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どうにも逆らい難い雰囲気の少女に気圧された・・・・・・わけじゃないと思いたいが、彼女に誘われるまま、部屋の鍵を開けて中に入る。部屋は殺風景で、唯一のオブジェといったら明日出す予定のゴミ袋が二つ転がっているのみ。テレビとかも一応あるが触れてもいないので、薄く埃が積もっている有様である。床は辛うじて綺麗だ。少なくとも埃は積もっていない。

座布団もないんだが、と言うと構わないから、という答えが返ってきた。唯一生活感のあるちゃぶ台の、ちょうど俺が見える位置に少女は陣取った。

それを横目に俺はお茶を準備する。食器は俺のしかないから紙コップに注いで、少女の前に置く。


「悪いな、客が来ることは考えてないんだ」

「いいえ、別に構わないわ。・・・・・・友達も来ないの?」

「そういうやつは、食器なんぞ気にしない。環境もな。・・・・・・えーと、名前は? あんたは俺のことを知ってるようだが、俺はあんたを知らない」

「真賀出雲。私の名前。・・・・・・あなたは私を知らないようだけれど、一応、面識、あるのよ、私たち」


真賀姓を、俺の嫁だから名乗っているわけではない、と言い添える真賀出雲を尻目に、俺は首を傾げる。面識があると言われても、まったくさっぱり記憶に引っかからない。まじまじと出雲を見れば、ああ、確かに親族であるというのは解かる顔立ちをしている。血の面影がある。


「五年前、あなたは私の祖父を廃人にしたわ。私の目の前で」

「お前、幾つだ」

「十五」

「あの時の俺と同い年か。・・・・・・悪いが覚えてない。・・・・・・・だが、見ていた、と言うのなら、出雲、お前、本家の人間か」

「ええ、そうよ」


記憶の蓋を少しだけ開ける。

あの時の野外仕合には確かに本家の人間が複数いた。先代当主、現当主、その兄弟である子供が数人。出雲はあの子供らの中の一人なのだろう。あの仕合が終わった後、その光景に耐えられず、吐いていた子供がいて、失神していた子供がいて、立って直視出来ていたのは僅か二人だった。風の噂では、仕合を見ていられなかった子供らは、子供のいない分家筋の家に養子に出されたと聞く。心の弱いものは認めない、本家の業の犠牲になった。

だが、その方が幸せなのかもしれない。少なくとも養子先で理不尽にあうことはないし、こうしていきなり嫁に行けと言われることもない。時代にそぐわない事甚だしいが、まだそういうことが罷り通る『家』なのだからしょうがない。


「・・・・・じゃあ。あの時、立っていた二人のうちのどっちかか」

「そうね」


僅かに目を伏せて、俺を見ないようにして、出雲は言った。


「そうか。俺なんぞに本家の娘をくれるっていうのか」

「そうなるわ」

「・・・・・・いらん。帰れ」

「兄様・・・・・・当主の伝言があるわ」

「・・・・・・」

「・・・『俺から離れると言うのなら。それは構わん。その代わり、子を寄越せ。気に喰わないなら、俺の元へ戻れ』・・・」

「・・・・・・クソが、勝手言いやがって。どっちも嫌だと言ったらどうするつもりなんだか」

「そうなったら、私が兄様に殺されるのでしょう。あなたが祖父と伯母をそうしたように。あなたに出来て、兄様に出来ないことはないわ」

「・・・・・・淡々として、お前、思うところはないのか? 嫌ならそう言えば良い。時代はもうそんなことをまかり通さない」

「・・・・・・私は嫌じゃない」


出雲は伏せていた目を上げて、俺をじっと見据えた。強い意志がはっきりと見える瞳に、俺は僅かにたじろぐ。俺の知らない考えと、強い心を持って出雲はここにいるのだろう。それがはっきりと伝わってきて、腐りかけている俺は恐怖を覚える。彼女の意思に呑まれることを恐怖する。

だから、言う。俺はお前は要らない、と。本家の、血に業に縛られるのは真っ平御免だと。もう、放っておいてほしい。どうせ、俺は・・・・・・


「兄様は、今すぐ決めなくて良いと言っていたわ。あと三年は待つ、と。・・・・・・兄様はちゃんとあなたのことを想ってる。ああ、あと、私を傍に置いておくと良いことがあるわ」

「あ?」

「本家からあなたへの融資。食費部屋代諸々の経費、それを負担すると」

「今更何言ってんだか」

「外でまともに生活したことがないあなただから、ちょっと厳しくすればすぐに根を上げるだろうと思っていたみたい。負けた、と兄様は言っていたわ」

「・・・・・・差し止めてたのか・・・・・・意地の悪い・・・・・・」

「この部屋で私と一緒にいたくないというのなら、それも構わない。どうせ隣の部屋を借りているから」

「無理矢理居座るかと思った」

「そうしようかとも思ったけど、どうせ最初のうちは嫌がるだろうから、私の一存でそうしたの。頑固だもの、あなた」

「知ったような口を叩いて」

「知ってるわ。・・・・・・見てたもの。ずっと、見てたもの」


ひたむきな視線。それはどこか狂気を孕んでいる。真賀の瞳だ。穏やかな佇まい、たおやかな容姿の中に一本、強大な芯が通っている。それが何を支えているのか解からないが、ああ、確かにこの少女は本家の魑魅魍魎の一匹だとようやく悟ることが出来た。

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