俺はお嬢様に弱みを握られている
俺、雨陽佐は、東陽学院大学附属東陽高等学校に通う二年生。都心に位置するこの学校は、高校から大学までがエレベーター式で、この学校に入学した半数の生徒がエレベーター式で大学へ入学する。
教育方針も好評で、一般試験と特別選抜試験で合格した上位延べ60名には、無償の奨学金制度を得られる。
もちろん、このような待遇が目当てで、入学してくる生徒も少なからずいる。
俺もその一人だ。
さすがに特別選抜試験は受けることができなかった。まあ、家系の事情で一般試験を受けざるを得なかったという訳だ。というか、むしろ好都合だ。コンプレックスともいえる俺の家系では、一般試験が最上級ランクだ。これ以上望むものはないと言えるだろう。
しかしだ。
そんな俺のコンプレックスを唯一知り、更には踏みにじる輩がいる。
そいつは…………
「だーかーらー、海は船瀬浜だって言ってんだろ!!」
本棚で囲まれた一室で、罵声が飛ぶ。
期末試験が近いため、日本史のテキストを目で覆い隠しても、耳をふさがない限り罵声は耳に入ってくるばかりだ。
「湘南じゃないの? それが王道でしょ」
「まあ、どこへ行くにしても予算がないのは確かなんだけれどね」
なんで、俺はこんな見たくもない口論の場にいるのか。
原因の一つとしては、目の前にいる一人の女なんだけれどな。
「なあ、佐も何か言ってやれよ。海は絶対船瀬浜だよな!」
「湘南だよね!? ねえ? そうよね?」
いや、船瀬浜だろうが湘南だろうが東京湾だろうが、俺が口出すことではない。
仮に俺が意見を出したところで、俺の案が通る確率は一体いくつなのか、計算せずともわかる。
「なんですか? その死んだ魚の眼は。そんな眼で見られると肌が腐っちゃうわ」
でた。
出ましたよ。
そう、こいつこそ、俺の秘密を知り、その秘密を弱みにして好き放題しやがる悪魔……晴月弥生だ。
容姿端麗で人気者。だけれど……本性は超毒舌クソ悪魔女なんだよ!!
「え、ってかなんで佐が泣いてるの?」
「ちょ、キモいんだけれど」
くそぉ。みんな晴月に見えてくる。
「佐君。私の美しさに惚れてしまったらしいんですよ。全く、言葉には出さず、顔でものをいう子なので」
俺はそんな高度な知性を持った覚えはないぞ。
「それはそうと、夏合宿の事でしたっけ?」
「急に話題を変えるな」
「予算のことについてですが……」
あっさりスルーしやがった。
いいもん。タスクくん、日本史の勉強するから。
ええと、摂関政治が行われたときの天皇は……
「うっかり現実逃避をしているお馬鹿さんも目の前にいるんでどうしますか?」
集中していたのに、晴月の声でプッツンと切られた。
しかも俺のことを現実逃避しているっていったぞ。
うっかりかもしれないが、それはあっさりスルーした晴月のせいでもある。
「というわけで、予算は私の家から出します」
「おお、弥生太っ腹ねー」
本当は腹黒だけどな。
「別荘とかあるのか?」
「ええ、船瀬浜、湘南のどちらにも別荘はありますよ」
さすがお金持ちのお嬢様といったところか、別荘の2軒や3軒は簡単に持っているんだな。
「合宿のプランはこうしましょう」
椅子から立ち上がり、晴月はホワイトボードに手際よく日時、経路、活動内容など書いていく。
日本史の没頭する予定だった俺も、なぜか合宿のプランの方へと目が行ってしまう。まあ、去年の夏休みはずっと勉強していたし、今年の夏もそうしようかとは思っていたが、たまには息抜きするのも悪くはないだろう。
無論、晴月が同伴する夏休みは楽しいかどうかは俺には分からないが。
「ちなみに湘南、船瀬浜のどちらかへ行っても、このイベントがあります」
突然懐から出て来た1枚のビラ。一番上にはどデカく、『夏一番!』と赤い文字で力強く書かれている。
「おお、これはまさか?」
「これってあれじゃん。女装水着コンテスト」
「へぶあぁ!!」
女装という言葉を聞いて、突然俺は吹いた。もちろん、周りには気づかれないように。
日本史の教科書があったから幸いだったが……もう、見開き全体に俺の唾液がかかってる。
こいつ、わざとなのか? わざとやっているのか?
教科書の陰から顔をのぞかせると、若干口元が引き攣っていた。
策士だ。
「優勝すると、アイス1年分」
いらねー。アイス1年分もいらねー。
あれだろ、晴月絶対俺を女装コンテストに出すつもりだ。だってほら、目がもう、そうだもん。
「それじゃあ、詳しい事はまた後日にしましょうか」
「そうだな。テスト勉強もあるし」
そうそう。学生の本分は勉強だ。
こんな所で駄弁らず、おとなしく勉強するが一番!
「それじゃあ、今日は解散しましょう」
顔を見合わせていた男女が一斉に帰り始める。
やっとこ今日の部活が終わったか。
そう、部活。
俺が所属している部活動。それは……あれ、名前なんだっけ?
「佐君。わたしたちもそろそろ」
「あ?」
思い出そうと必死だったところを、晴月の声によってい制止された。というか、なんで一緒に帰ろうとしてるの?
「さあ、早く帰りましょうよ」
「なんで、俺がお前と一緒に帰るっていう前提になっているんだよ」
「別にいいじゃないですか」
そんな満面の笑みで言われてもよ。
これがモテる秘訣なのか?
「どうしても一緒に帰りたくないというのなら、この写sh「分かりました!! 帰ります!! 一緒に帰らせてくださーい」
なんで俺、尻に敷かれなきゃならないんだよ……
校舎から出ると既に真っ暗だった。
まあこんな中、女の子一人帰らせるわけにはいかないしな。
「なんなら家まで送ってくよ」
「あら、急に親切になって。もしかして変態にでもなった?」
「どうして親切になると変態になるんだよ」
こいつの理屈はどうなっている。
「それにしても、なんであんなイベントなんかに参加するんだよ」
「決まっているじゃない。あなたの女装した水着姿が見たいだけよ」
ぐっ、やっぱり狙いはこれだったんかよ。
俺がもともと顔が女っぽかったのもある。しかし、それが原因で俺は……
「どうしました? 口から佐君が出てきてますよ?」
「ほっといてくれぇー」
思い出すだけで魂が抜ける。
そう、俺、雨陽佐は高校二年生。
ある秘密というのは、過去に過度の女装をさせられたのを原因に、美女というのが苦手になった。
もちろん、女装もできない。ってかしたくない。2度と。まじで。
だから、晴月にその秘密がばれた時は、マジで焦ったし、死ぬかと思った。あと、それを弱みにするなんてほんと信じられなかった。
これは、そんな物語。
優等生の俺が女装癖を持ってました。なんて校内でばれたら……
これも全てあいつのせいだ。
あの写真を絶対に取り返してやる!!
終