第五話 さらば、ヤマト
朝の光が窓から差し込んでいた。
直人が目を覚ますと、食卓からいい匂いがしていた。起き上がって台所を覗くと、ローガンが無言で鍋をかき混ぜている。
「おはようございます」
「ああ」ローガンは振り返らずに答えた。「もうすぐできる」
朝食は温かいスープと固いパンだった。マクシーは眠そうな目をこすりながらやってきて、スープを一口飲むなり「熱っ」と言った。博士はすでに食べ終えていて、手帳に何かを書き込んでいた。
静かな朝だった。
直人はスープを飲みながら、窓の外を見た。空飛ぶ車が一台、遠くをゆっくり横切っていく。昨日も見たはずなのに、まだ不思議な気がした。
食事が終わると、ローガンが立ち上がった。「輸送車の準備をする」
*
廃材とロボットは輸送車の荷台に積まれ、一行はドルトンの作業場へ向かった。マクシーが助手席に座り、道中ずっと博士に機械の話を振り続けた。博士は手帳から目を上げずに答えていたが、その口元は緩んでいた。
直人は荷台の隅に座り、ロボットの顔をぼんやり眺めた。煤けた金属の顔。閉じたままのレンズ。昨日廃材の山から引きずり出した時と、何も変わらない。
ドルトンの作業場に着くと、パロディアンが待っていた。修理を終えた鉄の塊は、昨日より頼もしく見えた。
博士と直人で廃材を荷台から下ろし、パロディアンの中に積み込んでいく。ドルトンは腕を組んで見守りながら、時々「そっちじゃない、こっちに積め」と指示を出した。
積み込みがひと段落した頃、ドルトンの視線がロボットで止まった。
「おい」低い声だった。「そのロボットも連れて行くのか」
「そうだよ」と直人が答えた。
ドルトンは渋い顔になった。腕を組み直し、ロボットをじっと見つめる。
「悪いことは言わねえ」ドルトンはゆっくりと言った。「そいつは置いていった方がいいかもしれねえぜ」
博士が顔を上げた。「どういうことだ」
「人工知能を搭載したロボットは、この星ヤマトでも使われてる。ビルを建てたり、道の舗装をしたりな」ドルトンはロボットから目を離さないまま続けた。「だがそいつはかなり古い形だ。……忌まわしい過去を持ってるかもしれん」
「忌まわしい過去?」
「ああ」
作業場に静寂が落ちた。
直人はロボットを見た。それからドルトンを見た。胸の中に何かが引っかかる。でも、このまま置いていくのは、なんだか違う気がした。
ドルトンの視線が直人に移った。直人が残念そうな顔をしているのを、黙って見ていた。
博士が口を開いた。「まあ、何か問題が起きれば破壊するなり宇宙空間に捨てるなりすればいい」あっさりとした口調だった。「そいつも積むぞ」
ドルトンは一瞬だけ目を細め、それから小さく息を吐いた。「……勝手にしろ」
*
別れの時が来た。
ドルトンは博士の前に立ち、無骨な手を差し出した。「また宇宙のどこかで会えたら、続きを話そう」
博士はその手を握り、力強く振った。「儂もそれを楽しみにしておるぞ」
マクシーが直人に駆け寄った。「またいつでも来てよ。ガラクタならまだまだあるから」
「うん、絶対また来る」
マクシーはにっこりと笑い、それから少し照れくさそうに言った。「ナオトみたいな友達、初めてだった」
直人は何か返そうとして、うまく言葉が出なかった。だから代わりに、思い切り手を振った。
ローガンは少し離れたところに立っていた。直人が近づくと、静かな目で見下ろしてくる。
「また来い」それだけだった。
でもその一言が、どんな長い言葉よりも温かかった。
「はい」と直人は答えた。
*
パロディアンのエンジンが唸りを上げた。
タラップが上がり、扉が閉まる。直人は小さな窓から外を見た。ドルトンが腕を組んで立っている。マクシーが大きく手を振っている。ローガンが静かに佇んでいる。
パロディアンがゆっくりと浮かび上がった。
三人の姿が小さくなっていく。街並みが遠ざかる。空飛ぶ車の群れを抜け、雲を抜け、大気圏を抜ける。
やがて、宇宙の黒が戻ってきた。
星が見える。どこまでも続く静寂。
しばらく、二人は何も言わなかった。
それを破ったのは、博士だった。操縦席で計器を眺めながら、何でもない口調で言った。
「いつまで動かないふりをしておるんだ。ロボットよ」
荷物の隙間に横たわっていたロボットが、ぴくりと動いた。
しばらくの間があった。
「……知ってたか」
低い声が、船内に響いた。ロボットはゆっくりと上体を起こし、レンズのような目を開ける。その目が直人を捉えた。
直人は目を丸くして、それから噴き出した。
「ずっと聞いてたんじゃないか!」
「悪いか」ロボットはぶっきらぼうに言った。「連れて行くかどうか分からない相手に、わざわざ自己紹介する気にはなれんだろう」
「じゃあ全部聞いてたんだ。ドルトンが言ってたことも」
「ああ」ロボットは短く答えた。それ以上は何も言わない。
直人はロボットの顔をじっと見た。皮肉っぽいのに、どこか寂しそうだ。昨日もそう思った。
「名前、つけていい?」
「……好きにしろ」
「ザイロン」
ロボットは一度その名前を転がすように繰り返した。「……センスがあるとは言えないな」
「でも嫌いじゃないでしょ」
少しの間があった。
「……まあな」
博士が鼻を鳴らした。「ザイロンよ、お前もこれからしばらく付き合ってもらうぞ」
「断れる立場でもなさそうだしな」ザイロンは言った。「……よろしく頼む」
宇宙船パロディアンの中に、三人分の気配が満ちた。
窓の外では、星が流れていた。




