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梓はここ最近、何の遠慮もなく俺の家を訪ねてくるようになった。出雲も梓には慣れたのか、表面上文句を言いつつも、色々と用意してくれるようになった・・・・・・俺の部屋なんだけどなぁ。なぜか女物の某かが増えていくのに危機感を覚えないでもない。
今日も梓は酒瓶を携えてやってきた。明日は休みだから遠慮なく呑もうよ、なんてのたまいながら。出雲もさすがに平日は一口も呑まないからつまらなかったのだろう。
しょうがないわね、と言いながら出雲は梓の酒を受け取る。馴染んだな、としみじみそう思う。
「何黄昏てるのさ、アズマも遠慮なく呑みなよ!」
「俺は俺のペースがあるんだよ。なんでそんなに呑ませたがる」
「今日こそアズマを潰してみたいとか思ってたり」
「俺を潰しても良いことはないぞ」
俺が辛いだけで、何の面白味もない。それでも梓はしつこく進めてくるので、少しだけ付き合ってやることにする。
「あ、そーいえば、今日美弥に服剥かれてたね」
「あー。なんかコスプレ衣装を作ってくれるんだそうだ。次のイベントで俺に着せたいらしい」
「あはは、美弥も好きだね。サークルの大半は犠牲になったんだっけ? みんな美弥の言うことはホイホイ聞くからね、そういうことになる」
「ま、数少ない女だしな」
「んん? あれ、私は? 一応女だけど」
「お前はな、いっつも俺にべたべたと引っ付いてくるから除外されてるんだ。ちやほやされたきゃ、くっつくの止めろよ」
「え~、嬉しい癖にそんなこと言う~」
人差し指でぐりぐりと俺の頬を弄りながら、梓はにやにや笑いを浮かべる。俺の対面にいた出雲が無言のまま立ち上がり、台所に入っていく。・・・・・ああ、肴が切れたようだ。すぐに皿を持って戻ってきた出雲は静かに俺の横に腰を下ろした。
そのままグラスも近くに寄せて、静かに口をつける。
無言だ。何も言わないが、何かしら文句があるのは解る。それの詳しい内容が解らないだけで。
「出雲ちゃんは学校どんな感じ? 友達出来た?」
「普通よ。・・・・・・ああ、でも最近・・・・・連休が明けてからだけど、宮森の子がちょっかいを出してくるようになったわ」
「え、宮森?」
「俺の知り合いの子だ。そうか、ちょっかい出してきたか。・・・・・・ま、変なことにはならないだろうから、親しくしてやれ」
「・・・・・・そうね。家の方でも付き合いを始めるとか言っていたし、親しくして損はないかしら」
「あ? その話、聞いてないぞ」
「兄様は別に言わなくていいと。用があったら連絡するだろうから、それからでいいんじゃないかしら」
「俺の知らないことが増えるのはあまり嬉しくないな・・・・・・」
急に何をやらされるか解ったものじゃない、というのが最たる理由で、そうなるとどうしても俺にしわ寄せがくる。今回の宮森との話は俺が持ちかけたものだし、了承したものだから仕方ないとは仕方ないのだが。
「なんか難しい話?」
「家の仕事事情ってやつだな」
「あは~、大変そう」
「・・・・・・ま、関わるならそれなりにな」
憂鬱になりながら酒を煽る。少しも気分は晴れなかった。
それから三時間ほど呑み続け、宴もたけなわ。壁に背中をつけて丸まっている梓と俺の膝を枕にすやすやと眠る出雲を視界に納めながら一人ちびちびと酒を呑む。最近のパターンだが、俺は二人に言いたいことがある。寝るなら隣の出雲の部屋に行ってくれ、と。いや、そもそも飲み会の場所を変えた方がいいんじゃないだろうか。出雲の部屋でやれば俺が出ていけば済む話なのだし、俺の部屋に余計なものも増えない。
さらさらと流れる出雲の髪を指で弄んでいたら、携帯電話が鳴った。
慌てて手に取ると、かかってきて欲しくない男からの着信だった。
「アズマだ」
『おお、アズマ。呑んでるか?』
「ああ、少しな。・・・・・・こんな時間に何の用だ? 電話をかける時間じゃない」
『ふ。出雲と遊んでいると思ってな。これぐらいの時間なら、出雲も大人しくなってるんじゃないか?』
ちっ、と静かに舌打ちを打つ。こいつはなんでもお見通しかと思うと、少しだけ気分が悪くなる。真賀の当主は俺の舌打ちを聞いてからからと笑った。その合間に受話器から僅かに赤子の泣き声が聞こえた。
「・・・・・・赤ん坊?」
『ああ。聞こえたか。俺の子だ』
・・・・・・いつの間に。そんな話は出雲もしていなかった。
『驚いたか?』
「ああ」
『くく、だろうな。本当はお前がこっちに帰ってきたに見せたかったんだが。夜泣きが激しい元気な子だよ』
「それは何よりだ」
『お前も早く仔を作れよ。俺の子と、仲良く出来そうなのをな。俺とお前の関係のようになってくれればいいと思ってるんだ』
「・・・・・・」
『そうすれば、俺の時と同じようになるのにな。・・・・・・なぁ、この子はいつ俺に牙を剥くんだろうな? 俺はそれが楽しみでたまらん』
「悪趣味な奴だ。・・・・・・先代はそんなこと考えてすらいなかっただろうに」
『良く言う』
悪意のない無邪気な笑い声が耳朶を打つ。そんなことお前は考えてもいないくせに、と真賀の当主は言葉にせずに俺を責める。その声を聴きたくなくて、要件はなんだ、と低い声で言った。
『バイトをしないか? 何、お前なら簡単な仕事だ。スーツを着て、小娘の近くで待機していればいい』
「なんだそれは」
『宮森子飼のガキを痛めつけたろう? しばらく戦闘は出来そうにないとか言ってな。代理を頼まれた。割のいい仕事だぞ』
「・・・・・・・」
『報酬は全部お前にやる。はした金だしな。だが、お前には必要だろう? 俺がくれてやる金じゃない。ちゃんとした労働の対価だ。問題は?』
「・・・・・・・ないな」
『なら、先方に伝えておく。急で悪いが明日の仕事だ。しっかりやってくれ』
「・・・・・・・解った」
『お前が嫌だと言ったら出雲にやらせるつもりだった』
「出雲は・・・・・・・難しいだろう」
『ああ。真賀の資質はあるんだが、家事ばっかり覚えてな』
「・・・・・・」
無駄なことを、と真賀の当主は笑う。俺は大人げないと思いながら、無言のまま通話を切った。