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居候と猫の飼い主  作者: 小高まあな
第三幕 There's more ways than one to kill a cat.
11/14

5−3

「それで、その話が今回のこととどう関係があるんだよ」

 約束の内容はわかったが、それがマオを誘拐する理由には繋がらない。

「だから言っただろ。俺は約束を破りに来たんだ。俺はココのところには戻らない」

 そうして京介は立ち上がると、ブランコの脇に無造作置かれていたトートバッグをとりあげた。それをそのまま、隆二に向かって投げた。

 受け取る。

「なんだよ」

 顎で促されて、ぼやきながらその中身を見て、隆二は言葉を失った。それには見覚えがあった。嫌という程。見た目は小型の剣。でも、それがただの剣じゃないことを知っている。

「……京介」

 かろうじて名前を絞りだすと、

「そ、俺がパクってきたエクスカリバー」

 なんでもないように答えられた。

「おまえっ、なんでっ」

 なんでこれを今、このタイミングでこっちに向かって渡すのだ。

「察しが悪いな、隆二」

 京介は呆れたように笑い、

「それを使ってくれ、って言ってるの。俺に向けて」

 なんでもないことのように言った。

 言われたことを理解するには、少しの時間を要した。

「ふざけんなっ」

 言われた意味を理解した隆二は、反射的に怒鳴った。

「おまえっ、何を考えてっ」

「実験体が勝手に消滅しないように、自己使用が出来ないようセーフティかかってるのは知ってるだろう? それは誰かに使ってもらわなきゃならない」

「そんなことは知ってる! そんな話をしているんじゃないっ!」

「俺はココのところには戻らない。戻れない。あいつを死なせるわけにはいかない」

「だからってっ」

「このままいたら、いつか俺はまた、ココに会いたくなってしまう。だけど、俺はココを死なせたくない。ココに会いにいったら、約束叶えなきゃいけないだろ」

「そんなもん、適当にお前自身でどうにかしろよっ。それこそ、そこで約束破ればいいだろうがっ」

「どうにか出来る自信がないから頼んでるんだろうが。俺はもう、俺がココを傷つけるのは耐えられない。これ以上約束を破ったら、ココにどう思われるか」

「ふざけんなよっ」

 どんなに怒鳴っても揺らがない瞳に腹がたつ。

 相手を死なせたくないから、自分が消えるというのか? それを、隆二に手を下せと?

「じゃあ、最初からそのつもりでここに来たのか?」

「そうだよ」

 当たり前のように京介は答えた。なに今更そんなこと訊いてくるんだ、とでも言いたげな口調だった。

「なんだよ、それっ。……じゃあ、あのときのはなんだったんだよ!」

「……あのとき?」

 怪訝そうな顔をする。

「マオに一緒にいようとか誘ったって言う、アレはっ」

 そうだ。もう隆二のところには居られないと泣くマオに対して、自分と一緒に居ればいいと言ったじゃないか。あれはどういうつもりだったんだ。最初から消えるつもりだったのに、マオと一緒にいるなんて、出来ないことを約束するつもりだったのか。

「ええっ、それまだ気にしてたの?」

 予想外の事を言われたとでも言いたげに、京介が目を見開く。

「ああ、っていうか、そんだけマオちゃんのことが心配なのか。じゃあ、言ってあげなよ。喜ぶよ、マオちゃん」

「おちょくるなっ」

「もー、本当、相変わらずカルシウム足りないね、お前は。あれは、あのときは本気だったよ。本気でお前から盗ってやろうと思った。そのためなら延命だって厭わなかったね」

 そこで京介は、笑顔を歪めた。

「だって、ずるいんだよお前だけ。マオちゃんといい、茜ちゃんといい。人間として生きることを放棄したお前に、なんで皆集まるんだよ」

「……京介?」

「俺はずっと、お前が羨ましかったよ。本当に」

 歪んだ笑顔に見つめられて、隆二は言葉が返せなくなる。

 しばらく隆二の顔を見つめた後、京介はふっと空気が抜けるように笑った。

「そんな顔すんなよ。俺が怖がらせてるみたいじゃん」

「……間違ってないだろ、あながち」

 おどけたような言い方に、隆二もそっと息を吐く。強張った空気を逃がす。

「羨ましいのは本当だよ。本当はわかってるんだ。誰よりも不死者であることを受け入れられていないのは、俺だ。お前じゃなくて」

 女々しいんだよ、俺、と笑う。

「受け入れられていないから、人間のフリして生きている。それが結局、俺を偽物の人間として世の中に縛り付けている。結果として俺は自分が化け物だということを誰にも言えず、理解者を得ることができない。お前にとっての、茜ちゃんやマオちゃんのような」

 だから盗ってやろうと思ったのさ、となんでもないような口調で続ける。

「お前からマオちゃんを。まあ、マオちゃんに拒否られたけどね。心底羨ましかったんだ。同じ時間軸を生きられる、理解者がいるお前が」

 そこで一度言葉を切り、

「くだらない仮定の話だ。笑うなよ?」

 念をおしてから続ける。

「もしも、もしもだ。マオちゃんと先に出会ったのが俺だったら、お前の場所にいるのが俺だったら、そしたら俺はマオちゃんの為に残りの永遠を使ったのにな」

 それから小さく肩を竦めて続ける。

「俺の方がお前よりも、よっぽどマメで、優しくて、話も合うし、マオちゃんのパートナーとしては申し分ないと思うんだけどなぁ」

 おどけたように言われた言葉は、それでも真実だと隆二は思った。外でもちゃんと話相手になってあげて、テレビの話にもつきあってあげて、京介の方がよっぽどマオにとっていい生活を与えるだろう。

 それには納得した。

「……おい、黙るなよ。冗談だろうが」

 隆二の沈黙をどう解釈したのか、京介が呟く。

「そのとおりだなぁって思ってただけだ」

「そのとおりだなぁってお前な! お前はいつもそうやって」

「だけど」

 こんなときでも始まりそうな京介の小言を遮る。

「だけど、マオと一緒にいるのは俺で、マオが選んだのは俺だ」

 ぶっきらぼうで、気が向いたときにしか構わないし、外では絶対会話しないし、からかって遊んでばかりいる。それでも、マオは優しい京介ではなく、そんな自分を選んだ。何がいいのか知らないが。

 ならば、まあ、せめて、それに応えるぐらいはしないと。

 隆二がまっすぐ京介を見ながら答えると、京介は少しうろたえたような顔をした。

「お、おおう。なんだ、わかってるじゃないか」

 隆二があまりにまっすぐ答えたことが意外だったようだ。

「じゃあ、それ、マオちゃんに言ってやれよ」

「それとこれとは話が別だ。絶対に言わない」

 心配しているとか言えば、どうせ調子に乗るに決まっているのだ。それはそれでうざい。

「あっそ。でもまあ、そうか。わかってるならいいんだ」

 京介はどこか寂しげに微笑みながら、

「俺がお前に頼もうと、決心できたのはマオちゃんの存在があったからなんだ。マオちゃんがいるから、お前はもう一人じゃないって思ったから」

 本筋に戻った話に、少し身構える。そうだ、こいつは今、むちゃくちゃなお願いをしている最中だった。

「マオちゃんなら大丈夫だろうなって思ったんだ。あの子は、何があってもお前から離れないから。なあ、マオちゃんと茜ちゃんは違うっていう意味、わかるか?」

 種族の違いというのは、ベストアンサーではないのだろう。だから隆二は黙っていた。

 答えない隆二に呆れたように京介は笑い、

「マオちゃんは絶対にお前を一人にしないってことだよ。もしも、お前がマオちゃんから離れることを決意しても、マオちゃんは絶対にそれを許さないだろう。お前が前みたいに、一時の感情の迷いで離れそうになっても、マオちゃんは決してお前を一人にしないだろうから。茜ちゃんみたいに、物わかりよく、離れたりしないから」

「……ああ」

 溜息のように言葉が漏れる。

 ああ、そういうことか。その答えには納得出来た。

 マオは絶対に隆二から離れないだろう。隆二の方が逃げても、彼女はきっと追ってくる。拾った猫の世話は最後まで見なさいよ! とかなんとかいいながら。

「幽霊だからっていうんじゃない。マオちゃんだから。マオちゃんが茜ちゃんの性格だったら、俺はやっぱり、あの時と同じように心配したと思うよ。だけど、あの子はいつだって、お前のことを考えてる。憎らしいぐらい」

「そうだな」

「それにさ、この際だから言っておくけど。なぁ、お前だって本当はわかってるんだろう? マオちゃんが幽霊だからって、一概には安心出来ないんだよ。居なくならないって。本当の意味での永遠なんてないんだよ。なぁ」

 そして隆二が手に握ったままのエクスカリバーを指差し、

「それが俺の永遠も、お前の永遠も、マオちゃんの永遠も終わらせること、わかってるだろう? 理解してろよ、意識してろよ。目を逸らすなよ。ちゃんと考えてないとお前、後悔するぞ」

 京介の言葉に返事は出来なかった。考えなかったわけではない。ここに来るまでに最悪のことを。マオが居なくなることを。永遠なんてないのだということを、再確認したことを、思い出したくなかった。

「しっかりしろよ。マオちゃんにはお前しかいないんだから」

 そして、畳み掛けて来るような京介の言葉からも逃げたかった。なんだってそんな、次から次へと色々言うのだろう。これじゃあ、まるで、遺言みたいじゃないか。

「わかってるよ」

 自分の考えに不安になって、京介の言葉を強引に終わらせた。

 京介はどうだか、とでも言いたげに肩をすくめたが、それ以上は何も言わなかった。代わりに、

「なあ、頼むよ」

 お願いを続けた。

「嫌だ」

 それを、首を横に振ることで拒否した。

「なんで俺が」

「お前だからだよ」

 そこで京介は、なんだかやわらかく微笑んだ。

「お前だからだ」

「だからなんで」

「お前が一番、俺の気持ちわかってくれるだろうなって思ったからだよ」

 言われた言葉に返事が出来ない。ああ、それはきっとそうだろう。英輔よりも、颯太よりも、隆二が一番京介の気持ちがわかる。理解出来る。かつて同じ約束を受けたから。

 だけど、だから。

「だから、無理だ」

 約束をした相手が、ずっと待っていることを知っているから。

「ココは茜ちゃんとは違うよ。待っていない」

「そりゃあ茜ほどの時間を待つことはないだろうけれども」

 言いながら胸の奥が痛む。幽霊になってまで待っていてくれた彼女。

「けど、それでも待つことにはかわりないだろう?」

「……うん、そうだね」

「約束を守れなかった時の気持ちを知っているから、お前の願いはきいてやれない」

「……死んだら約束を破ったことを後悔することもないだろうけど」

「そんな逃げは許さない」

 言い切ると京介は困ったなぁ、とぼやいた。

「ここまでお前がごねるとは思わなかったな」

「例えば、例えばだ。他の頼み事なら別だった。それこそこれから先、家に置いてくれとかな。だけど、京介」

 言いながら自分の声が震えることに気づいた。ああ、怖いと思っている、今、自分は。

「それだけは、わかった、とは言えないよ。なんだよ、お前」

 永遠だと思っていた。ずっとずっと、これから先、永遠に一緒だと。直接顔をあわせることはなくても、この世界のどこかに、同じ永遠を分け合って存在しているのだと、信じていた。それが崩れることなんて、考えてもいなかった。

「お前まで、俺を置いて行くのかよ」

 京介も顔を歪めた。なんだか泣きそうに。

「それは、悪かったと思ってるよ」

「だったら」

「でももう疲れたんだよ」

 彼はまた、疲れたと口にした。

「俺はお前みたいに、人間から離れて生きられない。今更生き方は変えられない。仮に、ココのところに戻って、心中のお願いもどうにかうやむやにして、そしてココともう一度生活をしたとする。だけどさ、それも、いつか絶対に終わっちゃうじゃないか」

 語尾が上擦る。

「もう疲れたんだ。そういうのに怯えるのも。俺は英輔や颯太みたいに割り切れない。永遠を有効活用しようとは思えない。お前みたいにマオちゃんもいない。無理だよ。俺にはもう。疲れたんだ」

 疲れた疲れたと言う京介の顔が、光の加減かとてもやつれて見えた。それにぞっとする。取り憑かれている、永遠という名の死神に。

「気持ちは変わらない。俺にはもう無理だ。この永遠を手放したい」

「だけど」

 何かを言おうと隆二は口を開き、何を言っていいのかわからなかった。ここまで疲れたという彼を、ここに引き止めようとするのはエゴじゃないだろうか。

 永遠を憎み、終わりが来ることを願ったのは自分だって一緒だ。マオに会うまでは、ただ、だらだらと生活しながらはやく終わりが来ないかと、何かの間違いで永遠が途切れないかと、それをどこかで願っていた。消極的か積極的か、それだけの違いだ。

「お前が引き受けてくれないなら、それも仕方ないな、と思う。嫌だよな、同族殺しみたいなの」

 京介の口から同族殺しという言葉が、ずんっと肩にのしかかる。そうだ、そんなの、大事な仲間を自分の手で、なんてこと。

「エミリちゃんとか、研究所の人間に頼めばまあ、どうにかしてくれるだろうな、とも思うし。その前にこき使われたり実験台にされたりしそうだけど、まあ、それもいいよ」

 だけどさ、と京介は隆二の瞳を捉える。

「それでもやっぱりお前に頼みたいんだよ。縁、っていう意味で。お前だってそう思うだろ?」

 一瞬の躊躇いのあと、

「なぁ、——」

 呼ばれた本当の名前に、撃たれたような気分になる。

 縁、っていう意味で。

 ああ、そういう意味なら、そうかもしれない。

「……ああ、そうだな」

 そうして隆二も、彼の本当の名前を呼んだ。

「柳司」

 それを聞いて神野京介は、かつてリュウジの名を持っていた彼は、優しく微笑んだ。

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