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病院に担ぎ込まれた俺は処置を受けて二日で退院した。まぁ、正確には紹介状を貰って病院を変えるよう、出雲に命令されたからだ。電話から聞こえる出雲の声は暗く澱んでいて、そこからでも怒りの感情が伝わってきた。結果、俺は言われたとおり病院を出ることになったのだ。
ユキオも俺の容態が安定してすぐに学校があると言って、ぷりぷりと怒りながら帰ってしまった。友達甲斐のない奴だ。
金は掛かってもいいと言われたので、タクシーを呼んで移動した。タクシーの車内では、体力が回復していないおかげでぐっすりと眠ることになった。
運転手の声で起こされた時、既にアパートの前にいた。金を払って降りる。
ドアの前で立ち尽くす。
入りたくねぇな、と心の底から思った。
出来ればこのまま別の場所に逃げてしまいたい。金はあるし、出来ないことではない。どうせ、大した荷物はこの部屋にはないのだ。
・・・・・・ま、いいさ。どうせ、出雲も学校だ。
ドアに鍵を差し込むと、意に反して鍵は掛かっていなかった。出る時にきちんと戸締りをしていたから、これは間違いない部屋に誰かいる。早く入らないと中にいる相手の機嫌が悪くなりそうなので、俺は意を決して中に入った。中には制服姿の出雲が正座して待っていた。無言のまま、ばしばしと床を叩き俺に座るように出雲は促してきた。俺は荷物を玄関脇に置いて、ゆっくりと出雲の前に座った。
「何か言いたいことはあるかしら?」
「・・・・・・心配かけたか? 悪かった」
「・・・・・・」
出雲のこめかみに青筋が浮かんだ。やばい。選択肢を間違えた。心配なんてしてないわ、と言って、出雲はにじり寄ってきた。
「御友人との旅行だと聞いていたのだけど。相手が女というのはどういう了見なのか聞きたいわ」
静かな怒りがようやく漏れ伝わってくる。やはり出雲は怒っている。微塵も怪我の心配をしていないのも、解かった。
「いや、友人には、変わりないだろ」
「大いに変わると思うけど?」
「それよりも心配するところは別にあるんじゃないか? 俺は強くそう思うし、お前もそう思ってくれると考えている」
「真賀が、戦って傷つくのは当然だし、どんな場所でも戦う好機があれば戦うことも知っているわ。そこで死んだとしても、それならば諦めもつく。そうなれば、私も後を追うだけよ。ただし。それとは関係ないところでの粗相は含まれない」
あ~、確かにそうだ、としか俺には答えられなかった。
いやいや、本当に下心なんかなかったんだ。単純に友人の仕事に付き添っていただけなんだ。ちゃんと報酬も貰った・・・・・ただし、入院費と移動費で大半が吹っ飛んだし、俺は身の潔白を証明する手段を持たないのも事実。
「実家に帰りましょう。少しここから離れるべきだわ」
「・・・・・・実家って。お前、帰るのか? 学校は?」
「私だけでなく、あなたも帰るの。その体で何かが出来るというの?・・・・・・学校はどうでもいいわ。心配しなくても大丈夫だから」
「嫌だ。あんなところ、帰って堪るか」
「はぁ・・・・・・心配しなくても、真賀の息の掛かっている病院にしばらく入院するだけ。それなら、問題ないでしょう?」
「そういうことじゃない。・・・・・・・俺は、もう、あそこに近付きたくもないんだ」
我侭を言う子供と一緒だ。駄々をこねる大人の見っとも無いことは重々承知だ。だが、それでも俺はあそこに帰りたくない。近付きたくもない。あそこは、俺の感情を掻き立てすぎる。
「・・・・・・何か勘違いをしているようね」
「・・・・・・?」
「これはお願いではなくて、命令よ」
「・・・・・・・命令ってな、お前・・・・・・」
「私は怒ってるの。ああ、怪我をしたことでも勝手に旅行に行ったことでもなく、ただ、本当にただこれひとつだけなのだけど、私の知らない女と一緒に行動していたこと。ただそれ一点において、私は怒ってる。ただ、この命令を受けるのなら、それを忘れてあげる。それとも・・・・・・・」
ぎらり、と出雲の手に握られていた包丁が鈍い光を放つ。ここで、徹底的に「お話」しましょうか? そう言って、出雲は笑みを浮かべた。
その「お話」はきっと俺にとって良くないものだ。それは良く解かる。真賀の女が度々こういう感じに暴走するのを俺は見てきた。きっと俺は悲鳴を上げて無様に泣き叫びながら許しを出雲に請うことになるだろう。
ふ、と俺は笑みを浮かべて、そっと床に額を擦りつけた。
「帰ります。帰らせていただきます」
「よろしい」
取るに足らない駄々のような感情よりも目先の命である。命、大事。とっても大事。・・・・・戦ならばその限りではないことだが、しょうもないことで死にたくはない。
そういうことで、俺は帰ってきた道を戻って、生家のある田舎に戻ることになった。出雲の言が本当に守られるのなら、俺は、田舎の誰にも会わずに住むはずだ。そう考えれば、感情を押し潰してなんとか納得は出来る。
そう、思っていたい。