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居候と猫の飼い主  作者: 小高まあな
第四幕 放浪猫の後始末
14/14

6−1

「マスター、こんにちはー」

 茶色い巻き髪をふわふわと揺らしながら、一人の女性が喫茶店に入って来た。

「ここなさん、こんにちは」

 喫茶店のマスターがそれに応じる。

 ここなと呼ばれた女性はカウンターに腰掛けた。

「ランチセットをお願いします」

「はい。……そういえば、京介くんからは連絡ありましたか?」

 マスターが尋ねると、

「ないのー」

 と女性がふくれた。

 窓際のテーブル席で、エミリはそれを聞いていた。ぎゅっとスカートの裾を握る。

 そっと鞄から取り出したプリクラ。そこで神野京介の隣で笑う女性。今、カウンターに座っている彼女。

 カップに僅かに残ったコーヒーを飲み干すと、プリクラを再び鞄に押し込んだ。席を立ち上がり、言葉少なに勘定を済ませると、足早に、逃げるようにその場を後にした。


「見慣れない子ー」

 エミリが出て行ってから、ここなが呟いた。

「そうですね」

「外国の子かな」

「綺麗な金髪でしたね」

「ねー。……なんであんなに格好が赤いのかはわからないけど」

 ここなの言葉にマスターは軽く微笑みながら、テーブルを片付けるためにカウンターの外に出る。

「……おや」

 エミリが座っていたテーブル。その下に、見慣れない紙袋がある。

「ん? 忘れ物?」

 それを見ていたここなも、席を立ち上がり、そちらに近づく。

「そのようですね」

 言いながらマスターは紙袋を開き、言葉を失った。

「どうしましたー?」

 軽い口調でいいながら、ここなもそれを横から覗き込み、

「え」

 小さく呟いて言葉を失った。

 なんでもない紙袋の中に入っていたのは、大量の札束だった。身代金の受け渡しでもできそうな。

「ちょっ、えっと。とりあえず、さっきの子探して来るっ!」

 慌てたようすでここなは言い放ち、ヒールを鳴らしながら店を出て行く。

「ここなさんっ」

 マスターが名前を呼んだ時には、もう扉は閉められていた。

「……警察に届けないといけませんね」

 マスターは困ったように呟く。一応金庫にしまっておこう。そう思ったとき、紙袋の中に入っている一枚の紙に気づいた。

 そっとそれを持ち上げる。連絡先でも書いていないかと思って。

 けれども、そこに書いてあったのは、ごめんなさい、の一言だった。小さな丸い字で一言だけ。書いてあったのは一言だけだった。

「……ああ」

 喉の奥から、声が漏れる。

 ごめんなさいの横に貼られていたのは、常連の彼女と、その恋人のプリクラだった。

「京介くん」

 少しだけこの店でアルバイトしていた青年。久しぶりに見るその姿に、小さく名前を呼ぶ。これは一体、どういうことですか。

「マスター、駄目だったー。見つからないー」

 ドアが開き、ここなの声がする。慌ててマスターは、その紙をエプロンのポケットに滑り込ませた。

「あんなに目立つのにー」

「そうですか」

「とりあえず、それ、交番?」

「そうですね」

 走り疲れたように椅子に座り込むここなに、マスターはいつもと同じ微笑みを向けた。

「持ち主が現れなかったから、ここなさん、もらったらいかがですか?」

「それならマスター、半分にしようよ。山分け」

 言ってここながくすくすと笑う。

「ランチセット、もうちょっと待っててくださいね。先に交番に電話します」

「はーい」

 ここなは明るく返事をし、鞄からケータイを取り出した。

 マスターは店の電話にむかいながら、ポケットにそっと触れた。

 これは彼女には見せられない。見せない。だから、京介くん。ちゃんとここに、帰って来てくださいね。


 ここなはケータイをひっくりかえし、電池蓋を見る。そこに写るのは自分と、京介。二人の間に押された大仏のスタンプを指で軽くたたくと、

「連絡ぐらい寄越しなさいよ、ばーか」

 小声でぼやいた。


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