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居候と猫の飼い主  作者: 小高まあな
第三幕 There's more ways than one to kill a cat.
10/14

5−2

「……なんなんだよ、一体」

 その背中を見送り、隆二は京介の方を見ながら、うんざりとした口調で言う。

「誘拐犯っぽい文面を残したわりには、和気藹々としていたみたいじゃないか」

「心配した? マオちゃんのこと」

「おちょくるな」

「素直じゃないなあ」

「京介! お前な、冗談ですむこととすまないことがあるだろうがっ。エクスカリバーまで持ち出してっ」

 隆二が声を荒げると、京介は小さく肩を竦めた。

「聞いただろ? マオちゃんから。俺は約束を破りにきたんだ」

「だからなんだよそれ」

「……少し長くなるけど、聞けよ」

「命令か」

 隆二の嫌そうな言い方に、京介は少し笑う。

「俺はね、隆二。約束を破りに来たんだ」

「だからなんの約束を」

「帰ってきてね」

 ループしはじめた会話に苛々した様子の隆二だったが、京介の言葉にぴたり、と口を閉じた。

「帰ってきてね。それが、俺が破ろうとする約束だよ」

「……おちょくってるんじゃ、ないよな?」

「本当だよ」

 隆二は何か、行き場のない感情を逃すように大きく息を吐き、

「……わかった。続けろ」

 かろうじてそれだけ言った。

「約束の相手はね、人間の女だ。惚れた相手だ。……笑っちゃうだろ?」

 惚れた人間の女に、帰ってきてねと約束させられる。どこかで聞いた話だ。

「笑えねぇよ」

 隆二の身に起きたことと、同じじゃないか。

「だよね」

「笑えるかよ。なんだよ、ソレ」

 苛立ったように片手で髪をかきあげる。

「何だよソレ、本当。ふざけんなよ、お前。なんで、そんな。……なんだそれ」

 額に軽く手をあてて、大きく隆二が息を吐く。気持ちを落ち着かせるかのように。

「まあ、そういう態度になるよね」

「当たり前だろうがっ」

 のんびりとした京介に、キレ気味に言葉を返す。

「なんで、なんでお前がそうなるんだよっ」

「そんなの俺が聞きたいよ」

 呆れちゃうよな、と肩をすくめる。

「お前にはあんなに、やめとけ無理だとか言ってたのにな」

「まったくだ」

「だから、謝らないとな、と思って。それについては。ごめん。当事者になってようやくわかった」

 京介は小さく、悲しそうに微笑んだ。

「そんなこと言われたって、無理だよな」

「……ああ、無理だよ」

 理性でわかっていても、感情がついていかない。それで解決したら世話はない。

 離れようと思って離れられたら苦労しない。

「気をつけようと、思っていたんだ。お前と茜ちゃんのこと、知ってたから。深入りしないように、ってずっと思ってた。思ってたのに、おかしいよなぁ」

 力なく笑うと、京介は再びブランコに腰掛けた。

「あいつさ、意味わかんないんだよ。出会い頭に、なんて言ったと思う?」

「知るか」

 そんな他人の馴れ初めなんて。

「私と恋仲になって。そして心中して」

 真顔で言い切られた言葉に、隆二はしばし沈黙し、

「……まあ、なんだ。お前もなかなかに面倒な恋愛してるな」

 かろうじてそれだけ言葉をひっぱりだしてきた。

「お前にだけは言われたくないよ」

 京介は呆れたように笑う。

「でも本当、意味わかんないだろ? 俺最初、こいつバカなんだろうな、って思ったし」

「そんな怪しいやつとかかわるなよ」

「だってあの時は疲れてたんだもん」

「もんじゃねーよ。唇とがらせるなよ、可愛くないから」

 心底嫌そうな隆二の顔に、京介は小さく笑う。

「ごめんごめん。でも、疲れていたんだ、あのとき」

 膝の上に頬杖をつく。

「隆二、お前はさ、必要最小限に人間とかかわって生きていってるだろ? 新幹線の乗り方もわかんないぐらい」

「流れでバカにするな」

「バカにしてないよ。ある意味尊敬してるんだよ。俺には出来ないから」

 京介は視線を隆二から外し、地面を見つめた。

「俺には出来ない。そういう生き方。一人は寂しいから」

 いつも飄々としている仲間の、こぼれ落ちた本音に隆二は何も言えない。

 寂しい。そんなことを、こいつが言うなんて。

「過度にかかわるつもりは勿論ないよ。だって、俺たちはもう人間じゃないから。だけど、まったくかかわらないっていうのも俺には出来なかった。だから、エミリちゃんにお願いして、適当な身分証作ってもらって、適当に人間社会で仕事したりしてたんだ」

「……料理人の真似事とかか」

 隆二の言葉に、京介は一度顔を上げて、

「意外。お前が覚えてるなんて」

 少し皮肉っぽく唇を歪めた。

 だから流れでバカにするな。

「その料理人の真似事が曲者だったんだよ」

 京介はまた視線を下に落とす。

「あれは結構楽しかったんだ。料理作るの、嫌いじゃないしな。正体がバレるとまずいから、そんなに一つのところに長居はできないけど、そこにはぎりぎりまで居たいと思ってたんだ」

 だけどさ、と淡々と京介は続ける。

「なんか料理長の奥さんが俺に惚れたとか惚れないとかで、それで料理長の反感買っちゃって、なんかよくわかんないまま辞めさせられることになっちゃってさ」

「なんだそれ。言いがかりだな」

「な? 俺もそう思うよ。これが他の仕事場だったら、もしかしたらごねて続けさせてもらってたかもしれない。理不尽だしな。だけど、さっきも言ったけど、そこは本当にすごく気に入っている職場で、仕事で、そこでそんな理不尽な理由が罷り通ることにどっと疲れてしまったんだ。好きな場所だったからこそ、水を差されたことが不快で、辛かったんだ。だから、あっさりと身を引いた」

 小さく溜息。

「今思うと、元々無理していた部分があったとは思うんだ。人間社会に入り込もうとすることに。それが、あれで一気に決壊したっていうか。疲れたんだ」

 疲れたのだ、と何度も告げる仲間を隆二は見下ろした。

 仲間内では一番、彼がまともだと思っている。あとの二人は偏食が過ぎるあまり、人間性にやや難があるし。だから、人間社会でやっていくのならば、彼が一番上手くやっていけるのだろうと。

 でもきっと、まともだからこそ、辛い部分があったのだろう。賢く立ち回って人間社会に溶け込める分、そんなこととっくの昔に諦めた自分とは違う苦労があったのだろう。溶け込めてしまう分、期待してしまうものも、きっとあったのだろう。

「住み込みの仕事だったしさ、住むとこもなくなっちゃって。でもなんか、新しい仕事を探す気にもなれなくて。まあ、しばらくいいかなって地下道に住み着いたりしてさ」

 京介はそこで一度言葉を切り、少し声のトーンを和らげる。

「……そこにあいつ、現れたんだ」

「心中さんがか?」

 揶揄するように尋ねると、

「そういう呼び方するなよ」

 睨まれた。

「すまん」

 からかったことは事実なので、素直に謝る。

「でもまあ、それでさっきの台詞言われたわけだけど」

「恋仲になって心中して?」

「そう。で、それを守ってくれるなら衣食住提供してくれるって。なんかさー、俺、そのとき本当疲れてて。とりあえずしばらく、ココの家に置いてもらって、頃合い見計らって逃げ出せばいいかなって思ってたわけ」

 当たり前のように言われた、ココという言葉。おそらく、その相手の女性の名前だろう。

「そう、思ってたんだけどなぁ」

 溜息とともに吐き出すように、ぼやく。

「心中したいとかいうのがさ、結構本気っぽくって。最初はそれが心配で、ずっと見てて。なんでだろうな。逃げ出せなくなってた、気づいたら」

 京介は顔をあげると苦笑する。

「お前なら、わかってくれるだろう?」

「ああ。残念ながら」

 肩をすくめると、同じように苦笑した。

「一回気にするともう駄目だよな。本気になったら駄目だって自分に言い聞かせて、感情に蓋をしていたつもりだった。言わなきゃいいだろって。だけど」

 京介はそこで言葉を切った。痛みに耐えるかのように瞳を閉じる。隆二は黙って次の言葉を待った。

 少しの間のあと、

「言わなかったから、あいつを追いつめた」

 目を開くと、吐きすてるように言った。

「ココは基本的に怖がりなんだ。幸せが怖い。幸せのあとに訪れる不幸が怖い。だから、一番幸せな時に死にたいとかって言う。だから、心中したいとか言う。それはわかっていたんだ。だから、安心させてやればよかったんだ。なのに、俺は助けを求めて差し出された手を、掴み損なった。怖くて」

 ぐっと爪を立てて手を握る。

「だって俺は、絶対に、あいつの願いを叶えてあげることが出来ない。一緒に死ぬなんてことが、出来ない。化け物だから」

 かすかに痛みに耐えるような顔をしている隆二の顔を見ると、京介は自嘲気味に笑う。

「なあ、隆二。俺はお前が羨ましいよ。なんで、言えたんだよ。茜ちゃんに、自分が化け物だって」

 わずかにだが棘のある言い方に隆二は口を開きかけた。反論しようと思って。

 俺だって、言えたのは最初の段階だったからだ。関係性を築き上げる前だったからだ。関係性が出来上がってしまっていたら、好きになってからだったら、きっと言えなかった。

 でも、結局言葉を飲み込んだ。そんな反論をしたところで意味がない。京介だってそれぐらい、わかっているだろう。タイミングの問題だということぐらい。

「俺は言えないよ。言えなかった。ココに好きだと告げることは、同時に心中のお願いを叶えてあげられないことを、明確にする必要があった。だから言えなかった。怖かったんだ。ココに化け物だと知られることが」

 かすかに京介の手が震える。

「あの時はたまたま、ココが仕事とか他の人間関係とかで悪いことが重なって落ち込んでいる時で、あいつはただ俺に、俺が居るってこと言って欲しかっただけなのに。安心させて欲しかっただけなのに。俺は上手く出来なかった。俺が人間だったら、もっと簡単だったのに。あのとき、俺は好きだよ、って言えばよかったのに。人間じゃなかったから言えなかった」

 そこで京介は一度大きく息を吐いた。滞った感情を外に出すように。

「俺が手を掴み損なったから、あいつ、手首切るし」

「ちょっ」

 黙って聞いていた隆二は、さらりと言われた言葉に軽く声をあげる。

「いや、大丈夫だったんだけど。そんなに深くもなかったし」

「そうか」

「だけどさ、そういう問題じゃ、ないじゃん? 自分の血は見慣れてるし、いくら流れても平気だけど、他人の血は無理だよ。だって、下手したら死んじゃうんだぞ」

「……人間だからな」

「そうなんだよ、ココは人間なんだよ。……なんか、それ見てたら俺、もう無理だなって思ったんだ」

 泣きそうな顔をする京介なんて見たくなかった。だから本当は視線を逸らしたかった。でもきっと、ここは逃げちゃいけない場面だ。同じ化け物として。そう思ったから、隆二は京介から目を逸らさなかった。

「これ以上、俺がここにいても、いいことなんてないって。そう思ったんだ。だってさ、俺ってば、ココが手切ってるの見たらテンパって好きだとか言っちゃうしさ」

「だから、離れることを決意した?」

「そう。ココは恐がりだから、俺がココのことを嫌いになる時がきたらどうしようって、そんなこと心配するんだよ。それで、結局心中したいってことになるわけで。俺が、ココの傍にいる限り、ココはずっと心中したいと願うんだろうな、そう思ったら、もう一緒に居られないと思った」

 だって、と少し上擦った声で続ける。

「俺はココに生きていて欲しいんだよ。だって、ココの人生なんて、たった八十年とかそこらだろ? それぐらい、ちゃんとまっとうして欲しいんだよ。だってこれからまだまだ、幸せなことだってきっとあるはずなのに。死んだらもうなんにもないんだ。耐えられないと思ったんだ。ココにまで、置いていかれることっ」

「……ああ」

 京介の言葉に、隆二はゆっくり頷いた。

 耐えられないと、かつて自分も思った。した女性が自分を置いて居なくなること。亡くなること。耐えられないと思ったから、あの時自分は逃げ出した。

「俺、ココと約束したんだ。帰ってきたら心中しようって。世話になった人に会いに行ってくるけど、必ず帰って来るから。そしたら一緒に死のうって。そう、約束したんだ」

「……それがお前の約束か」

 自分の時よりもよっぽどややっこしいじゃないか。

 隆二は嘆息した。

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