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居候と猫の飼い主  作者: 小高まあな
第三幕 There's more ways than one to kill a cat.
12/14

5−4

「お前の言うとおりだよ、柳司。俺がお前と同じ立場で、その、終わりを望んだとき、誰に頼むかっていったら、きっと真っ先にあいつに頼む」

 かつての自分の名前をもつ彼に。それが、縁、だ。

 あの時、たった四人だけ残った実験体同士で名前を交換し合った。漢字は替えたけど。かつての自分の名前をもつ者に、なんとも言えない気持ちを覚えたことを覚えている。かつての自分の名前で他人を呼ぶことに、違和感を持ったこと。

 今ではすっかり自分に馴染んだ名前だけれども、今ぐらいは返さなければならない。

「……うん、そうだな。それなら、仕方ないのかもしれない。柳司」

 殊更に名前を呼ぶ。自分に言い聞かせるように。

「うん。悪いな、本当に。——」

 向こうもこっちを本当の名前で呼んで来る。それは縁、で。それと同時に、

「柳司。死ぬなら出来れば人間でって、ことか」

 自分が人間だったことを思い出させるまじないのようなものだ。

「そんな感じかな」

「そっか」

 その思いもわかる。わかってしまった。わからなければ断れたのに。

「ずるいよな、柳司」

「知ってる」

 くすり、と柳司は笑った。

「そうなると、断れないな」

「——ならそう言ってくれると思ったよ」

「ずるい」

 もう一度言うと、さらに彼は笑った。

 柳司がひらりと、軽い動作でブランコの柵を飛び越える。

 二人を隔てていたものが無くなる。

「ずるいな、本当に、ずるい」

「うん、悪かった。本当にそう思ってる」

「人の弱みにつけこみやがって」

「それもわかってる」

 人間ではないことを、心のどこかで割り切れていないのはお互い様だ。人間であったころのことを持ち出されては、断れない。それがどんなにお互いにとって大事なことだかわかっているから。

「俺がこれで病んで病んで病みまくったら、柳司、お前責任どうとるんだよ」

「——はそこまで無責任じゃないでしょ。自分のメンタルの責任ぐらい自分で持てる」

 原因を作ろうとする人間が、いけしゃあしゃあと答えた。

「それに、——にはマオちゃんがいるだろ?」

 なんでもないように言われて、ため息をつく。それを言われると反論できない。

「俺にはマオがいて、俺が茜と約束して、俺が今神山隆二で、だからお前はここに来たんだな」

 もう一度、確認するように問う。

「そうだよ、——」

「じゃあ、仕方ないな」

 困ったように笑った。選ばれてしまったのは、もう仕方ないと思えた。

 終わりを迎えたい気持ちもわかるのだ。

 右手に持ったエクスカリバーを、そっと握り直す。

「あ、——」

 慌てたように、彼がズボンのポケットから何かを手渡して来た。

「エクスカリバーってさ、対象が身につけてたものも全部消しちゃうだろ? だけど、それだけは、その、一緒には消したくないんだ」

 渡されたのは財布と、ジッポだった。

「お前に持ってろなんて言わない。捨ててくれていい。だけど、無かったことにはしたくない」

「……わかった」

 頷く。

「財布の中身はあげるよ。全財産。迷惑料代わりに」

「ありがたくもらっとくよ」

 あえておどけて返した。彼もふふっと笑う。

 そうして、沈黙。

「……ごめんな」

 少しの沈黙のあと、そう告げた。

「それはこっちの台詞。本当、ごめん。——」

「うん」

「あと、エミリちゃんにも謝っておいて。ここ、人が立ち入れないようにしてくれたでしょ?」

「……ああ、なんだ気づいてたのか」

「さすがにね、この時間にこんなにも人が来ないのはおかしいと思うよ。ごめんね、って言っておいて」

「……うん、わかった。伝えておく」

 頷いた。

 右手を握る。

「——」

 名前を呼ばれた。

 彼は微笑んでいた。

「ありがとう」

「ああ。こちらこそ。世話になった」

 右手を握る。力を入れて。

 一歩踏み出したのは、彼の方だった。右手に向かって一歩踏み出してくる。それに慌てて右手を引きそうになって、ぐっと堪えた。

 代わりに、それを前に突き出す。

 嫌な手応えがあって、そちらを見そうになるのを、

「——」

 名前を呼ばれ、遮られた。小さく首を横に振られる。気にするな、と。

「じゃあ、ね」

「柳司っ」

 何かを言いたくて名前を呼んで、言葉を探す。でも、遅かった。エクスカリバーに刺された箇所から彼の存在が消えていく。

 彼は最後まで笑っていて、隆二は何も言えなかった。

 目の前から、何事も無かったかのように彼が消える。

 右手から力が抜ける。

 支える力が何もなくなったエクスカリバーが、からんと音を立てて地面に落ちた。

 そこには本当に何もなかった。

 大きく息を吐き出す。

 エクスカリバーは元々、実験体の抹消に使われていたものだ。実験体の抹消に、遺体やら遺品やらは不要なのだ。実験体なのだから。

 その事実を改めて思い知らされる。

 空を見上げ、ぐっと目を閉じる。

 しばらくそうしてから、

「いるんだろ」

 空を見たまま尋ねた。

「はい」

 がさり、と草木が揺れる音がしたあと、静かにエミリが近づいて来た。

「……すみません」

 そして彼女が頭を下げる。

 彼女が何を謝っているのかわからなかった。彼女の何が悪いのかわからなかった。けれども、彼女を詰りたかった。実験体を作り出した側の彼女を。

 それを精一杯の理性で押しとどめた。それは、八つ当たりだ。自分達を作ったのは彼女ではない。組織全体としてはともかく、彼女個人には落ち度はない。

「あと、頼む」

 それでも優しい言葉をかけられるわけもなく、淡々とそれだけ告げた。

「はい」

 エミリが頷く。

 それを見てその場を立ち去ろうとし、ふっと左手に持ったままの財布とジッポに目が行く。ああ、そうだ、これ、どうしよう。

 よく見ると、渡されたジッポには、シールが貼ってあった。京介と知らない女性がうつった写真のシール。二人の間には何故だか大仏が描かれている。

「……バカが」

 小さく呟く。写真の中の京介は、慣れないことに強張った笑顔をしていたけれども、それでもどこか幸せそうだった。

 そんな幸せな時間を見つけたのに、お前は本当にこうすることしか出来なかったのか? 自分がやったことは正しかったのか?

 俺たちは二人とも、バカだったんじゃないだろうか。

 今更嘆いても、遅いけど。

 財布の方も一度あけてみる。金銭の他に、ジッポに貼られていたのと同じような写真シールが入っていた。それをひっぱりだしてみる。何種類かの写真。そのうちの一種類には女の子女の子した丸い字で、キョースケ、ココナと書かれていた。

 ココナ、というのか。彼女は。

 京介を帰してあげられなくて、すまない。

「嬢ちゃん」

「はい?」

 エミリは名前を訂正することはしなかった。

「これ」

 その写真シールを差し出す。エミリは写真を見ると、

「ああ……」

 一言呟いた。

 それから、それを受け取ると、

「お預かりします」

「うん、頼む」

 それを確認すると、隆二は残りの財布とジッポをポケットに滑り込ませた。

「形見わけ」

 言い訳するように呟くと、エミリは一度頷いた。

 そのまま、足早にその場を立ち去った。


 エミリは去って行く隆二の背中を見送ると、足元に落ちているエクスカリバーを拾い上げた。その隣に落ちているトートバッグも拾うと、その中に滑り込ませる。

 少し躊躇ったあと、ケータイを取り出した。研究所の番号を呼び出すと、耳に当てる。

「お疲れさまです」

 淡々と事務的に、電話の相手に告げる。

「はい。そうです。すみません、U〇六八は……、はい。申し訳ありません。とめることが出来なかったのは、わたしの責任です。……はい。わかりました。詳しくは戻ってから」

 失礼します、と電話を切る。

 研究所に嘘をついたのは初めてだった。

「……とめるつもりはありませんでした」

 京介の話を聞いていたら、とめられなかった。貴重な実験体が消えることがないようにしろと言われていたにもかかわらず。途中で飛び出していくことも出来たにもかかわらず。

「……神野さん」

 しゃがみ込み、京介が立っていた辺りの地面を撫でる。

「本当に、申し訳ありません」

 貴方をここまで追いつめたのは、わたし達研究所の責任です。

「ごめんなさいっ」

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