あなたが幼馴染の為にしてあげられることは、手を握って励ますだけですか? そんなこと三歳児でも出来ますが?
――本文――
「すまない、アネット。
フリーダがまた熱を出して……。
だから今日の観劇は……」
ルパート様は、顔の前で手を合わせ申し訳なさそうな顔をした。
これで何度目かしら?
「観劇は……」で止めて、最後まで言い切らないのも、わざとらしい仕草と表情も、妙に腹が立ちます。
婚約者のルパート様は、リンゼ伯爵家の次男。
黒い髪に紫の目の線の細い美少年。
彼と歩くと、誰もが振り返ります。
対して私は、茶色の髪に黒い目のごくごく平凡な容姿。
ヒルフス伯爵家の一人娘で婿養子を取る立場。
なので、本来ならこのような理由でデートをキャンセルするなど許されない行為です。
「そうですか、では仕方ありませんね」
私がそう言うと、ルパート様は嬉しそうな顔をしました。
私は彼を許した訳ではありません。
きっとルパート様はフリーダ様のことが心配で、観劇に集中できないでしょう。
気がそぞろの人と観るより、一人で観たほうがましだと思っただけです。
「恩に着るよ!
フリーダは、病弱な上に継母と腹違いの姉に虐待され、使用人に愛人の子だと蔑まれ、頼れるのは僕しかいないんだ!」
その話は前にも聞きました。
フリーダ様の人生は、不幸の詰め合わせみたいですね。
「その上、実の母親が残した借金まで……!
フリーダはなんて可哀想なんだ……!」
フリーダ様はレルム男爵の愛人の子。
彼女の母親が亡くなり、男爵家に引き取られたそうです。
レルム男爵家のタウンハウスは、ルパート様の家のお隣。
二人は幼少期によく一緒に遊んだ仲だそうです。
「ルパート様は、お見舞いに行くだけなのですか?」
「手ぶらでいくわけ無いだろう!
花とお菓子を買っていく!」
我が家に来るときは手ぶらで来るのに、随分と気前がいいですね。
「そういうお話ではありません。
ルパート様は、フリーダ様を励ますだけなのですか?」
「僕はそんな薄情ではない!
言葉だけでなく、しっかりと手を握って彼女の目を見てだな……」
そんなことは聞いていませんわ。
「それだけですか?」
「ぼ、僕たちの不貞を疑っているのか!?
手を握る以上のことはしてない!」
ルパート様は真っ赤になって否定しました。
浮気については白だと思ってよさそうですね。
少なくとも肉体的な意味では……。
婚約者より幼馴染を何度も優先した時点で、精神的な意味では浮気です。
それは今はおいておきましょう。
「そうではなく、治療の面についてお伺いしています」
「治療?」
「はい。
フリーダ様は男爵家で虐げられているのですよね?
そのような状態では、お医者様に診てもらっているかも怪しいです。
フリーダ様はなんとおっしゃっているのですか?」
「え……?
どうだったかな……」
ルパートは視線を逸らし、頬をポリポリとかきました。
「虐待もされている病弱な幼馴染が、何度も体調を崩しているのに、お医者様に診てもらったか確認したことがないんですか?」
「いや……人様の家の事情に踏み込んだら悪いし……」
私なら一番に確認しますわ。
「虐待が原因で病気になったかもしれないんですよ!?
万が一ご家族に毒を盛られていたらどうするのですか?
ルパート様がしないなら、私がお医者様の手配をします!
虐待が確認できた場合、弁護士も……」
「うるさい! うるさい! うるさーーい!!」
ルパート様が眉間にしわを寄せ叫びました。
「君のそういうところが嫌いなんだ!
人様のプライベートに踏み込んで、訳知り顔でお節介をやく!
迷惑なんだよ!」
虐待されている方が、度々体調を崩しているのです。
役所に相談したり、医者や弁護士を手配するのは普通だと思いますが。
むしろ、ルパート様はなぜそこに気が付かないのかしら?
「フリーダは病弱で、僕は幼馴染として心配している!
それ以上でも、それ以下でもない!
この話はもうおしまいだ!」
ルパート様はプリプリと怒りながら帰っていきました。
劇場の前に、私は一人取り残されました。
ルパート様が騒いだせいで、周りから好奇の目で見られています。
それはそれとして。
「あの方は駄目だわ……」
ルパート様には、問題を解決する気概がありません。
彼は「可哀想な幼馴染を心配する優しい自分」という状況に酔いしれています。
手を差し伸べる方法はいくらでもあるのに、それをしようとしない。
「帰ったら、お父様に婚約解消を相談しましょう」
ルパート様が婿入りしたら……。
我が家に危機が訪れても「大変そうだね」と言って、ソファーでくつろぎながら紅茶を飲んでいるような気がします。
そんな頼りにならない婿はいりません。
◆
私はルパート様のことを両親に相談し、彼との婚約を解消しました。
「ルパート様が複数回にわたり幼馴染を優先した」という事実があるので、婚約の解消はスムーズに進みました。
ルパート様の両親に、フリーダ様の事を話すと彼らは目をパチクリとさせていました。
「フリーダ様が虐待されているなら、役所に相談した方が良いと思うんです。
お気の毒な境遇なようですし、なんでしたら私の方で弁護士や医者の手配をいたしますわ。
実母の残した借金についても、弁護士に相談すれば放棄出来るかもしれません」
「確かにフリーダ嬢はレルム男爵の愛人の子だ。
しかし、虐待されているという話は聞いたことがない。
男爵夫人は彼女に愛情を注ぎ、腹違いの姉もフリーダ嬢を実の妹のように可愛がっている。
フリーダ嬢の実母が、借金を残したという話も聞いたことがないよ」
ルパート様のご両親の話が本当なら、フリーダ様は随分とわかりやすい嘘をついたようですね。
とはいえ、虐待なんてものは外側から見てもわからないもの。
フリーダ様の病気についても気がかりですし、少しこちらで調べてみましょう。
これはただの好奇心。
お金持ちの暇つぶしですわ。
暇つぶしで人を救えるのなら、悪くありません。
◆
調べた結果、フリーダ様は真っ黒でした。
虐待も、病気も、実母の借金も全部嘘。
そもそも本当に虐待されていたら、フリーダ様が仮病を使う度に、使用人がルパート様を呼びにくるはずがないのです。
暗く狭い部屋で、誰にも看取られることなく亡くなっていたでしょう。
レルム男爵家の方々が気の毒ですわ。
男爵は、愛人の娘を引き取り大切に育てていました。
男爵夫人は、フリーダ様にも実の娘と同じように愛情を注いでいました。
フリーダ様の腹違いのお姉様は、フリーダ様を実の妹のようにかわいがっていました。
彼らを悪者に仕立て、悲劇のヒロインを演じていたなんて……。
フリーダ様は最低だわ。
そこまでして、ルパート様の関心を引きたかったのかしら?
ルパート様にリボンをつけてプレゼントしてあげますので、どうぞお二人で末永く幸せに暮らしてくださいませ。
◆
「アネット! 許してくれ!
僕はフリーダに騙されただけなんだ!
愛しているのは君だけだ!」
ある日、ルパート様が我が家に押しかけてきました。
フリーダ様の嘘を知ったレルム男爵は、フリーダ様を修道院に入れたそうです。
男爵は「私はともかく、妻と娘を悪人に仕立てたのは許せない!」と怒っていたそうです。
ルパート様は次男なので継げる家はありません。
リンゼ伯爵も彼のお兄様も、今回のことでルパート様を見限ったようです。
「元婚約者殿は大分粘っていたようだね。
彼に会わなくて良かったの?」
ルパート様は、使用人に取り押さえられても往生際悪く私の名前を叫んでいました。
我が家の護衛に羽交い締めにされて、つまみ出されました。
やっと静かになりましたわ。
「ルパート様が私に縋るのは、私を愛しているからではありません。
大切な婿入り先を失ったからです」
いわば私は、ルパート様にとっての金づる。
同情する気にはなれません。
どこから聞きつけたのか、わざわざお見合いの日に会いに来るなんて……。
お見合いの席を、バルコニーにしたのは失敗でした。
「冷たい女だとお思いですか?」
「いいや。
君は伯爵家の一人娘だ。
婿養子を取る立場なら、そのくらい冷徹な方がいいと思うよ」
お見合いの相手はフォンゼル侯爵家の次男のクラウス様。
文武両道で容姿端麗。
金色の髪に翡翠色の瞳の長身の美男子。
学園在学中に剣術大会で優勝した経験があり、学園を首席で卒業しています。
首席で文官試験に合格し、宰相の補佐としてエリート街道を爆進中の方です。
「フォンゼル侯爵令息も物好きですね」
いかなる理由があろうと、婚約を解消して傷がつくのは女の方です。
婿養子を取る身でもそれは変わりません。
「あなたほど優秀なら、相手に困らないと思いますが……?」
婿入り先に困っている次男、三男は沢山いますが、この年になると優良物件は限られてきます。
お父様は、釣書の中にフォンゼル侯爵家の次男がいるのを見つけ、大急ぎでお見合いのセッティングをしたのです。
彼はなぜ、私とお見合いしようと思ったのかしら?
「君がいいんだ」
「どうして?」
「昔、君のお節介に助けられたから」
「はい?」
こんなイケメンを助けたら、覚えていそうなものだけど……。
「覚えてない?」
「申し訳ありませんが……」
「では、ヒント。
今から十二年前の教会」
十二年前、私が六歳の時。
…………駄目だわ。
全然思い出せません。
「すみません。
記憶にございません」
「はは、君は正直だね。
君にとっては、なんてことない日常のひとコマだったんだろうね」
フォンゼル侯爵令息は、寂しそうに目を細めました。
「その頃の僕は背が低くて、気が弱くて、泣き虫だった」
フォンゼル侯爵令息は、学生時代剣術大会で優勝しただけあって、文官でありながら筋肉質な体型をしています。
幼少期の彼が華奢な美少年だったなんて、想像がつきません。
「教会に礼拝に行ったとき、父と兄とはぐれてしまって……。
迷い込んだ裏庭で、年上の貴族に絡まれてしまってね」
「それは災難でしたね」
んん? ぼんやりと思い出したような……?
でも、あの時助けたのは女の子……?
「女顔だとからかわれて、女の子のショールを被せられて、女物のコートまで着せられて……。
泣いてるところを一人の少女に助けられたんだ」
「あのときの……!?」
金髪碧眼の美少女!?
「思い出してくれたんだね!
嬉しいよ!」
フォンゼル侯爵令息が破顔した。
「君は司祭様を連れてきて、『女の子が虐められてます! 助けてください!』って叫んだんだ!」
そんなことを言った気がします。
「僕を虐めていた奴らは真っ青な顔で逃げ出したよ。
君は泣いている僕にハンカチを差し出して『大丈夫』と言って慰めてくれた」
金色の髪に翡翠色の瞳の、お人形のような女の子を助けたことがあります!
まさか、彼女……いえ彼がフォンゼル侯爵令息だったなんて……!
「……私って、子供の頃からお節介だったんですね」
お節介というか、無鉄砲というか。
いじめっ子が上位貴族の子息だったら、面倒なことになっていました。
「でも、そのお陰で僕は助かった」
彼は嬉しそうに頬を緩めました。
「その時の女の子をずっと探してたんだ。
手がかりはハンカチのイニシャルと髪と瞳の色だけ」
フォンゼル侯爵令息は、上着のポケットから古びたハンカチを取り出しました。
ハンカチの縁には「A・H」のイニシャルが刺繍されていました。
「よくそれで探し出せましたね」
「A・H」のイニシャルで、茶髪で黒目の貴族令嬢は大勢いたはず。
「必死だったから。
でも、ようやく探し出した時には、君は別の人と婚約していた」
私がルパート様と婚約したのは、八歳のときです。
フォンゼル侯爵令息は、私のことを十二年も探していたのですね。
「それで、今日はその時のお礼を言いにきたんですか?」
十二年も恩を忘れないなんて、奇特な人だわ。
フォンゼル侯爵家と縁が結べると思っていたお父様は、泣いて悲しむでしょうね。
「お礼を言うだけなら、釣書を送ったりしないよ」
彼は椅子から立ち上がると、跪き私の手を手を取りました。
「十二年前から君が好きでした。
僕と結婚してください」
彼の翡翠色の瞳に見つめられ、私の心臓がとくん……と音を立てました。
「傷物の私でよろしければ、まずはお付き合いから始めましょう」
「僕にはその言葉だけで充分です」
フォンゼル侯爵令息は、ふわりと微笑んだ。
◆
それは、お節介が結んだ縁でした。
でも、出会い方は関係ありません。
私はフォンゼル侯爵令息とのお付き合いを通して、彼の人となりを知って、パートナーとして信頼できると思ったから結婚したのです。
もちろん、信頼だけでなく愛もあります。
貴族の結婚は、愛だけでは成り立ちません。
でも、愛がなくては物悲しいですから。
信頼と愛、両方があって初めて成り立つのです。
――終わり――
最後まで読んで下さりありがとうございます。
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◆◇◆ 【お知らせ】 ◆◇◆
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