18
園翆楼で待っていたのは年若い、とはいっても俺たちよりは幾分か年上の男だった。
「鳴守雄介だ。始めまして、川内の申し子。本当に女の子なんだな。びっくりした」
「そうですよ~。もしかして、それを確かめるためだけに呼んだんですか?」
にこやかに鳴守雄介の握手を受けて、ユキオは言った。いやいや、と彼を首を左右に振った。そこまで道楽者じゃないさ、と言ってユキオをロビーに案内した。俺はといえば、ユキオの荷物を預かって、用意されていた部屋に向かった。
ここからはユキオの仕事の領分で、俺はそれに首を突っ込むつもりはない。
二回の、十二畳ほどもある和室が、俺たちに与えられた部屋だった。
さて、と呟いて、部屋に用意されていた茶菓子に手を伸ばした。ユキオが帰ってくるまで手持ち無沙汰だ。何をしていようかと考えていたら、窓が押し開かれた。クーラーで心地よい気温に設定されていた空気が外に逃げていく。
目を向けると、覆面を被った三人ほどの集団が顔を覗かせていた。
物取りだろうかと緩く考えていると、三人のうちの一人が舌打ちした。男かよ、という声は間違いなく成人男性のそれで、何が目的なのかはなんとなく知れた。本当に上手い話には裏がある、というか想像していた通りの展開で、少しばかりげんなりする。暇を持て余している金持ちの考えていることは、本当に面倒くさい。
「仕事だ。さっさとやるぞ」
「ロビーにいた女だったらもっとやる気が出るのにな。ま、あとでたっぷり遊べるからいいけどよ」
「おい、大人しくしてろよ。黙ってりゃ怪我なんてさせね、」
手近にいた男をまず一人、左掌で突き落とした。悲鳴を上げながら男が落ちていく。下は池になっているようで、男が落ちたことによって綺麗な水柱が上がった。絶景だった。それが見えていない、というか完璧に無視して、覆面の男たちは部屋に入り込んできた。土足だった。
「あんたらが何をしたいのか解からないが、落ちたのを助けに行かなくていいのか?」
「・・・・・・」
静かに、しかし素早く男たちは間合いを詰めてくる。先程までの油断が嘘のように消えていて、それなりの実力者であることが伝わってくるものの、それだけだった。
昴父やユキオに感じた腹の底からざわめきながら立ち上ってくるものを何一つとして感じない。
欠伸をして、ゆっくりと彼の攻撃に合わせた。
ゆっくり一時間かけて、温泉を堪能したユキオは俺からお茶を受け取って一気に煽って、ぶ、とあまりの熱さに噴出した。
「熱いよ!」
「あ、すまん。まだ熱かったか。彼らに振舞ったお茶の残り湯で作ったんだが・・・・・・」
「そんなので作らないでよ、もう」
そう言いながら、今度はゆっくりとお茶を啜り始める。窓際にあった座椅子を引きずって手元に寄せてユキオはどす、と音を立てて座った。さて、と仕切りなおすように呟いて、酷薄な笑みを浮かべる。
「何かあるのは解かってたし、面白そうだからって来て見たんだけど・・・・・・・興醒めもいいとこだ。ね、そう思わない? 鳴守さん・・・・・・の、代理人さん」
「はは、いやまさかこうなるとは我々も・・・・・・」
この部屋には今、俺とユキオを覗いて四人の男が無様に転がっている。一人はびしょ濡れの男で俺が突き落とした奴だ。池から救い上げてきたのだが、目を覚ます様子がない。たまに呻いているので生きているのは間違いないが。他の二人の覆面は剥いでいないので中身がどうなっているのかは想像するしかないが、とりあえず鼻は潰れているはずだ。もちろん、気絶している。で、最後に鳴守と名乗っていた男だが、これは両肩を外して、その上で捻りあげている。やったのはもちろんユキオだ。可哀想に。今後どんな後遺症が出るか解かったもんじゃない。
それらを、俺とユキオは冷たい瞳で見下ろしている。
「彼らも私も雇われただけです。あなたの言う本物の『鳴守』さんに。解放していだけませんか? 我々は仕事に失敗しました。殺すつもりがないのなら、どうか」
「うん。殺すつもりはないよ。安心して。ご飯も食べさせてあげるし、トイレにも行かせてあげる。でも、ここからは出さない」
「・・・・・・何故ですか?」
「何故って。あはは、それ、あなたたちが言う? 鳴守は悪趣味っていうのは、噂で聞いたことがある。今回のだって、私の友達を拉致って私とその友達で遊ぼうって企画だったんでしょ? 今回の対応から見て、お前たちは結構この仕事をこなしてたと思う。お金もらって好き放題出来るなら、楽しもうってタイプでしょ。何せやらかしても雇い主が何とかしてくれるとかどうとか。特に、その後ろの三人は前科持ちでしょ」
舐めてくれるよねぇ、と嬉しそうにユキオは牙を剥くように嗤った。言い訳を出来るのなら並べ立ててみろと唸るような低音で言った。
代理人は顔を青褪めさせて黙りこくった。
その様子を見て、ユキオは目を細めた。
「何をするつもりなんですか?」
「ゲームだよ、ゲーム。鳴守がしようとしていたゲーム。その逆バージョン。果たして君らに助けがくるのか。そして、その助けは私を突破して君らを救えるのか。そういうゲーム」
今までのツケを払うようなものだよ、と言ってユキオはお茶を啜って、あち、と可愛らしく声を上げた。