15
・・・・・・古くから根を張る名家名門と呼ばれる権力集団の中で、まことしやかに流れる話がある。
決して、決して、妄りに関わってはいけない一族がある。それらは古くから存在し、何者にも取り入られることはなかった。ただひとつ、戦うことだけを追求してきた一族。
修羅の川内。羅刹の真賀。この二つは、ある意味で到達してしまった極点である。冠される名の如く、本人の資質や性格、思考を無視して、彼の一族は戦いとなればどのような全ての不利益を享受して戦うことを選ぶ。死ぬまで、殺し尽くすまで戦うことだけを追求してしまう。
俺は、それが嫌だった。だが、始まってしまえばそれに抗うことすら出来ない。逃げて、逃げて、逃げたその先の袋小路で『死』を振り翳す。
俺たちの終わりはその袋小路で誰かに殺されるまで続いてしまう。
呪いだ。
とはいえ、極端にそれが起こり得るかと問われれば、一つの事例をもって否定しよう。
それは今、この瞬間に起こっている。
「・・・・・・・」
「・・・・・・・」
俺は今、川内の申し子であると謳われるユキオと対面していた。
彼女は落ち着いた色合いのシャツと季節に合わせたスカートを履いていて、足元も涼しそうなサンダルだ。重そうな荷物を肩に横がけしていて、つり革に手を置いて、片手で文庫本を支えて、それに目を落としていた。俺も似たようなものだ。スカートかジーンズかの違いしかない。
「うわぁ、偶然・・・・・・だよね?」
「ああ。うん。間違いなく」
宮森と加賀見の会談の時のような高揚感はない。と、いうか戦意の欠片も抱けない。人目があるとかないとかは真賀と川内の『本性』には関わり合いがないのだが、ここでそれは発露せず、微妙な心地の悪さだけがあった。
「えっと・・・・・・出勤?」
「いや、通学。一応、ここは俺の通学路だ」
「あ、私もそう。・・・・・・もしかして、こういう行き違い、結構あったのかな」
「いや、どうかな。俺は、この時間の電車にあまり乗らないし・・・・・・そっちは?」
「私は大体この時間かな。あはは、じゃあ偶然だ。こういうこともあるんだねぇ。通学ってことは学生だよね? 短大? 専門?」
「いや、普通の大学」
「へぇ。そうなんだ。私、専門。美術の」
「・・・・・・絵、好きなんだ」
「そだね~。将来はそういう仕事に就きたいけどね、どうなるかは解からないし。好きなことを、ってのは難しいよ。才能、なさそうだしね」
私たちの才能っていうのはそういうところにはないからね、と、どこか寂しそうにユキオは言った。それでも、と俺は思う。やりたいことがあるということだけでも、幸せなんじゃないか、と。それを目指して活動できることは、幸せだろう。例え、それが上手くいかなくとも。ふと、小此木さんや梓の顔が脳裏に浮かんだ。
「不思議だね。今日はやる気が起きないよ。あの時は、結構燃え上がったんだけど」
「・・・・・・気分の問題じゃないか? 俺もそうだ。あの時の続きをってならない」
「じゃあそうなんだろうね」
「難儀なもんだ。俺たちはそれに振り回されてばかりだ」
「これからもそうだよ」
とっくに解かってることじゃない、と困ったようにユキオは笑った。
「付き合い方を探さないといけないんだよ、きっと。私たちの在り方にあった生き方を。好きなことをやりたいからって捨てたいものでもないしね、私は。あっちの自分も、今の自分も、そんなに嫌いじゃないよ、一応言っておくけど」
俺が、俺のことを嫌いだと解かっているとでも言いたげな台詞だったが、それに対して答えを返すことはしなかった。・・・・・・まぁ出来なかった、というのが正しいのだろうが。俺は俺のことがあまり良く解からない。かといって、他人のことが解かるかと言えば、そうでもない。良く解からない。彼ら、あるいは彼女らの生き方を予想できない。
自分とは違うものだから、とは言わない。同じ教育を受けているのだから、解かる部分だってあるはずなのだ。だから、解からないのは何かが欠けているから。想像するためのピースが、少しだけ足りない。
電車が止まった。
ふと、ユキオは顔を上げて、降りなきゃ、と呟いた。
「ああ・・・・・・」
俺は顔の前にあったユキオの手を握った。
「名残惜しいの?」
「・・・・・・・不意打ちをかけようとするなよ」
「あら。ばれた。・・・・・・失敗しちゃったね」
俺の目を抉ろうとした指を少しだけ強く握ってから、離した。紅くなった指を僅かの間眺めて、ユキオは笑みを浮かべて踵を返した。
「今度は上手く出来るようにする。じゃあ、またね」
手を振って、ユキオが電車から降りていく。振り返ることなく改札に向かっていく後姿を一瞥して、電車の揺れに身を任せた。