第六話 黄金の星、血の匂い
宇宙の静寂の中、パロディアンは滑るように進んでいた。
博士は操縦席で手帳を広げ、何やら数式を書き込んでいる。直人は窓の外を眺めながら、ザイロンの横顔をちらりと見た。
ザイロンは窓に向かって、じっと立っていた。
「懐かしい風景だ」
ぽつりと言った。
「宇宙、来たことあるの?」
「昔はいろんな星を飛び回った」
「楽しそうだね」
「楽しい、か」ザイロンは少し間を置いた。「そういう感情は、当時なかったな」
直人は何か聞こうとして、やめた。ザイロンの横顔が、それ以上は話さないと言っていた。
しばらく沈黙が続いた後、ザイロンが直人を見た。
「直人、行ってみたい星はあるか?」
「うーん……金塊とか宝石がいっぱいある星かな」
「お前、ガキのくせにがめついな」
「しょうがないだろ、貧乏なんだから」
ザイロンは少し黙った。それから立ち上がり、「よし、わかった」と言った。「金塊が大量に採れる星に連れて行ってやる」
「え、そんな星あるの?」
返事の代わりに、ザイロンは計器盤に手を伸ばした。
「こら、勝手に触るな!」
博士が怒鳴った。ザイロンはお構いなしだった。計器をいくつか操作し、操縦桿をつかむ。
「待て待て待て――」
博士の声をかき消すように、エンジンが唸った。視界が白く染まる。
次の瞬間、静寂。
窓の外に、見慣れない星が広がっていた。
*
着陸した瞬間、直人は咳き込んだ。
「空気が……変な匂いがする」
「当然だ」ザイロンが言った。「毒ガスが混じってる」
パロディアンの小さな窓から、直人は外を覗いた。荒涼とした大地が広がっている。岩肌はくすんだ黄色で、空は緑がかった灰色だ。だがその岩の隙間から、金色の塊がいたるところに顔を出していた。
「あれ……本当に金塊だ」
「だろ」ザイロンは腕を組んだ。「ただし外に出れば、あの生き物に食われる」
岩陰から、何かが動いた。六本足の、人の背丈ほどもある生き物だ。皮膚は金属質に光り、口元に鋭い牙が並んでいる。金塊の岩を、ばりばりと噛み砕きながら歩いている。
「金を食ってる……」と直人は呟いた。
「この星の生態系はそういう仕組みだ。金を食って、金を排泄する。だから地表に金塊が溢れてる」
「じゃあ全然採れないじゃないか」
「人間にはな」
直人が聞き返すより早く、ザイロンはハッチに向かって歩き出した。
「ちょっと待って、毒ガスがあるんじゃ――」
「俺はロボットだ」
それだけ言って、ザイロンは外へ出た。
*
直人は窓に張り付いたまま、目を離せなかった。
ザイロンは毒ガスの漂う大地を、何でもない顔で歩いている。岩の隙間に手を突っ込み、金塊を一つ引き抜く。また一つ。また一つ。
六本足の生き物が気づいて向かってきた。直人は息を呑んだ。
ザイロンは振り返りもしなかった。片手を伸ばし、生き物の鼻先を軽く押さえる。生き物はぐるりと目を回し、その場に崩れ落ちた。
「……すごい」と直人は呟いた。
「儂にはそうは見えんがな」博士が鼻を鳴らした。「パフォーマンスが過ぎる」
ザイロンが戻ってきた。ハッチが閉まり、金塊をどさりと床に積み上げる。大小合わせて十個ほど。鈍い金色の光が、船内に広がった。
直人は一つ手に取った。ずっしりと重い。本物だ。
「ザイロン、ありがとう」
「礼はいらん」ザイロンはぶっきらぼうに言った。「貧乏なんだろ」
直人は笑った。
*
その時だった。
パロディアンの外壁に、何かがぶつかった。
ガンッ――!
船体が揺れ、直人は壁に手をついた。博士が計器盤を覗き込む。「何事だ」
窓の外に、影が差した。
大きな船だった。パロディアンの三倍はあろうかという黒い船体が、上空からゆっくりと降りてくる。船体のあちこちに傷があり、武骨な砲台がいくつも突き出している。
そして船体の側面に、大きな紋章が描かれていた。
丸く潰れた鼻、小さな目、耳。
豚の顔だ。
ザイロンの動きが、止まった。
「……豚の、子孫か」
低い声だった。直人には意味が分からなかった。だがザイロンの声に、今まで聞いたことのない何かが混じっていた。
船の側面にハッチが開き、小型の乗り物が飛び出してきた。パロディアンを取り囲むように四方に散らばり、包囲網を作る。スピーカーから、しゃがれた声が響いた。
「おい、そのボロ船。積み荷を全部置いていけ。命だけは保証してやる」
「ザイロン、あいつらを知ってるの?」と直人が聞いた。
ザイロンは答えなかった。代わりに博士を振り返り、短く言った。
「エンジン、全開にしろ」
「言われるまでもない」
博士が操縦桿を握った。エンジンが悲鳴のような音を上げる。包囲していた小型機が慌てて追いすがってくる。砲撃が船体をかすめ、直人は肘掛けにしがみついた。
「博士、ワープ!」
「距離が近すぎる! もう少し引き離さんと――」
「うるさい、やれ!」とザイロンが怒鳴った。
「お前に言われとうない!」と博士が怒鳴り返した。
砲弾がパロディアンの側面を叩く。警告音が鳴り響く。直人は目を閉じた。
その瞬間、視界が白く弾けた。
静寂。
星が見える。追ってくる船は、もうどこにもない。
直人はゆっくりと目を開けた。「……逃げ切った?」
「どうにかな」博士が疲れたように言った。「船体にダメージがある。少し休ませろ」
船内に、重い静けさが戻ってきた。
直人はザイロンを見た。ザイロンは窓の外を向いたまま、何も言わない。床には金塊が転がっていた。さっきまであんなに嬉しかったはずなのに、直人は手を伸ばす気になれなかった。
「ザイロン」
「……寝ろ」
それだけだった。
直人は何も聞かなかった。窓の外には、相変わらず星が流れている。
ザイロンの横顔は、暗くて、よく見えなかった。




