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「ね、隣に行かない? ちょっとヤろ?」

「・・・・・・」


ちらりと横目で加賀見と稲穂の姿を見る。こちらのことなどお構いなしに椅子に座って優雅にお茶を楽しんでいるようだ。・・・・・・気にする必要はない、か。


「大丈夫。どうせ長引くよ。私たちならそれまでに決着つくし。ね・・・・・?」

「・・・・・・しょうがないな」

「やった!」


誘ってもスバルくんは乗ってこないから、いじり甲斐もなくてつまらなかったんだよね。そう言いながら、ユキオはドアを開けて上着を脱ぎ捨てた。俺も邪魔な上着は捨てる。ついでにネクタイも外した。

スィートルームに併設されたかなり広いベッドルームに男女二人で、と思うところもある。今から始まるのは甘い囁きぐらいはあるし、絡み合いでもあるのだが・・・・・・まぁまぁ血生臭い。


「音出しても大丈夫。きっちり防音だから」

「ああ、そう」


そう言えば、スバルの親父にお預けを食らって以来かと思うと、何とも言えない気分にさせられる。身体の高揚が止まらない。真賀の体が喚起に唸り声を上げるように昂ぶり、心がそれに引きずられていく。内側に飼っているモノを強制的に引きずり出されていく。

こんなはずではなかったと、きっとこのあと後悔するのは間違いないが、今の俺はそれを気にしていても、さして重要なものだとは捉えられないでいる。

それは、川内・・・・・・・川内ユキオも同じようで、獰猛な獣のような瞳を俺に向けて、淫靡に紅い舌で唇を舐めていた。

動いたのはユキオ。ふわふわと宙を漂うな動きから一転して、苛烈に踏み込んでくる。その温度差に僅かに反応が遅れた。鼻頭に強烈な痛みが襲ってきて、がくんと頭が後ろに跳ね上げられた。視界が一瞬、真っ暗になる。

それでも、俺の身体は反応した。次いで来るであろうユキオの一撃を反射反応だけで弾き飛ばし、強烈な前蹴りをユキオの肩口にぶち当てていた。

だが、正しい手応えは返ってこない。体勢を立て直し地面を蹴るころには、ユキオは遠くへと飛び退いていた。口元に強烈な笑みを浮かべて俺を見据える。

それでもすぐに詰められる距離でしかない。左掌を前に突き出し、ユキオの俺の出方を見せないように視界を奪い、ロングフックを打つ。ユキオの一見細い腕が俺の拳を受けて軋みを上げた。ユキオの動きが止まったのが見え、左掌をそのまま落とし、ユキオの胸倉を掴み上げ、彼女の軽い身体を一気に担ぎ上げ、地面に叩き落す。

ユキオはその流れに逆らわずに、それどころか自ら地面を蹴り上げて飛んでいた。床に叩き付けるべき正しい軌道からずれて、ユキオは地面に足から着地して、予想外の衝撃に僅かに隙を見せた俺の腕・・・・・・いまだにユキオの胸倉を掴んでいる腕を両手で挟みこみ、足で地面を蹴って腕に絡みついた。


「ぐっ」

「あは」


ユキオの全体重が腕にかかる。関節が唐突な重みに悲鳴を上げた。ユキオが体をさらに捻り、俺の腕を破壊する前に、ユキオの体重に誘われるまま地面に倒れ込む。

ユキオは、己の身体が床に叩き付けられる前に腕を放し、俺の肩を蹴り上げて遠間へと飛んだ。


「ちぇ。腕、取れなかったか。タイミングばっちりだったはずなんだけどな」


自信のあった悪戯を見つかってしまった悪ガキのようにユキオは唇を尖らせて、残念そうに言った。


「さすが。良い反応するよ」

「・・・・・・・化け物みたいな反応しておいてよく言う」

「本音だよ。この流れで決められなかったの、実は初めてだしね」


くふふ、と更にユキオは笑みを深くする。俺も頬の筋肉が笑みの形に釣り上がっているのを実感している。愉しい。そして同時にこれ以上ない恐怖を覚えている。祖父と仕合った時を思い出す。息が出来なくなるほど強烈な感情がつき上がっていくごちゃまぜの感覚。恐怖と愉悦がぐらぐらと俺の中で煮えている。


「お前は爺と同じか?」

「さすがにお爺ちゃんと一緒にしないで欲しいな! 私と遊んだ方がずっとずっと愉しいに決まってる!・・・・・さぁ、続きを、」

「こらぁああああああああああああああああ!!!!!」


ユキオの動き出しと同時に、その虚を間違いなくついた大音声がベッドルームを揺さぶった。驚きに目を見開いたままユキオは、ゆっくりと声の方に目をやった。そこには青筋をこめかみに浮かべた笑顔の加賀見と、眉をかっと吊り上げた稲穂が仁王立ちしていた。

振り上げた拳をどこに下ろせば良いのか、俺は少しだけ迷ったが、そのまま体側にぶら下げた。ユキオはそれを見て、深々とため息をつきながら、どかっと床に座り込んだ。


「もぉおおおおおおおお! なんで邪魔するかなぁ!!」

「川内さん、我々との約束、忘れましたか?」

「覚えてるよ、加賀見さん。商談中は大人しくしてること。でしょ?」

「・・・・・・覚えているじゃない」

「それと天秤にかけて、こっちの方がいいと思ったからやったの。でももう台無しだよっ」

「お願いだから、加賀見が関わっている時は大人しくしてちょうだいな。私は、彰人みたいには出来ないのよ?」

「もう、ホントだよ! 彰人だったら面白いとか言って見物してくれるのにさぁ!」


つまらん、と言い捨ててユキオはごろんと大の字に転がった。


「仕事、干しますよ?」

「勝手にすれば? 困るのは私じゃない。お前らだ」

「・・・・・・もう、これだから川内は・・・・・・」


肩を落とす加賀見に合わせるように、稲穂もため息をついた。


「で、お兄さん。言い訳は?」

「据え膳食わぬは男の恥よ、という言葉がある。・・・・・・さっきの俺はそんな感じ。後悔してるし反省もしてる。次はやらないやらないっていう保証はないが」

「・・・・・・やっぱりお母さん失敗してるね、これは」


まぁ、私はとやかく言えないけどね、と稲穂は小さく呟いて、俺の背中をぐいぐいと押してベッドルームから出て、そのまま部屋も出る。


「おい」

「話は終わったから。面倒くさい雑談もお兄さんたちのおかげでなくなったし。だから、帰るの。問題ある?」

「・・・・・・ないな」


でしょ、と言ってくる稲穂に頷きを返し、押されていた身体を立て直して自分の足で歩く。稲穂が唐突に消えた俺の重さに戸惑ってつんのめってこけそうになったので片腕で支えてやったら、稲穂は恥ずかしそうに笑った。

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