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番外・非理法外典

昔の夢を見た。

とある神社の一角。祭りの終わり、人の残り香を風が攫ってほぼ一掃した頃合いに、人が集まっていた。神社の主である祖父と、俺。真賀の選抜された者ども。それらが煌々と焚かれた松明の下に集まっていた。松明がなくとも、今日は明るい。満月が中天にかかり、昼間とさほど変わらない光を保障していた。

今日は祭りの日。

そして同時に、特別な日。

本来ならば、神に捧ぐ奉納演舞が行われる時間で。一族だけが集まるのも、一緒で。ただ、行われるのは演舞ではない。捧げられるのは舞と心ではない。捧ぐは血と、魂だ。

表向きの御題目、布施のための、皆の為の豊穣の神を纏った荒御霊がその衣を脱ぎ捨て、真に歓喜するための神楽舞。

仕合。死合い。

絨毯のような草の上に立つ。周囲を見れば、所々に岩がある。小さいころ、あれを足場にして色々と遊んだことを思い出して、笑みを浮かべたのを覚えている。

『アズマ、手を抜くなよ。抜かば、わしが貴様を殺すだろう』

『そのまま返す』

誰が始めとも言わない。遥か遠い距離で、道場では、試合では、考えられない距離を取って構える。じりじりと間合いを詰める。足の裏、そこにあるいつもなら気にも留めない小石の感触が伝わってくる。風が髪を嬲り、通り過ぎて枝葉を揺らす。その音が異様に大きく響いて、恐ろしい。いつもの稽古じゃない。稽古の時も祖父は優しくなかったし、俺に直接指導した女はもっと優しくなかったが、今よりは怖くない。

飛ぶ。

そんな表現が相応しいと、誰かが言っていた。祖父の反応速度を超えて俺が間合いに入る。四指を疎らに伸ばして、祖父の眼球を穿つ。祖父がそれを払い除ける。考慮済み。払われた腕の押し戻すのと同時に腹を打つ。固い感触が返ってくる。還暦を迎えようと言う男の腹の感触じゃない。

腹を打たれたことを意に返さず、祖父の肘が降ってくる。こめかみ。殺される。体を引いたが避けきれず、皮膚を剥ぎ取られた。

ぷっ、と血が溢れ出す。

距離を僅かに取ったのが災いした。前蹴りが防御した俺の腕を打ち抜く。踏ん張りきれず、そのまま宙に投げ出される。体勢を整える前に、祖父が間合いを詰めてくる。左下段蹴り。為す術なく蹴りを受け止める。打たれた右足が一撃で悲鳴を上げる。それだけ祖父の蹴りは重く早かった。

間合いを取る・・・・・・・べきじゃない。体を、足を爆発させるように二撃目を打とうとする祖父にぶつけるように前に出す。

その勢いのまま肘を祖父の鳩尾に叩き込む。さすがにうめき声を上げ、祖父の体が僅かに前のめりに曲がる。掌底で祖父の顎を打ち上げ、指を顔面に突き立てて曲線を描くように持ち上げ、地面に叩きつけるように落とした。

祖父の後頭部が地面に接地する瞬間、脇腹を祖父の膝が穿ち、俺は手を引き剥がされ、地面を転がる。

『がはぁ・・・・・・』

『はぁあああああ・・・・・・』

ずきずきと脇腹が痛む。折れてはいないだろうが、皹は間違いなく入った。祖父も受身を完璧に取れなかったようで、頭部から出血している。だが、別に致命傷というわけではない。

すぐさま、祖父が襲い掛かってくる。ぼっ、ぼっ、と空気を裂きながら右左と拳が舞う。それを払い、あるいは腕で受け止める。祖父の拳は、受け止めるには少し重い。受ける度に骨が悲鳴を上げる。芯が軋む。脇腹の痛みが耐久力を下げ、俺に自分でも気付かせずにうめき声を上げさせる。

『が、あ、あ、あああああっ!』

祖父の拳を払い除けるのと同時に脇に回りこみ、祖父の膝を横合いから地面に叩き落すように踏みつける。足が半ばまでめり込んだところで祖父の裏拳が俺の顎を打った。一瞬ブラックアウトし体が弾き飛ばされる。脳が揺れる。視界が、足が定まらない俺に祖父は、受け間違えれば必死のラッシュを打ち込み始める。頬を、額を、肩を、腹を、容赦なく祖父の固い、長年の鍛錬によって鍛え込まれた拳が打つ。

さすがだ、強い。

俺に踏まれた膝に痛みはないのだろうか。・・・・・・いや、確かに拳の威力は弱くなっている。ダメージはあるはずだ。

祖父の右拳に合わせて、後ろに跳ぶ。即座に中段蹴りが俺を穿つ。肺から空気が搾り出され、俺は無様に地面を転がる。転がりながら立ち、間合いを詰めていた祖父が放った拳を絡め取り、回りながら逆関節を極め、そのまま折る。そのまま膝。肋骨を折る感触、足を下ろす勢いを殺さず、さらに拳を同じ場所に叩き込む。深く、深く拳がめり込んでいく。

それでも祖父は体を捻り、拳を打つ。ガード・・・・・間に合わない。もろに叩き込まれ、肋骨が折れた。

転がる。立てない。息が。

祖父の足が俺の顔面に向かって落とされる。地面を打った祖父の足が上がる。逃がさない。踵を掴み渾身の力を込めて捻る、そのまま腱を切る。

息が出来ない。

立ち上がる。同時に祖父の体が地面に落ちる。膝を股で銜え込み、折る。僅かに跳び、空中で体を捻り、膝を祖父の顔面に叩き落す。膝が祖父の顔面にめり込む、骨を割り、鼻の軟骨を更に奥まで押し込んでいく。

息が・・・・・・



「ぶはぁああああああ!」


そこで目が覚めた。

息が苦しかったのは、枕に顔を押し付けて寝ていたからのだようで、そんな自分の間抜けさになんとも言えない気分にさせられる。


「おはようございます。騒がしい寝起きね」

「・・・・・・なんでいる」

「朝食を作りに。合鍵は持ってるし」


ちゃら、と出雲は俺の目の前で何故か可愛らしい熊のストラップがついたこの部屋の鍵を揺らした。毟り取ろうと思えば取れたのだろうが、そんなことしてもまた作られるだけだ。

ため息をつき、布団から這い出す。

出雲は昨日着ていた制服を着ている。


「学校か?」

「近くの学校を受けたの。今日から登校」

「そうか。・・・・・・時間は大丈夫なのか」

「大丈夫。まだ時間は早いもの」


そう言いながら、出雲はちゃぶ台に朝食を並べていく。それを見ながら、出雲は毎日来るつもりなのだろうかと思う。

それは・・・・・・なんとも言えない気分を生起させ、これはもしかしたら帰る時間とか申告しないといけないのかと思わざるを得なくなり、若干げんなりした。束縛されるのは嫌いだ。それが家族でもない他人ならば尚更。


「俺は・・・・・・・今日はちょっと用事があって、いつ帰るか解からないから。適当にやってくれ」

「ん・・・・・・解かったわ」


淡々と答えて、出雲はじっと俺を見た。

なんだよ、と言うと、ご飯を食べましょう、と返ってきた。


「・・・・・・いただきます」

「いただきます」


・・・・・・何でだろう。流されている気がする。

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