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いまだけはわたしのもの

真賀アズマは、盛大に顔を顰めながら個室に案内された。彼の妻となる予定の私は、諸々の手続きを手早く終わらせて彼の後を追った。心の底から嫌そうにしながら彼は真賀御用達の医者に体を弄繰り回されて、ようやく落ち着いたのが正午を過ぎた辺りだった。医者は彼の顔見知りだったらしく、ずっと懐かしいだの久しぶりだのと彼に声をかけていた。彼はそれに曖昧な笑みと返事を返していた。

彼は頑なに外を見ようとしない。病室の外に本当に用がある時以外は出ようともしない。一年ぶりになる故郷に何の感慨も抱いていないようだった。忌々しい、とは思っているかもしれない。そんな日々が二日ほど過ぎた辺りで、彼に来客が現れた。

病室のドアが勢いよく開け放たれる。私よりも一つか二つ下の制服姿の少女がそこに立っていた。私の姿を見て首を傾げ、それから彼の姿を見つけて満面の笑みを浮かべた後、包帯に覆われた彼の痛々しい姿に泣きそうな顔になった。まるで百面相のようにころころと表情が変わっていく様は、とても面白かったが、本人にそのつもりはないだろうと思う。

彼の妹。真賀陽菜。私の叔父に当たる人の娘だ。私は知っているけれど、彼女は私のことを知らない。


「お兄ちゃん! 久しぶり、大丈夫!?」

「・・・・・・・ああ」


ばたばたと駆け寄ってくる妹を横目で見て、彼はぼそりと返した。ベッド脇に陣取って身を乗り出すように陽菜は彼の顔をまじまじと見据える。きらきらと光る、純真をそのまま固めたような瞳。彼の苦手な綺麗な、とても綺麗な瞳。それから僅かに視線をそらしつつ、彼は曖昧な笑みを浮かべた。

こら、陽菜、怪我人を困らせるな、と落ち着いた男の声がした。彼の兄に当たる真賀陽司は私の姿を見て静かに頭を下げた。真賀の分家筋とは言え、跡継ぎである彼は本家の人間をある程度知っていた。本家の、その、恥ずかしい話だが、「姫」である私に彼は何度か会ったことがあるし、私が彼の妻になる予定だということも知っている。


「・・・・・・久しぶりだな、アズマ。三年ぶりか?」

「ああ、そうだな。俺が十七の時に家を出たからな、それぐらいだ。・・・・・・陽菜も大きくなった」

「うふふ、でしょでしょ。可愛くなったでしょお!」

「・・・・・・・・」


陽菜の言葉に答えることなく、彼は彼女の頭を優しく撫でた。壊れ物を扱うような繊細な手付きだ。陽菜はとても気持ち良さそうに目を細めて、もっともっとと言うように顔を彼の方に寄せた。


「父さんと母さんは仕事だ。悪いな」

「いや・・・・・・・いいさ」


彼はどこかほっとしたようだった。兄妹よりも父母にこそ会いたくなかったのだろう。それとも今目の前に二人がいるからこその態度だろうか。

しばらく二人はどうでもいい会話をして、すぐに切り上げて、病室から出て行った。それを見送って彼は疲れたようなため息を漏らした。

兄妹には本心を注意深く隠していたが、入れ違いに現れた男に対して、彼は一切感情を隠さなかった。盛大なしかめっ面で、彼はその男を・・・・・・真賀流水、私の兄にして真賀の現当主を出迎えた。


「はははっ! 酷い怪我だな! 誰にやられた?」

「鳴瀬恵贈」

「・・・・・・・ほう。悪神・鳴瀬か。殺したか?」


そう言いながら、兄様は私に見舞いのフルーツの盛り合わせを渡してきた。


「俺の負けだ。いいとこ引き分けだな」

「負け?・・・・・・ほう、面白いことを言う。殺せなかっただけだろう? それは負けとは言わないさ」


兄様はにやにやと笑いながら、近くの椅子を引き寄せてどっかりと腰を下ろした。その後ろに、兄様という強烈な存在感を放つ者に隠れて赤ん坊を抱きかかえた女性が立っていた。


「ちょうどいい。覚えていると思うが紹介する。妻の美砂。それと息子の龍太だ」

「久しぶり、アズマ」

「あ~・・・・・・・久しぶり、美砂・・・・・・・さま、か」

「様付けはいらないわ。私たちの仲じゃない」

「・・・・・・・ただのクラスメイトだろ」

「小学校からずっと一緒の、ね」


はぁ、と彼はため息をついた。気鬱に沈んだ顔のまま、彼は義姉の腕に抱かれている赤子に目をやった。次の真賀の当主候補は、じっと興味深そうに彼を見据えている。赤子といえど「真賀」である以上、彼に何か感じるものがあるのかもしれない。私は、この赤子が両親以外に興味を持つのを初めて見たような気がした。

彼は・・・・・・真賀アズマは特別なのだと兄様は言っていた。彼は真賀の神域の守人。祖父と伯母、彼が殺した二人が担っていた役目を引き継いだ者であり、兄様曰く『純血』の真賀。最も強い血を引継ぎ、最も強く真賀の性質を顕現しているのだと。しかし、私には解からない。彼は分家の生まれで真賀としての性質をまったく持たない両親から生まれたはずだ。純血を語るのならば本家の当主である兄様がそうであるはずなのだ。

兄様は一頻り息子の話をした後、疲れ切った彼を楽しそうに見据えて帰って行った。私は、彼のために食事の準備をしていて、帰る直前の兄様が何を言ったのか聞こえなかったが、その一言はどうやら彼を随分と痛めつけたらしい。それはきっと兄様のささやかな復讐だ。

役目を放棄し出て行ったこと・・・・・・・いや、全てを否定して何かも投げ棄てて、平穏という毒を煽って死のうとした、弱くて脆い彼の人間性に対しての。どうせ、真賀の本性から逃げられまい。どう足掻いても彼は「真賀」としてあるしかないのだ。

けれど。

私はその全てを愛している。

だから、彼が兄様の下を去った時、私は狂喜した。一番厄介な、彼に執着している兄様の庇護を投げ棄てたのだ。彼は独りぼっちになった。真賀の本性に怯えるただの弱い人間になろうとしたのだ。再会した時も。弱い人間になろうとしていて、上手くそれが出来ない事に苦しんでいたようだった。だから、私はそれを組み立てなおすことにした。

まだ、それは途中だ。

でも、焦っていない。

ゆっくりでいいのだ。溶かして壊して、緩く暖かく包み込むように抱き締める。

その間、どこの誰をどうしようとも構わない。どれだけ汚されようとも、どれだけ穢されようとも。

最後に、最後の最後に私だけを愛してくれればそれでいい。

まぁ、それが早いにこしたこともないのだけど。

・・・・・・・疲れたのか、深く深く眠る彼の頬を撫でる。起きない。ゆっくりと彼の唇を食むように口付ける。

まだ、「今」しかないが、この時間だけは、彼は私だけのものだ。

いずれ、その全てを、私は手に入れる。

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