り起こされた。
そのまま手を引かれて外に出る。
ちょうど入れ替わりで部屋に入っていく祖父を横目に見ながら、俺は外に出た。
■■■
「どうだい? 『あいつ』の孫はよ」
「危ういわね」
「・・・・・ふぅん? 天通眼の魔女が言うならそうなんだろうな」
「・・・・・タバコ、吸わないの?」
「病人の前で吸うわけねぇだろ。文雄ももう吸ってないんだろ?」
「彼は結構前からだけれど・・・・・・・」
「ならいいじゃねぇか。気にしなさんな」
「私、あなたに謝らなければならないことがあるのだけど、いいかしら?」
「おう。なんだい」
「これで確定したわ、あなたの寿命」
「・・・・・・あ?」
「六年後、死ぬ。まぁ、それでも私よりは長生きね」
「あん? そんなことか。別にいいぜ。どうせいつかは死ぬしな。そんなもんはいつでもいい。遅すぎたぐらいだと思うがな」
「私が言ったことは、間違いないのだけど、それでも笑えるのね、あなた」
「俺は、とっくに死んでる人間だからな。本来なら。だが、『あいつ』は先に逝っちまった。俺の人生全部くれてやったのによ」
「・・・・・・」
「俺を殺すのは、あれだろ、アズマだろ。東湖じゃ俺を殺せるわけねぇしな」
「それでも笑える?」
「笑えるさ。『あいつ』にそっくりのアズマが、俺を殺す。いいね、最高だ。ま、そう簡単に殺されてやる気はねぇがよ」
■■■
梓は俺の手を引いて、色々と歩き回ってくれているが、俺はそのほとんどを聞いていなかった。
と、いうか早口すぎて何を言っているか解からなかった。早く帰りたいのかもしれない。何せ、彼女の祖母はそんなに長くない。三日、四日ほどでも保てば良かろう。そんな気配を彼女の祖母は漂わせていた。
「・・・・・・解かるの?」
こちらを見ないで、手を引っ張って歩きながら梓は唐突にそんなことを言った。俺は小さく頷いて、肯定を示す。
「おばあちゃん、あと三日で死んじゃうんだって。あんなに元気なのに」
だから近くにいたいの。そう、梓は泣きそうな声で言った。その気持ちは俺にまったく理解出来ないが、そう言う理由はなんとなく解かる。
「おとうさんもおかあさんも、私のこといらないって言った。みんなも気持ち悪いって。おばあちゃんとおじいちゃんだけが、私に優しくしてくれる」
大事なものが失われる焦燥感が手から伝わってくる。この時間も彼女にとっては貴重なものなのだろう。それを削っている。それに・・・・・・他にも出歩きたくない理由があるのだろう。例えばそれは、周囲の視線であったりする。
彼女が案内した場所にいた子供たちの視線。異物を見る嫌悪の瞳。それは俺に向けられているものも、もちろんあったが、その大部分は彼女に向かっていた。動作のぎこちなさからどこかしらに怪我を負っているのも解かる。殴られる。蹴られる。それよりももっと硬質なもの打ち付けられる・・・・・・そんな怪我だ。覚えは大いにある。毎日毎日俺も受けているからだ。
とはいえ、それは俺とは別のものだろう。
「アズマくん、解かるの? 心配させたくないから誰にも言ってないんだけど・・・・・・」
周囲が異物を排除しようとする時の攻撃行動。それを彼女は受けている。それは例えば、今。ゆっくりと放物線を描いて飛んでくるものだ。
一歩踏み出して、彼女の体を抱き締める。
がつん、と肩口に握り込める程度の小石が当たる。
「あ・・・・・っ」
彼女の体を離して、石を拾い上げる。
それを慌てている坊主頭の少年に向かって投げ返す。石は風切り音を立ててまっすぐ飛んでいき、坊主頭の少年の腹部に直撃する。悲鳴を上げることもなく、坊主頭は蹲って吐瀉物で地面を濡らした。坊主頭の周囲にいた子供たちが色めきだった。まさか反撃がくるとは思っていなかったのだろう。攻撃をしたのだから攻撃を返されるのが普通だというのに、なんで彼らはそんなに驚いているのか理解できない。
彼女から離れて、彼らに近付く。周囲には子供たち以外の姿はない。俺の田舎よりも家がたくさんあるが、ここは大人たちの目から死角になっている。きっと、彼らのたまり場なのだろう。中には年上の少年の姿もあったが、別にそんなことは問題にもならない。
敵は、敵だ。