3−2
思ったよりも遅くなってしまった。
京介は足早に、隆二の家に向かう。
あまり遅くなると、何を言われるかわからない。怪しまれるかもしれない。
「この前、マオちゃんに探りいれられちゃったしなぁ」
ぼやく。
約束を破るためにここに来た。それは嘘じゃない。けれども、それを実行に移す決心がなかなかつかず、長いことかかってしまった。本当は、こんなに長いこと、ここにいるつもりはなかったのに。
流されやすくて情にもろくて、日和見主義なのは昔からだ。平和な生活は心地よくて、ずるずるとこのままでいいかと思ってしまう。それで失敗したというのに。
でもそれも、今日で終わりだ。
ソレを入れたトートバッグを、ぐっと握る。
ここまできたら引き返せない。実行に移すならすぐに。はやくしないと止められてしまうかもしれない。
覚悟なんてあの場所で決めてきた。もう迷わない。
それでも隆二の家まで戻り、そのドアを開けようとしたときには手が震えた。
一つ深呼吸。
落ち着こう。動揺しているところを見せちゃいけない。
「よしっ」
平常心を取り戻し、いつものような笑顔を浮かべて、ドアノブをひっぱり、
「あれ?」
ドアは開かなかった。
合鍵なんてものを持っていないから、隆二か京介、どちらかが必ず家にいて、家にいるときは鍵を開けっ放しにしていることが多いのに。
仕方なしにチャイムに指を伸ばす。そこから、腹立ち紛れに連打した。
せっかく覚悟を決めたのに、なんというか、出鼻をくじかれた気分だ。なんでこう、いちいち人の神経を逆撫でするようなことするかね、あいつは。
返事はない。テレビの音はするから、いるとは思うんだが、居留守か。
『京介さん』
そう思っていると、ひょいっとマオがドアから顔を生やした。
「マオちゃん」
『ごめんね、隆二、今お出かけしてるの』
本当にすまなさそうな顔をマオはする。
『コンビニだからすぐ帰ってくると思うんだけど』
「あーそう。そっか」
コンビニ行くのに律儀に鍵かけていくなよ。どうせ盗まれるようなもの持ってないくせに。
仕方ない、帰って来るまで待つか、とドアに背を預ける。
『ごめんねー』
「マオちゃんが悪いんじゃないよ」
そう言って微笑みかけ、
「あ、そっか」
気づいてしまった。
何もここで隆二を待つ必要はないじゃないか。隆二が居ない、それは好都合じゃないか。
『京介さん?』
不思議そうなマオの声。
握った鞄。
今ここで、実行に移そう。それが一番、賢いやり方だ。
「マオちゃん」
上半身だけドアから生やした、マオの手を掴む。
『……京介さん?』
訝しげなマオの声。
怯えさせてしまうことは本意ではない。それでも、どこか顔が強張ってしまう。
「ちょっと付き合って欲しいんだけど。外行こう?」
『えっと。でも、あたし、お留守番してないと。隆二と約束したから』
マオが困ったような顔をする。本能的に何かを感じとったのか。軽く身を引き、京介から距離をとろうとするのを、
「なんで俺がここに来たのか、説明するよ」
ずるい言葉で引き止めた。
「俺がここに来た理由、隆二知りたがってるんじゃない?」
これじゃあまるで、君子に出てくる悪人だ。マオにとって一番魅力的に聞こえる言葉で誘惑する。
「教えたら、隆二が褒めてくれるかもよ?」
マオは少し躊躇ったあと、
『ちょっとなら、いいよ』
頷いた。