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「約束を破るねぇ」
マオから報告を聞いた隆二は小さく呟いた。約束を、破る?
『一応ね、約束は破っちゃだめよって教えてあげたけど』
要らん世話だろ、それ。
『隆二、京介さんと何か約束したの?』
「いいや。俺、基本的に約束とかしないから。めんどうだから」
契約ならたまにエミリ達と交わすが。それ以外に約束だなんて、せいぜい茜とした約束ぐらいではないだろうか。
そんなことを思いながらマオを見ると、
「……待て、お前なにそんなににやけてる?」
だらしなく相好を崩したマオがそこには居た。やや気味が悪い。
『え、だって、隆二あたしとは約束してくれたじゃない? それって、特別ってことでしょう?』
当たり前のように、弾んだ声でマオが答える。ふふ、っと嬉しそうに笑う。
ああそうか、一緒に学んでいこうというあれは、考えてみれば約束だった。
「……そうだな」
隆二は小さく微笑むと頷いた。
考えてみないとわかんないのかよ、とつっこむような人間はここには居ない。
『あ、あとね』
思い出した、とマオは両手を叩き、
『京介さんは隆二が心配なんだって』
「は?」
心配?
『えっとね、京介さんと隆二だけが、不死者になったことを受け入れられていないから、だっけな』
「いや、別に今更、受け入れられていないわけじゃ……っていうか、あいつも?」
『うん、京介さんも、って言ってた。あ! なんかはぐらかされた! 聞いたのに』
膨れるマオ。
それにしても、ここまで聞き出して来るとは思わなかった。適当に京介にあしらわれて終わりだろうと思っていた。
ということは、京介はこのことを隆二に伝えてもいいと思っているということか。マオに、相手が話す気がないのに聞き出してくる能力があるとも思えないし。
「それで?」
『ん、えっとね。えーすけさん? は、死なないってことば甘いもの食べ放題! って言ってて、そーたさん? は宇宙の研究が出来るとか言ってたって』
「……何をしているんだ、あの二人は」
うんざりして溜息。ああ、でも目に浮かぶ。
甘いものを愛し過ぎている甘党の英輔は、甘い物さえあれば満足なのだろう。それはそれで、幸せなことだと思う。
最年長で一番賢い颯太が、この永遠の時間を使って何かの研究をするということも、考えられないこともない。
それに比べて自分はどうだ。毎日毎日だらだらとテレビをつけて、本を読んで、コーヒーを飲んで、居候猫をからかって遊んで。非生産的な生き方だ。
確かに、その二人に比べたら、心配されても仕方がない。
「……なるほどねぇ」
小さく呟く。
なんとなく、あの二人のあとに自分のところに来た理由は納得できた。心配の種は最後にじっくりと、ということだろう。
特に、仲間内で唯一、茜に会ったことがあるのが京介だ。茜が亡くなってから、京介がそのことを気にかけてくれていたのはわかっている。この前の墓参りの一件だって、あいつの差し金の部分が大きい。さぞかし心配かけていたことだろう。
でも、茜の一件が解決してもなお、京介がここに居座る理由はなんだ?
「わけわからんな」
結局、謎は何も解決していない。そのとこに溜息をつく。溜息をつきながらも、
「まあでも、マオ、ありがとな」
思ったよりも上手く諜報の役割をしてきた居候猫の頭を撫でた。
マオは心底嬉しそうに微笑んだ。