第九話 決戦
重大な間違いがあったので修整しました。豚がザイロン達を作りました
ヨーロピアンの大気圏を抜けると、宇宙の黒が戻ってきた。
直人は窓の外を見ながら、まだフィオナの言葉を反芻していた。豚が、地球を狙っている。
「ザイロン」
「なんだ」
「今から行く星、知ってるの?」
ザイロンは計器盤に手を伸ばしながら、短く答えた。「昔、いたことがある」
「どんな星?」
少し間があった。
「人間とロボットが一緒に生きている星だ。ヤマトやヨーロピアンの祖先が暮らしていた場所でもある」
博士が手帳から目を上げた。「ということは、お前が人間を連れてきた星か」
ザイロンは何も言わなかった。それが答えだった。
直人は窓の外に目を向けた。星が流れていく。ザイロンが人間を連れてきた星。そこに今、豚と戦う部隊がいる。
「ザイロン、その星に着いたら……また昔みたいな気持ちになる?」
「昔みたいな、とは」
「人間の文化とか、暮らしとか、見て何か感じる、みたいな」
ザイロンはしばらく黙った。操縦桿を握ったまま、窓の外を見ていた。
「……さあな」
それだけだった。
博士が鼻を鳴らした。「ぐずぐず言っとらんで、さっさとワープしろ」
「言われるまでもない」
エンジンが唸った。視界が白く染まった。
*
最初に見えたのは、艦隊だった。
大小さまざまな船が、星の周囲に整然と並んでいる。戦闘用の武装を施した船、輸送らしき大型船、偵察用と思われる小型機。その数、ざっと見ただけで百を超える。
「すごい……」と直人は呟いた。
「儂もここまでとは思わなかった」博士が腕を組んだ。「本気だな」
パロディアンに通信が入った。無骨な声だった。
「そのボロ船、所属と目的を述べよ。五秒以内に答えなければ撃墜する」
「ザイロン、どうする」と直人が聞いた。
ザイロンは通信機に手を伸ばし、短く答えた。「地球からの来訪者だ。豚と戦いに来た」
少しの沈黙があった。
「……着陸を許可する。指定座標に向かえ」
*
星の表面は、直人が想像していたよりずっと賑やかだった。
高層建築と緑が混在し、空にはロボットと人間が入り混じって飛び交っている。街のあちこちに兵站基地が設けられ、武器や物資が次々と運び込まれていた。戦争の準備をしているはずなのに、人々の顔に恐怖はない。静かな、しかし確固たる意志のようなものが漂っていた。
着陸地点に降りると、一人の男が待っていた。
筋骨逞しい。直人の3倍はあろうかという体格で、日に焼けた肌に深い皺が刻まれている。しかしその目は鋭く、頭の中で何かを素早く計算しているような光があった。
「ロベルトだ」男は低い声で言った。「よく来た」
博士が一歩前に出た。「儂は博士と呼ばれておる。こちらは直人、そしてザイロンだ」
ロベルトの目がザイロンで止まった。しばらく無言で見つめ、それからゆっくりと口を開いた。
「古い型だな」
「ああ」ザイロンが答えた。
「生き残りか」
「そうだ」
ロベルトは少し目を細め、それから直人に視線を移した。「子どもも連れてきたのか」
「問題あるか」ザイロンが静かに言った。
ロベルトは直人をじっと見た。直人は思わず背筋を伸ばした。
「……ない」ロベルトはそれだけ言って、踵を返した。「ついてこい。作戦会議を始める」
*
司令室は広かった。
星図が壁一面に広がり、豚の艦隊の推定位置が赤い点で示されている。テーブルを囲むように、人間とロボットが肩を並べて立っていた。
ロベルトが星図の前に立った。「現状を説明する。豚の残党艦隊、総数およそ二百。現在この星系の外縁部に集結しつつある。目的地は地球だが、まずここを叩いてくるのは間違いない。我々の戦力はおよそ百五十。数では劣る」
室内に緊張が走った。
「だが」ロベルトは続けた。「負けるつもりはない」
直人は星図を見つめた。赤い点が、じわじわとこちらに迫っている。頭の中で、以前の光景が蘇った。あの黒い船、豚の紋章、砲弾がパロディアンをかすめた感触。
「あの……」
直人は手を挙げた。室内の視線が一斉に集まる。直人は少怯んだが、続けた。
「僕、豚の艦隊に遭遇したことがあります。黄金の星で」
ロベルトの目が鋭くなった。「詳しく話せ」
直人は息を整えた。あの時のことを、順番に話した。船体の大きさ、砲台の数と位置、小型機の動き方、包囲の展開速度。ザイロンが補足を入れ、博士が手帳にメモを走らせる。
室内が静まり返っていた。
ロベルトはしばらく黙って聞いていた。それから傍らのロボット参謀に目を向けた。「小型機の展開パターン、一致するか」
「はい」ロボットが答えた。「偵察データと合致します。包囲展開に約四十秒。その間が唯一の突破口になり得ます」
ロベルトは星図に視線を戻し、低い声で言った。「使える情報だ」それから直人を見た。「よくやった」
直人は胸の中で何かが動くのを感じた。うまく言えないが、自分がここにいていい理由が、少し見つかった気がした。
*
作戦は夜明けに決まった。
先陣を切る第一艦隊がおとりとなって豚の注意を引きつける間に、ザイロンを含む精鋭部隊が旗艦グラトスへ直接突入する。直人と博士はパロディアンで第一艦隊の後方支援につく。
「危険だと思ったらすぐ離脱しろ」ロベルトが直人に言った。「子どもを死なせるつもりはない」
「わかってます」直人は答えた。「でも逃げません」
ロベルトは少し目を細め、それから小さく笑った。初めて見る表情だった。
「……度胸だけはあるな」
*
夜、直人はパロディアンの窓から星を見ていた。
明日、戦争が始まる。
怖くないと言えば嘘になる。でも不思議と、逃げたいとは思わなかった。お母さんの顔が浮かんだ。兄弟の顔が浮かんだ。狭いリビング、長女が独占するテレビ。あの青い星に、誰かが向かっている。
「眠れないのか」
ザイロンが隣に立っていた。
「うん」直人は正直に答えた。「怖い」
「そうか」
「ザイロンは怖くないの?」
ザイロンは少し黙った。窓の外を見ながら、静かに言った。「怖いという感情が今の俺にあるかどうか、正確にはわからない。だが……」
「だが?」
「終わらせたい、とは思っている」
直人はその言葉を、黙って受け取った。
ザイロンが終わらせたいもの。豚との戦いだけじゃない気がした。もっと長い、もっと重いものを、ザイロンはずっと抱えてきたのかもしれない。
「ザイロン」
「なんだ」
「終わったら、また旅続けよう」
ザイロンは何も言わなかった。でも、窓の外を見たまま、ほんの少し、何かが和らいだ気がした。
博士が奥から怒鳴った。「いつまでしゃべっとるんじゃ。明日に備えて寝ろ」
直人は笑った。「博士も眠れてないじゃないか」
「うるさい」
*
夜明けが来た。
艦隊が動き始めた。
パロディアンのエンジンが唸りを上げ、直人は操縦席の肘掛けを握った。博士が計器盤を確認し、無言でうなずく。
宇宙空間に出た瞬間、直人は息を呑んだ。
星が見えなかった。
見渡す限り、船だった。味方の艦隊が隊列を組んで進んでいく。そしてその先に、黒い塊が広がっていた。豚の艦隊だ。数が多い。以前に見た数とは比べものにならない。
通信機からロベルトの声が響いた。「全艦、聞こえるか。今日で終わらせる。各自持ち場につけ」
静寂。
それから、砲撃が始まった。
*
戦闘は激しかった。
砲弾が飛び交い、爆発の光が宇宙を照らす。味方の船が一隻、二隻と撃墜されていく。パロディアンも何度か砲撃をかすめ、その度に船体が揺れた。
「博士、右から来る!」
「わかっとる!」
博士が操縦桿を倒し、パロディアンが急旋回する。砲弾が鼻先をかすめた。
直人は計器盤にかじりつきながら、敵の動きを追った。小型機の展開パターン、包囲の方向、砲台の向き。作戦会議で話したことが、頭の中で生きていた。
「博士、敵の第三小隊が左に展開してる。このまま行くとロベルトの船が挟まれる」
「通信しろ」
直人は通信機を掴んだ。「ロベルトさん、左に第三小隊が回り込んでいます。十五秒後に挟撃されます」
一瞬の沈黙。
「確認した。第二艦隊、左翼を抑えろ」
ロベルトの指示で第二艦隊が動いた。挟撃が崩れた。
直人は息を吐いた。手が震えていた。でも、やれた。
*
その頃、ザイロンは豚の旗艦に乗り込んでいた。
精鋭部隊が外から旗艦の砲台を封じる間に、ザイロン単独で内部に突入した。廊下を進むたびに豚の兵士が向かってくる。ザイロンは止まらなかった。一体一体、確実に無力化しながら、旗艦の中枢へ向かった。
最深部の扉が開いた。
そこに、グラトスがいた。
人間より一回り大きい体躯。触覚が頭部から伸び、小さな目が冷たく光っている。椅子に座ったまま、ザイロンを見ていた。
「来ると思っていた」グラトスは静かに言った。「お前たちの型は、必ず急所を狙う」
ザイロンは何も言わなかった。
「我々を根絶やしにしたのも、お前たちの型だろう」グラトスは立ち上がった。「因果なものだ。創ったものに滅ぼされ、それでもまだ生き残りがいる」
「ああ」ザイロンは静かに答えた。「お前たちは生き残った」
「そして今度こそ、お前たちを終わらせに来た」
グラトスが動いた。
速かった。冷静な判断のもと、無駄のない動きで間合いを詰めてくる。ザイロンは受け流しながら、距離を測った。
「一つ聞いていいか」ザイロンが言った。
「なんだ」
「地球を狙う理由は何だ」
グラトスは少し動きを止めた。それから冷たく笑った。「お前たちが愛したものを奪う。それだけだ」
ザイロンの中で、何かが決まった。
怒りではなかった。悲しみでもなかった。ただ、静かな確信だった。
お前たちに創られた事は変えられない。根絶やしにしたことも変えられない。だが今、人間を守ることはできる。
「そうか」ザイロンは言った。「ならば終わりにしよう」
二体が激突した。
グラトスは強かった。計算された攻撃は正確で、隙がない。だがザイロンは止まらなかった。傷ついても、弾き飛ばされても、立ち上がった。
最後の一撃は、静かだった。
ザイロンがグラトスの動きを完全に読み切り、その胸部の核心部に手を当てた。
「終わりだ」
グラトスはゆっくりと崩れ落ちた。最後まで冷静な目のまま、その光が消えた。
旗艦の中に、静寂が戻った。
*
グラトスが倒れた瞬間、豚の艦隊に動揺が走った。
指揮系統を失った艦隊は統率を崩し、各艦がばらばらに動き始めた。ロベルトはその隙を逃さなかった。
「全艦、総攻撃だ」
艦隊が一斉に動いた。
直人はパロディアンの窓から、その光景を見ていた。豚の船が次々と沈んでいく。爆発の光が宇宙を照らし、やがて静かになっていった。
通信機からロベルトの声が響いた。「……終わった」
宇宙空間に、静寂が戻ってきた。
*
ザイロンがパロディアンに戻ってきたのは、戦闘終了から一時間後だった。
扉が開いた瞬間、直人は駆け寄った。ザイロンの外装には傷がいくつもついていた。
「大丈夫?」
「問題ない」ザイロンはぶっきらぼうに言った。「ロボットだからな」
「グラトスは?」
「終わった」
直人はその一言の重さを感じた。ザイロンにとって、これは単なる戦闘の終わりじゃない。ずっと抱えてきた何かの、一つの区切りだ。
「ザイロン」
「なんだ」
直人は少し考えて、それだけ言った。「お疲れ様」
ザイロンは何も言わなかった。でも、直人から目を逸らさなかった。
博士が操縦席から振り返った。「感傷に浸るのは後にしろ。ロベルトが呼んでおる」
*
星の司令室で、ロベルトは三人を待っていた。
戦闘の汚れがまだ残る顔で、しかし目は穏やかだった。
「よくやった」ロベルトは言った。「お前たちがいなければ、もっと損害が出ていた」
直人は首を横に振った。「みんなが戦ったから勝てたんだと思います」
ロベルトは直人をじっと見た。それからゆっくりと笑った。「地球はいい子どもを育てるな」
直人は少し照れた。
ロベルトがザイロンに向き直った。「グラトスを仕留めたのはお前だ。礼を言う」
ザイロンは短く答えた。「俺がやるべきことだった」
ロベルトはその言葉の意味を測るように、しばらくザイロンを見ていた。それから何も聞かずにうなずいた。
「地球へ行くか」
「ああ」ザイロンが答えた。
「気をつけて行け。豚は全滅したが、宇宙は広い」ロベルトは窓の外を見た。「また厄介なものが出てくるかもしれない」
「その時はまた来ます」直人が言った。
ロベルトは直人を見て、また笑った。「待っている」
*
パロディアンが星を離れた。
直人は窓から、遠ざかる星を見た。艦隊の船がまだそこに並んでいる。ロベルトがどこかで見送っているかもしれない。
「ザイロン」
「なんだ」
「さっき言ってたこと、覚えてる?終わらせたいって」
ザイロンは少し間を置いた。
「覚えている」
「終わった?」
また間があった。宇宙の静寂の中で、エンジンの低い音だけが響いていた。
「……一つは、終わった」
直人はその答えを聞いて、窓の外に目を向けた。星が流れていく。どこまでも続く黒の中に、無数の光が散らばっている。
「じゃあ次の冒険、行こう」
「ああ」
博士が欠伸をした。「地球に帰る前に、もう少し寄り道してもいいぞ」
「博士!」直人は振り返った。「さっきと言ってること違う!」
「何が悪い。儂はまだ見たい星がある」
ザイロンが鼻を鳴らした。「……同感だ」
直人は二人を見て、それから笑った。
パロディアンが宇宙を進んでいく。三人分の気配を乗せて、どこまでも続く星の海へ。




