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居候と猫の飼い主  作者: 小高まあな
第二幕 猫にはまだ鈴をつけていない
5/14

3−1

『ころんでもぉー、またたちあがるぅー、そうよぉーわたしはぁぁぁ、ななころび、ヤオ! きみこぉぉぉ』

「……なんだその歌は」

 気持ち良さそうに歌うマオに、隆二は思わずつっこんだ。

 ソファーに座り本を読む隆二の膝の上に、寝転んだマオが両手で頬杖をついている。マオが来て最初のころは膝にのると邪魔だのなんだの言っていたが、言って聞かせても無駄なので最近は黙認している。

 仲がいいよねぇとかからかってくる京介も、今はどこかに出かけているし。

『ん? 君子の主題歌だよ』

 顔をあげたマオが、知らないのぉ? 不思議そうな顔をする。

「いや、それは薄々わかってたんだが」

 七転びヤオ君子とか言ってたしな。訊きたいのはそういうことではなくてだな。

『隆二も一緒に歌う? 教えてあげるよ?』

「いや、遠慮しておく」

『そう? 楽しいのに』

 などと言いながらも、マオはまた歌に戻る。

 今日も今日とて、神山家の日常はどこまでも怠惰で非生産的であった。

 京介がここに来た目的も、未だにわからないままだが、面倒なのであれから追及はしていない。今だって、「ちょっと出かける」と行き先も告げずにいなくなって、数時間経っているが、どこで何をしているかさっぱりわからない。だからといって、訊くつもりもない。どうせ答えないだろうし、面倒だし。

 神山隆二の性根は、とことん怠惰であった。

 マオのリサイタルはしばらく続き、隆二もしばらくそれをBGMに本を読んでいたが、

「コーヒー飲みたい」

 ぼそりと呟いた。思いついたら、今すぐにでもあの茶色の液体を摂取したい気分になった。彼はどこまでも思いつきだけで生きている。

 そうと決まれば、

「マオ、どけ」

 膝の上の、立ち上がるのに邪魔な居候猫をどかさなければ。

『えー』

 歌を邪魔されたマオが不満そうな顔をする。

「いいから」

『はーい』

 それでも素直に、ごろごろと寝返りをうつ要領でソファーから離れる。ソファーから三歩程離れた宙で、仰向けに浮かんでいる。

「どーも」

 一応礼を言ってから、台所に向かう。薬缶に水を入れ、火にかけ、インスタントコーヒーの瓶をあけ、

「……あ」

 そこに何もないことを確認し、固まった。

『どうしたの?』

「コーヒー切れてた」

『ありゃりゃ、残念』

「買いに行って来る」

 テーブルの上に放り出していた財布を掴む。

『京介さん、帰って来てないけどいいの? 隆二お出かけしちゃったら、京介さん入れないじゃん』

 未だに合鍵を作っておらず、隆二が出かけてしまえば鍵を持たない京介は部屋に入れない。そして、盗られて困るようなものはないとはいえ、京介のために留守宅の鍵を開けっ放しにしておくつもりなんて隆二には無かった。

「どこに行ってるんだか知らないが、あいつが遅いのが悪い。コンビニだし」

『じゃあ、あたしも行く!』

 上半身を起こしたマオに、

「お前は留守番」

 冷たく返した。

『えー』

「京介が帰って来たら待つように言っといて」

『コンビニでしょう? 近いでしょう? 大丈夫だよぉ、京介さんだって鍵開いてなかったら待ってるよぉー』

「何も言わないで出かけたら、いくらなんでも、あいつうるさいだろ」

 この数ヶ月でどれだけの小言を聞いたことか。うんざりとため息をつく。

 それからふくれっつらしたマオに、宥めるように微笑みかけた。

「すぐ帰って来るから。それで、京介戻って来たら、京介に留守番させて散歩でも行こう。お前、そろそろ食事摂った方がいいだろ?」

 マオはしばらく膨れっ面したまま隆二の顔を見ていたが、やがてしぶしぶ頷いた。

『約束ね?』

「ああ、約束する」

 隆二の言葉に、少しだけ口元を緩めてマオは頷き、

『じゃあ、待ってる。はやく帰って来てね』

「ああ」

 マオのためにテレビをつけてやると、隆二はコンビニに向かう。

『約束ね』

 マオはがちゃりと閉まるドアに向かって小さく呟いた。

 その口から、ふふっと笑みが溢れる。

『約束ね、約束』

 基本的に約束をしないという隆二との約束。小さな約束だけれども、これはやっぱり特別だということだろう。

 すっかり機嫌を良くして、鼻歌なんて歌いながらマオはテレビに向き直った。

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