まったく怖くない話
「わわわわわ!!!」
とあるスーパーの閉店業務後、暗くなった店内のトイレから、同じバイト仲間の女子、田崎が慌てて閉店後用の出入り口まで走ってきた。
「ん? どうした?」
今この場には俺こと山口と田崎と新人バイトの橋野しかない。もしかして出忘れた客か? だったら問題だ。店長今日休みだから、俺に全責任が……。俺だってバイトなんだけどなー。
「田崎さん、もしかしてお客様でもいました?」
俺よりも早く橋野が田崎に聞く。さすが女子同士。女子トイレとかにいたんだったら、出来れば二人に行ってもらいたい。
「違うの! 私トイレだったんだけど、入ってる間中、ずーっと後ろに視線を感じたの! だからもう怖くて! 山口くん、早く帰りましょう! 早く!」
怖がりな女だなと思いつつ、客じゃなくてよかったと俺達はさっさと建物を出る。鍵を閉める時用の明かりを点けて、店内全体の施錠用ボタンを押す。
「ん?」
いつものように押したら、「閉まっていません」 とエラーが出た。どこかが開いてるということなんだろうが……。
「え、入るの? 私こわい……橋野ちゃん、ここに一緒にいてよ」
「田崎さん、私と一緒に確認しに行きましょう。私霊感ないですから。山口さん一人に任せるのはさすがに申し訳ないですよ」
橋野は若いけどなかなか出来た子だ。というわけで、冷凍食品コーナー方面(左)を二人に任せ、俺はトイレのある酒コーナー方面(右)の施錠を確認する事にした。
「ふんふんふーん♪」
橋野と同じように、俺にも霊感はない。むしろ消灯済みで月明かりのみの暗くていつもと違う店内は、これはこれで冒険している気分だ。近いところからぐるっとまわってみたが、ここまで施錠はされているのを確認した。残るは例のトレイだが……。
「……家ちょっと遠いからな。してくか」
俺は男子トイレに入った。幽霊? 信じてないし。
閉め切ったトイレの中、入ってすぐ俺は違和感に気づいた。
「う、臭え……」
個室が臭う。俺はゆっくりと中を除いた。便器の中にこんもりと真っ黒いものが見えた。
「大便かよ! ちくしょう家の流さないトイレが常識だと思ってるやつ最近多すぎだろ!」
俺は鼻をつまみながら一目散に水を流す取っ手を引いた。ジャーっと流れる音がした。せいせいして次は自分の用を足しに便器の前に立つ。ふと、下にぬるりと感触がした。
『あの~、トイレの周りがですね、洩らしたように水浸しで……いえ、別に今すぐ掃除しろとか言ってるわけじゃないんですけど~』
とか年配の女性客が昼間、レジで商品の数かぞえてる俺に言ってきたのを思い出した。仕方なく品出し中の橋野を行かせた。夏場はこういうのが多いとはいえ、体調管理くらいしっかりやれと言いたい。俺はすぐ近くの倉庫から用具を持ち出し、苛立ちをぶつけるようにガッガッと拭いた。放置すると朝の担当が悲惨だからな……。
ようやく全ての用を終えたあと、ふっと生ぬるい風に気づく。
「あ? ……何だ、開いてたのここだったのか」
トイレの窓が全開だったのに気づき、俺は閉めたのを確認し、女子トイレもまわって確認した。まったくいくら臭くても夏の窓は開けるなよなー。田舎なら苦情くるくらい虫害が酷いぞ。
そしてのんびりと入り口に戻った。田崎と橋野がいた。
「山口さん、こちらは異常ありませんでした。それにしても、中々戻られないから心配しました。もう少ししても来なかったら探しに行こうって田崎さんと話してたんですよ、ねっ」
「ど、同僚だもの。それであの、トイレ……何ともなかった? 山口くん。幽霊とか……」
二人が気遣わしげにこちらを見てくる。俺は笑って言ってやった。
「悪い、ちょっと俺もトイレだった。幽霊? ないない! 大体よく言うだろ、生きてる人間の方が怖いって」
「は、はぁ……。何もなかったならいいんだけど」
何となく納得いかない様子の田崎を横目に、俺は再び施錠を開始する。「完了しました。警備会社が警備を開始します」 のアナウンスが無事に響き、施錠は完了した。
「お疲れ様でーす」
「お疲れ様」
「気ぃつけて帰れよ二人ともー」
自転車の橋野、お迎えの田崎を見送って、俺もマイカーで帰り支度だ。あー余計な時間くって疲れた。明日休みだし、帰ったら酒飲んでゲームで気晴らしするか。