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鳴守というのは旧家のひとつだ。ユキオが言った通り、悪趣味な人間が多い。自分の人生をかけて他人の人生を破壊するのを心底楽しめるような人間性を有しており、快楽主義者が多いと言われている。裏でこそこそと動き回るから嫌われ者でもあって、真賀や川内とは違った意味で付き合いたがる家はいない。鳴守を見かけたら全力で回れ右をして逃げろとさえ言われている。真賀も川内も言われるが、背中を向けたら狩られるので正面から対峙したまま後退しろと冗談交じりに言われることが多い。熊か何かだろうか俺たちは。

ユキオは鳴守の話だって最初から解かっていたら受けていなかったと言うが、本当かどうか怪しいもんだ。


「三日で何もなかったら帰るから」

「三日もここに居座るのか?」

「どーせ、領収書はあっちもちだもん。前金でお金もらってるから大丈夫」

「暇を持て余さなきゃいいけどな」


そうだねぇ、と答えるユキオに振っておいてなんだが、俺はそんなに暇になるとは思っていない。「何か」はもうすぐ近くに来ているような気がするのだ。ユキオもそれは気付いているかもしれないが、譲るつもりはない。

もう寝ようかな、と嘯いているユキオを背にして、窓を開けて庭を見下ろす。


「ユキオ」

「何?」

「飯食ってくる。先に風呂に行ったんだから、別に構わないよな」

「ん。解かった。こいつらの見張りしてるね」

「頼む」


どこか探るような視線を受けながら、俺は曖昧に笑みに取れるように口角を吊り上げた。ユキオの疑りの視線は強くなったが、無視して外に出た。

俺の脚は食堂には向かわず、宿の外に向かっていた。


「本家のガキが川内と遊ばせてくれるといったが、別のが出てきたな」


低く腹に響く声を向けてきたのは、道ですれ違った大男だった。空ろな瞳は変わらないが、口元には笑みが浮かんでいる。ただ、それは酷薄な感情というものを欠いたものであった。だが、この大男にはそれが酷く似合っていた。


「お前は、誰だ? 川内か? 違うな。川内の気配とは違う・・・・・・ただの連れではないだろう?」

「真賀だ」

「真賀」


大男は僅かに感情をその瞳に映した。歓喜。大男は確かに喜んでいた。


「真賀か・・・・・・懐かしいな。一度しか会ったことがないから解からなかった。そうか、真賀か。これが真賀の気配か」

「一度、会ったことがある? 奇遇だな。俺もあんたに会ったような気がするんだが・・・・・・」


真賀がこの大男を無傷で逃すとは思えない。会ったことがあるというのなら、必ず一戦交えているはずだ。真賀の本質がこんな大男を取り逃がすとは思えない。


「どうやらあの日、俺は相手を取り違えてしまっていたらしいな。名乗ろう。私は鳴瀬。鳴瀬恵贈だ。聞き覚えはあるか?」

「鳴瀬・・・・・・」


祖父を廃人にしたあと、本家を訪れた二人組みがいた。そのうちの一人を相手にしたことを思い出す。


「鳴瀬・・・・・・源蔵の関係者か」

「そう、兄だ。お前はあの時の餓鬼だな」

「ああ・・・・・・」

「気になっていた。兄を殺したのはどんな餓鬼なのか。そうか・・・・・・ああ、成る程。確かにあれ程度では殺されてしまうな」


納得した、と恵贈は嬉しそうに言った。


「嬉しそうだな」

「ああ。私はてっきり兄は不覚でも取って殺されたものだと考えていたからな。そうでないなら嬉しいことこの上ない。兄の仇討ちというのは、中々モチベーションをあげさせられるとは思わないか?」

「それを理由にしたいだけだろう」

「そうだ。力を振るう理由が欲しいのだよ、私は。自分が強いだとか弱いだとかに興味はない。ただ鍛えた業を振るう機会が欲しいのだ。そう思う私は歪かね?」


いや、と俺は首を振る。その気持ちは、理解出来なくない。争いという悦楽に憑かれてしまった愚か者ども。俺もまたその一人に数えられるだろうという自覚はある。争いの悦楽の先にあるのは金でも名誉でもなくどうしようもない無様な死でしかない。鳴瀬恵贈がそれを理解していない、ということはないだろう。俺にとっての呪いを、この男はどう受け止めているのだろう。

移動しようと言う鳴瀬恵贈の後に続く。

鳴瀬恵贈が俺を連れてやって来た場所は山間にぽっかりと空いた穴のような原っぱだった。祖父と戦った場所によく似ている。違う部分と言えば、近くに川が流れていて、それを見下ろせる場所に柵が立っているということぐらいだろうか。


「本当はここで川内とやるはずだった。いい場所だろう? 人目もない、星明りがあれば充分戦える明るさもある」

「俺でいいのか?」

「いいさ。川内よりも、今はお前だ。真賀の餓鬼、お前に興味がある」

「嬉しい言葉だ」


ざわざわと腹の底が蠢いているような感覚がある。真賀の血が猛り狂って、俺に早く早くとせっついてくる。早く俺を戦わせろと。解かってるよ、落ち着け。目の前にいるのは今までお目にかかったこともないほど強大な相手で。迂闊に手を出すことも難しいとさえ感じているのに、無闇に突っ込むなど、ただ破滅を早めるだけの愚行でしかないのは解かっているのに。

それでも俺は走り出していた。

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