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がたんごとんと、穏やかな音が車内に満ちている。子守唄のような振動に隣に座る少女は穏やかな寝息を立てていて、その少女の重みが肩にかかっている。それを横目に見ながら、ゆっくりとした動作でお茶を飲んだ。隣の、体重を預けてくる少女が起きないように注意を払いながら。
「・・・・・・仕事?」
「そ。お仕事」
川内ユキオは美味そうにモモ肉の焼き鳥を頬張りながらそう言った。電車で初めて顔を合わせてから、ユキオとは度々一緒になるようになった。不思議(?)とウマが合って、こうして一緒に呑むようになるまではさほど時間がかからなかった。ユキオは焼き鳥をがつがつと頬張りながら、焼酎の水割りを一気に流し込み、ほっと一息ついてから、もう一度「お仕事です」と言い放った。
・・・・・・正直、それは俺にあまり関係ないのでは、と思いながら、ちびり、と日本酒を口に含んだ。
「面白そうな仕事だよ」
「その割には面倒そうにしてるがな」
「ま、ね。ちょっと面倒な条件をつけられちゃってるんだよ。私も良く解からないんだけど、最近知り合った友達を一人連れてくるように、なんて言われてる。連れて来なかったら半額だって、さ」
「意味が解からないな」
そうなんだよ、と小さく呟いてテーブルの上に水滴で丸を六個書いて、その先頭に数字の二を書き入れて、ユキオはちらりと俺を見た。首を傾げると、報酬だよ、と苦虫を噛み潰したような表情でユキオは言い放った。
「割がいいというか、裏がありそうな話だ」
「そだね。ま、別にいいんだよ、そういうことはどうでも。面白そうってのも本音だしね~。とはいえ、裏があると解かって尚、普通の「お友達」は誘えないから、ちょっと困ってる」
「へぇ」
ハツ串に手を伸ばし、口の中にすぐに放らず手の中で弄ぶ。ユキオが言いたいことは、なんとなく察せられた。要するに、俺に仕事について来いと言っているのだ。裏がある、危険があるのならそれに対処できる「お友達」を用意すればいい、というのがユキオが出した結論だということだ。その考えは、概ね間違ってはいないだろうし、俺だってそう考える。
「で、一緒に仕事しない? 取り分は四分の一ってところでどう?」
「俺のリスクが高くないか?」
「美少女と一緒に温泉旅行がついてくるよ! しかも無料!」
「・・・・・・」
俺はじっとユキオを見つめる。その視線を受けてユキオは満面の笑みを浮かべたまま固まった。ユキオが美少女、というのはまぁ否定はすまい。ほかの誰がどんな評価を付けようとも、正直なところユキオは俺好みの顔をしている。その一点において、間違いなく俺の中ではユキオは美少女である。それとの温泉旅行と言われれば、確かに魅力的である。否定はすまい。だが、ユキオと一緒ということは、仕事にもリスクがあることを捨て置いても、リスキーであることに間違いない。
寝入りを教われたりしたら、反応出来ない自信がある。実際、正面からのじゃれ合いでは五分五分の実力なのだ。いつ、どこでどんな風に襲ってもいいと言うのなら、それを防ぐのは、正直お互い難しいのではないかと思う。
思考を巡らせ、黙り込んでいると、顔を真っ赤にしたユキオが項垂れてしゅんと肩を落とした。解かってる、解かってるよ、美少女とか言いすぎてるのは解かってるけどツッコんでくれてもいいじゃん、などとぶつぶつと恨み言を言い始めた。
「リスクがな、考えさせられるな」
「リスク? リスクって何?」
「いや、寝込みを襲われたらと思うと俺も逡巡するよ、さすがに」
「・・・・・・あ、そっち? しないよ、そんなこと。今回はね。それより目先に面白そうなことが転がってるんだよ。そっちに集中するから大丈夫。報酬が足りないとか言われるかと思ったよ~」
「そんなこと言わないって。何もしなくてもいいなら、高いぐらいだ」
「ま、ちょっと危険があるけど、火遊び程度だよ、たぶん。どうせ本命は私に来るしね。それに、ショーを観客席の最前列で見れるってかなりお得だと思うけど?」
「物騒な話だ」
「物騒なの大好きでしょ?」
「そこそこ、な」
真賀の性質がちらりと顔を覗かせて、それにつられるように川内の瞳が猛禽類を思わせる光をゆらゆらと灯す。
「あ、と・・・・・気分乗っちゃいそうだから、ちょっと落ち着こ」
タイミングよく運ばれてきた焼酎を咽喉に流し込んで川内は熱っぽい息を全て吐き出した。それに倣って俺もお猪口の中身を一気に飲み下した。
「で、改めて。お仕事一緒に行ってくれる?」
「・・・・・・・そうだな。単位も問題ないし、少しサボるぐらいいいだろ」
「やった! ありがとー! 仕事は三日後に出発するから、準備しててね! 着替えは三日分ぐらいで大丈夫だと思うからっ」
「三日後? 早いな」
「返事は現地に着くこと、だから日数なんてどうでも良いんだって。断るときは一報入れてとか言われたけどね。しばらく保留してきたんだぁ」
「そりゃ悪いことで」
「良さげな仕事だったからキープしてみただけだよ。それに期限は切られてないしね~」
ああ、そう、と呟いて徳利に残った酒を一気に煽った。