それでも人に優しくあれ
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運命は偶然よりも必然である。「運命は性格の中にある」と云う言葉は決して等閑に生まれたものではない。 芥川龍之介 「侏儒の言葉」
今まで出会った全ての人々へ捧ぐ
○1
いとこがかつて住んでいた部屋
本棚に何冊か小説や漫画が置かれている。手塚治虫、村上龍、小野不由美、いしいしんじ
その部屋に制服を着た美咲が入ってくる
何の絵も飾られていない額縁が目に入り、ため息をつく美咲
本棚へ向かい、どれか迷った後、手塚治虫の「ブラック・ジャック」を手に取る。
適当にぱらぱら見るとそこに挟まっている物を見つける
「科学館」と書かれた半券を手に取る
美咲「科学館か……行ってみようかな」
そのまま部屋を飛び出す美咲
○2
科学館の前の道を歩く美咲
夏の日差しがきつい
缶ジュースを買う
科学館の前にたどり着くと、そこには「月曜は休館日です」(あるいは「改装のため閉館します」との看板)
美咲(しまった……月曜休みだった……)あるいは(しまった・・・・・・もうやってないんだ・・・・・・)
科学館前に広がる公園の風景
ベンチがあったのでそこに座り、缶ジュースを飲みきる
そこに通りかかるみすぼらしい格好の村上
村上「それ」
美咲「え?」
村上「それ空っぽか? 俺にくれないか? ホームレスなりたてでさ。とりあえず空き缶を集めてみようと思って」
美咲「あ、ああ……どうぞ」
村上「ありがとう。……君は学校は?」
美咲「へ?」
村上「学校。高校生か中学生か知らないけど。サボり?」
美咲「まあそんなとこ。科学館に行きたかったけど休みだったんだ……」
村上「ああ、月曜は基本的に科学館は休みだ。月曜が祝日なら火曜が休み。あと第3金曜日も休みだ」あるいは「ああ、9月から来年の3月まで休館するんだよ。新館が出来上がるからね」
美咲「詳しいんですね」
村上「まあね。昔はよく行ったんだ。俺はホームレスになったけど以前はあの子とよく行ってたんだ」
美咲「あの子?」
村上「待ち人みたいなもんだ。ブラック・ジャックのピノコみたいにかわいい子だった。君、暇か? どうせサボりだったら暇でしょう? ちょっと俺の話を聞いてくれないか?」
美咲(悪そうな人ではなさそうだ……。このまま家に帰るくらいなら、ホームレスの話を聞いた方がよっぽど良い)
美咲「いいよ」
村上「おっ、聞いてくれるか。ありがとう。これは俺の人生のお話だ。そうだ、真実ばかりではつまらないから嘘を混ぜるよ。いや正しくはみんなの名前を伏せたいから、テレビみたいに仮名を使わせてもらうだけなんだけどね。嘘をついてはいけないって子供の頃聞かされるけど、世の中には優しい嘘も存在するんだ。じゃあ聞いてほしい。俺が何故こうなったのかを」
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○3
和室中心の小さな家
そこにおばあちゃんが一人だけ住んでいる
村上「俺の名前は村上っていうんだ。俺は子供の頃からおばあちゃん子だったんだ。『ふゆみおばあちゃん』と呼ぶ度に喜んでいた。よく一緒に遊んだり、ただおばあちゃんの家でぼけーっとしていたこともよくあった。おばあちゃんはよくこんなことを言ってた。『人生には何も無駄なことがない。全てが繋がっている。だから人には優しくしなさい。その優しさがきっと自分に返ってくるから』と」
おばあちゃんがいなくなった部屋が映し出される
村上「おばあちゃんは六歳の時に亡くなったが、その言葉を強く胸に入れ、自分の目標になったんだ。人に優しくあれ、ということがね」
様々な風景のフラッシュバック
村上「たぶん人に優しくする才能が自分にはあったんだと思う。みんなに優しくすると、みんなが優しくしてくれる。そのことに気づいてからはもっと優しくするようになった。俺はいつもその人の為に最大限に優しくしたんだ」
○4
公園に戻る
ベンチに座っている村上と美咲
そこからベンチの前に視点が移り、そこに村上と手塚がいる
手塚「久しぶりだな、村上。中学以来か? 俺のこと覚えてるか?」
村上「ああ、覚えてるよ。手塚だろ? 昔はよく遊んだよな」
手塚「そうだな」
村上「で、何だい、用って」
手塚「いやなあ……正直、こんな話をするのは酷なんだが……俺のいとこが、ちょっと病気でな……。まだ赤ちゃんなんだけど、心臓に凄く負荷のかかる病気で……本当、何万人に一人って病気でさ。心臓移植が必要なんだよ……」
村上「そうなのか……」
手塚「村上、ほら……」
手塚がポケットから赤ちゃんの写真を取り出す
手塚「こんなにかわいい子が、もうあと何年も生きられないなんておかしいだろう? どうしてこんなに良い子が……」
村上「手塚……俺に何か出来ることないか?」
手塚「村上……。すまないけど……お金を貸してほしいんだ。手術にはかなりのお金がいるんだ。少しでも良いからさ。本当ごめん……だけど、頼むよ……」
村上「分かった。今、そんなに持ってないけど渡すよ。じゃあみんなにも掛け合ってみるよ。そうだ、情報を友達に広げてみるよ。お金をみんなからも集められるように」
手塚「村上……本当すまない……もしよかったらお金は俺の元へくれないか?」
村上「分かった。元気出せよ、手塚」
手塚の肩を優しく叩く村上
村上「本当に、赤ちゃんはかわいい子だった。俺は母親に黙って、貯金のほとんどを降ろした。そして旧友にかけあってお金を集めて、かなりの額を手塚の通帳に振り込んだ。その後何日かしてちゃんとお金が届いたか知りたくなって電話をかけたんだ」
村上が携帯で電話をかける
だが繋がらない
最終的には「この番号は現在使われておりません」と聞こえる
村上「その代わり、他の友達から電話がかかってきたんだ」
着信音が鳴る
携帯に出る村上
村上「もしもし、石井どうしたんだ?」
石井「村上、今日の朝刊見ろ! お前、よくも騙したな!」
村上「何の事?」
唐突に切れる電話
朝刊を引っ張り出す
村上「そこには詐欺の容疑で手塚が捕まったとはっきり出ていた」
○5
公園に戻る
美咲「それ、本当なんですか?」
村上「ああ本当だ。これは嘘じゃない。地方紙に載ってたくらいだからな。その後石井は友人に俺が詐欺の手助けをしたことを電話やメールで話した。その噂がどんどん広まり、家に脅迫状が届くまでになった」
美咲「そこまで……」
村上「裏切られた人ってのはやっぱり恨みが強いんだよ。俺はこの家にはいられないと思ってね。出て行くことにしたよ。だからこうやってホームレスをやっているわけさ」
美咲「なんか、優しくすることが良いことなのか分からなくなる……」
村上「どうなんだろうね、本当は。ちゃんと優しさが返ってくるといいけどね……。さっ、次は君の番だよ」
美咲「え?」
村上「俺はどうしてホームレスになったのか話した。次はどうして君が学校をサボって月曜休みの科学館へ行こうとしたのか。話してよ」
美咲(話してもいいよね、どうせ二度と会うこともないし)
美咲「私がここに来たのは、いとこを思い出したからなの」
村上「いとこ?」
美咲「優しくすることが良いことなのか、ってさっき話したけど、私に優しくしてくれたのはいとこの健一くんだけだった」
○6
美咲の自宅
朝七時
制服のままリビングに行くと、冷凍食品で作られたご飯と1000円2枚と置き手紙
置き手紙に「今日の昼ご飯と夜ご飯はこれで買ってきて 母より」とある
電子レンジで朝ご飯をチンする
テーブルについて食べようとしたとき、突然箸を投げ飛ばす
テーブルを何度も何度も叩いて、力尽き、机に突っ伏してしまう
美咲「私の父は物心ついたときにはいなくて、母はいつも仕事で会えなくて。最近あまりにも姿を見ないから家族というよりも一緒に住んでいるおばさんってイメージになってくるくらい、家族の縁がなかった。だけど小さい頃、優しくしてくれたお兄ちゃんのような存在のいとこがいた。それが健一くん。東京へ行ったとおばさんから聞かされたあとも、忙しくて連絡が無いことを聞いても、それでもいとこのことだけは鮮明に覚えているんです」
朝八時
突っ伏していたままの美咲がぼんやりと起きる
そのままカバンを持って外へ出る
歩いて、いとこの家へ
合い鍵で入る
○1と同じシーン
いとこがかつて住んでいた部屋
本棚に何冊か小説や漫画が置かれている。手塚治虫、村上龍、小野不由美、いしいしんじ
その部屋に制服を着た美咲が入ってくる
美咲「いとこは本が好きみたいで、私の本の趣味が結構一致してて。よくいとこが残した本を読んでいたんです。だけどいとこの部屋にあった小さいときに私が描いた絵だけは、無くなってた」
何の絵も飾られていない額縁が目に入り、ため息をつく美咲
美咲「そして、今日は漫画でも読もうと思って、手に取ったとき」
本棚へ向かい、どれか迷った後、手塚治虫の「ブラック・ジャック」を手に取る。
適当にぱらぱら見るとそこに挟まっている物を見つける
「科学館」と書かれた半券を手に取る
美咲「科学館の昔の半券が挟まれていて。サボるくらいなら行ってみようと思って。昔よく健一くんと科学館に遊びに行ってて。本当に毎日のように遊びに行ってたんだけど、健一くんが東京へ行ってからぱったりと行かなくなって……。だから久しぶりにここへ来たんです」
そのまま部屋を飛び出す美咲
○6
公園に戻る
美咲「本当に強く印象に残っているくらい、優しかった。頼りがいのある人だった。だけど今が辛いから、過去を美化して逃げているのかなあとも思うんです」
村上「本当に優しかったんだと思うよ。俺は。そんなに強く印象に残るんだから。それにきっと、君も優しいんだ。普通の人はそんな風に過去を美化しているかもしれないって気づかないからね」
美咲「うん……」
村上「そういえば君の名前は何だったっけ?」
美咲「えっと……浜田美咲です」
村上「浜田美咲……?」
美咲「美しく咲くって書いて『美咲』」
村上「良い名前だな。さあて、そろそろ行くかな。ホームレスも動かないと稼ぎにはならないからね。今日は月曜日だから、ゴミ箱あさって少年ジャンプを転売でもするよ。俺の話に付き合ってくれてありがとう。じゃあな美咲ちゃん」
村上が立ち去っていくのをぼーっと眺める美咲
美咲(私も帰ろうかな……いや、もう一回いとこの家に行って、何か読もうっと)
立ち去った村上からの視点
振り返ると美咲が走っていく
村上が携帯電話をポケットから取りだして電話をかける
○7
いとこの部屋に戻る美咲
足下には科学館の半券とブラック・ジャック
美咲(変な一日だったな……あの話、本当か嘘か分かんないや)
手元のブラック・ジャックに半券を入れて、本棚に入れようとする。
手塚治虫コーナーの隣に、なんとなく見ていると「村上龍」の文字
美咲(そういえばあのホームレスも村上って名字だったな……)
ひらめきの効果音がなる
回想シーンと共に、本棚が同時に写る
村上「俺の名前は村上っていうんだ」
村上龍の小説
村上「俺は子供の頃からおばあちゃん子だったんだ。『ふゆみおばあちゃん』と呼ぶ度に喜んでいた」
小野不由美の小説
手塚「久しぶりだな、村上。中学以来か? 俺たちのこと覚えてるか?」
村上「ああ、覚えてるよ。手塚だろ? 昔はよく遊んだよな」
手塚治虫の漫画
村上「その代わり、他の友達から電話がかかってきたんだ」
着信音が鳴る
携帯に出る村上
村上「もしもし、石井どうしたんだ?」
いしいしんじの小説
村上「これは俺の人生のお話だ。そうだ、真実ばかりではつまらないから嘘を混ぜるよ。いや正しくはみんなの名前を伏せたいから、テレビみたいに仮名を使わせてもらうだけなんだけどね」
村上「まあね。昔はよく行ったんだ。俺はホームレスになったけど以前はあの子とよく行ってたんだ」
美咲「あの子?」
村上「待ち人みたいなもんだ。ブラック・ジャックのピノコみたいにかわいい子だった」
手元に持っている本を開く
ブラック・ジャックとピノコの絵
そして科学館の半券
ブラック・ジャックの漫画が床に落ちる
そのまま部屋から飛び出していく美咲
○8
科学館の前の公園に走っていく美咲
ベンチには村上が座っていた
村上「どうしたんだ、美咲ちゃん」
美咲「あなたは知ってるんですね、健一くんのことを。私の……いとこのことを」
村上「いとこ? 俺は健一くんじゃなくて村上だよ? 美咲ちゃん」
美咲「そうです。あなたは健一くんじゃない。いとこは私のことを『美咲』って呼び捨てで呼んでた。だけどあなたは『ちゃん付け』をしている。けれどあなたは知ってるはずだ。じゃないと全てが繋がらない」
村上はしばらく見た後、鼻で笑い出す
村上「美咲ちゃん。すごいね。やっぱり健一のことが大好きなんだね」
美咲「あなたは誰なんですか? 村上という名前も嘘でしょう?」
村上「まあややこしくなるから本名は言わないでおこう。俺は村上でも、ましてや健一でもない。俺が話した人生の中で出てきたキャラクターで言えば『手塚』だ。赤ちゃんが病気だって嘘をついた手塚さ」
手塚のフラッシュバック
だが手塚ではなく村上がその場にいる場面に変化する
村上「俺は金がほしくて騙したんだ。君のいとこをね。見事うまくいったけど、結局は警察のお世話になった」
それまで村上だったものが、健一に変わる
健一が家を出て行き、ホームレスになる
村上「あいつが凄いところは並の人では考えられない位優しい事だ。あいつは周りから攻められても誰にも何も言わずに家を飛び出して、この公園でホームレス同然のようなことをしていた。それなのに毎日のように刑務所に手紙と送りものが添えられていた。あいつは騙した奴のことすら優しくしたんだよ。
手紙になんて書いてあったと思う? 『病気の子供がいなくて本当によかった』って。その手紙を見たとき、何故か涙が出てきた。俺は気づいたんだ。優しい人が騙されることは何も悪くない。醜い人が優しい人を騙す事の方が一番悪いんだって。
ここで話すこともないな。案内してやるよ。その前にちょっと話を聞いてくれ。歩きながらで良いから」
○9
公園の外を二人が歩く
村上「あいつはホームレスになってから図書館で本を読みあさったらしい。『ホームレスは金がなくても時間がある。それを有効活用してやる』って手紙に書いてあった。しばらくしてホームレスの支援センターに入居して、アルバイトも始めた。その後も本を読み続けた。君は本を読むよな。じゃあ『舞城王太郎』って小説家は知ってるか?」
美咲「はい、確か数年前の芥川賞候補になったっていう覆面作家……」
息をのむ美咲
村上「そうだ。あいつは覆面作家をやってる。あいつは友人からも家族からも姿を見せず、世間にも姿を見せず、小説家として大成したんだ。今、俺は改心してマネージャーをやってる。たぶん小説家の本当の姿を知っているのは、俺と編集者と君くらいだろうな」
歩いて行くと家にたどり着く
大きな事務所のような家に
階段を上がっていく二人
扉がある
村上「あいつは君が来ることは知ってる。連絡済みだからな。あいつ泣いてたよ」
○6の最後
村上が携帯電話で話しているシーンの回想
村上「さあ、自分で開けてくれ」
扉を開け、部屋の中に入っていく
パソコンに向かって小説を書き続ける健一
ある程度書くと動きが止まる
その時、壁に掛けられた美咲が小さいときに描いた絵を見つけ、手で口を押さえ、涙する美咲
振り返る健一
健一「やっと会えたね。美咲は本当に元気のある子で、とても良い子で、まるでブラック・ジャックのピノコみたいな子だった」
その場に崩れる美咲
健一「君が俺にくれた優しさは巡り巡って君に返ってきた。俺は人を信頼したり、優しくすることが本当に良いことなのか正直言うと疑った時期もあった。でも今ならこう思えるんだ」
健一「それでも人に優しくあれ、とね」
エンドロール 出演者・スタッフ・表示
○10
健一の言葉と同時に、段々シーンが巻き戻されていく。健一と出会い、村上が手紙を読み、健一がホームレスになり、部屋で真実を見つけ、自宅で箸を飛ばし、泣き、ホームレスに出会い、健一の部屋で科学館の半券を見つける
健一「人生には何も無駄なことがない。全てが繋がっている。だから人には優しくしなさい。その優しさがきっと自分に返ってくるから」
テロップ表示
運命は偶然よりも必然である。「運命は性格の中にある」と云う言葉は決して等閑に生まれたものではない。 芥川龍之介 「侏儒の言葉」
今まで出会った全ての人々へ捧ぐ
「それでも人に優しくあれ」 終