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第八話 礼拝堂の少女


翌朝、博士が窓の外を眺めながら言った。

「昨日、丘の上に気になる建物があったな」

「礼拝堂だよね」と直人が言った。「行ってみたかった」

「ルネサンス様式と見たが、実際に中を見てみたい」博士はすでにハッチへ向かっていた。「行くぞ」

ザイロンは黙って立ち上がった。

丘への道は、街の細い路地を抜けた先にあった。

石畳が緩やかに傾斜し、両側の建物が少しずつ低くなっていく。朝の空気は冷たくて、どこかから焼いたパンの匂いがした。

博士は歩きながら、建物を眺め回した。「見ろ、このアーチの形。地球の中世イタリアに近い建築様式だ。石の積み方も同じだな」

「博士、そんなことも知ってるの?」

「儂を誰だと思っとる」博士は鼻を鳴らした。「建築史くらいかじっておる」

「地球で見たことがある様式だ」ザイロンが後ろから静かに言った。

博士が振り返った。「お前も見たことがあるのか」

「立ち寄っただけだがな」それだけだった。

三人は黙って丘を登った。

丘を登りきると、建物が見えた。石造りの壁に、高く伸びた尖塔。周囲の建物とは明らかに格が違う。朝の光を受けて、壁の石が白く輝いていた。

「やはりな」博士が目を細めた。「ルネサンス様式だ。地球で言えば十五、六世紀頃の建築に近い。よくここまで再現しておる」

「すごい」と直人は呟いた。

三人は重い石の扉の前に立った。博士が扉に手をかけ、ゆっくりと押した。

薄暗かった。

高い天井から光が差し込み、細長い影が石畳に伸びている。ステンドグラスの色が床に落ちて、静かに揺れていた。

そして、奥に二つの影があった。

少女と、ロボットだった。

少女は十二、三歳くらいだろうか。落ち着いた佇まいで、ロボットと並んで祈りを捧げている。ロボットは古い。ザイロンと同じくらいの年代に見えた。煤けた外装、武骨な関節。それでも、少女の隣で静かに頭を垂れていた。

直人が一歩踏み込んだ瞬間。

ザイロンの動きが止まった。

少女のロボットが、ゆっくりと顔を上げた。二体の視線が交わった。

そして、聞いたことのない言葉が流れ始めた。

低く、硬く、リズムの違う言語。ザイロンと少女のロボットが、静かに言葉を交わしている。直人には一言も分からない。博士も珍しく黙って、その様子を見ていた。

少女が振り返った。

落ち着いた目だった。驚いた様子もなく、ただ静かに三人を見た。

「珍しい来訪者ね」

流暢な日本語だった。

直人は目を丸くした。「日本語、喋れるの?」

「ええ」少女は立ち上がり、スカートの裾を軽く払った。「このロボットに教わったから」

「地球から来たの?」

「うん。僕は直人。こっちが博士で、こっちがザイロン」

少女は三人を静かに見回した。「私はフィオナ。この星で生まれた」

直人はフィオナのロボットとザイロンを交互に見た。「あの二体、知り合いなの?」

フィオナは少し考えるような顔をした。「このロボットに聞いたことがある。同じ時代を生きたロボットがいると。きっとそういうことじゃないかしら」

ザイロンは何も言わなかった。ただ、少女のロボットをじっと見ていた。

「座って。少し話しましょう」とフィオナが言った。

礼拝堂の石段に、五人が並んだ。

ステンドグラスから差し込む光が、床の上でゆっくりと動いている。

「この星の人たちって、なんでこんな古い感じの暮らしをしてるの?」直人は聞いた。「空飛ぶ車とか、そういうのは?」

フィオナはしばらく黙った。それから静かに口を開いた。

「私たちの祖先はロボットたちと長く共に暮らした。でもある時、人間だけで生きることを選んだの。機械のない暮らしを、自分たちの手で作りたかったから」

博士が口を開いた。「ヤマトと同じルーツを持つと見たが」

フィオナは博士を見た。「よくわかったわね」

「建物を見ればわかる。ヤマトとは様式が違うが、根っこは同じ地球人の文化だ」

フィオナは小さくうなずいた。「ヤマトの人たちは技術と共存する道を選んだ。私たちの祖先は決別する道を選んだ。同じところから来て、全然違う星になった」

「でもロボットはいるじゃないか」直人はフィオナの隣のロボットを見た。

「このロボットは別」フィオナは静かに言った。「家族だから」

直人はその言葉を、少し黙って受け取った。

博士が腕を組んだ。「なるほどな。ヤマトが技術と共存の道を選び、こちらは決別の道を選んだ。同じ地球人の流れをくむ文明でも、開拓の仕方でここまで違う星になるものか」

「そういうことね」フィオナは博士を見た。「あなたは博識なのね」

「当然じゃ」博士は鼻を鳴らした。

直人は少し笑った。それからフィオナに向き直った。「フィオナはこの星が好き?」

「ええ」フィオナは迷わず答えた。「静かで、人の声が聞こえて、夜は星がよく見える。それで十分」

しばらく沈黙が落ちた。ステンドグラスの光が、ゆっくりと動いた。

フィオナの目が、少し変わった。

「直人」

「うん」

「あなたたちはこれからどこへ行くつもり?」

「いろんな星を回って……まあ、冒険みたいな感じかな」

「地球には?」

「いつかは帰るけど」

フィオナは少し間を置いた。

「早く帰った方がいい」

直人は聞き返した。「え?」

「地球が狙われている」フィオナは静かに、しかしはっきりと言った。「豚が、地球を狙っている」

礼拝堂に、沈黙が落ちた。

直人はザイロンを見た。ザイロンは微動だにしなかった。その目が、どこか遠くを見ていた。

博士が静かに口を開いた。「豚、とは」

「黄金の星で遭遇した連中だ」ザイロンが低い声で言った。「根絶やしにしたはずだった」

「このロボットが知っている」フィオナが続けた。「豚の残党が動き始めている。目的地は地球だと」

「なんで地球なの」と直人が聞いた。

フィオナは首を振った。「理由まではわからない。でも、奴らは動いている」

ザイロンはまだ黙っていた。

直人は膝の上で手を握った。地球。お母さん、兄弟、狭いリビング、長女が独占するテレビ。あの青い星が、今どこかの誰かに狙われている。

「……わかった」直人は言った。「ありがとう、フィオナ」

フィオナは小さくうなずいた。「気をつけて」

それだけだった。

礼拝堂を出ると、丘の上に風が吹いていた。

街が下に広がっている。石造りの屋根、色とりどりの布、行き交う人々。昨日と何も変わらない景色なのに、直人には少し違って見えた。

「ザイロン」

「……なんだ」

「豚って、強いの?」

ザイロンはしばらく黙った。風が吹いた。

「強い」

「ザイロンより?」

また黙った。今度は少し長かった。

「……数が多い」

博士が腕を組んだまま、静かに言った。「ならば急ぐ必要があるな」

直人はうなずいた。「帰ろう。パロディアンに戻ろう」

三人は丘を下り始めた。石畳が足の裏に硬く当たる。遠くから市場の声が聞こえてくる。

直人は歩きながら、青い星のことを考えていた。

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