第三十七話 決断
夕食の後、美代は両親が揃っているのを確認してから、テーブルに座った。
守は新聞を読んでいた。良美はお茶を飲んでいた。ララは食器を片付けていた。
「お父さん、お母さん」美代は言った。「話がある」
守が新聞を下ろした。良美がお茶を置いた。
二人の目が美代に集まった。
「MITに行きたい」
沈黙が落ちた。
良美が先に口を開いた。「MIT? マサチューセッツ工科大学のこと?」
「そう」
「アメリカじゃない」良美の顔が曇った。「一人で?」
「ララが一緒に行ってくれる」
良美はララを見た。ララは静かにうなずいた。「美代さんのそばにいます」
良美は少し安堵した顔をしたが、すぐにまた心配そうな顔に戻った。「でも美代、あなたまだ中学生よ。MITって大学でしょ。どうやって入るの」
「NASAが特別入学の制度を用意してくれてる。費用も全部向こう持ち」
「NASAが?」良美は目を丸くした。「なんでNASAが」
「研究所の件で色々あって」美代は続けた。「とにかくNASAが私をMITに招待したいと言ってきた」
良美は守を見た。守はずっと黙っていた。新聞をテーブルに置き、腕を組み、美代を見ていた。
「守さん、何か言ってよ」良美が言った。
守はしばらく黙ったままだった。
「美代」守はやがて口を開いた。「なぜMITに行きたい」
美代は少し考えた。
「世界最高峰の場所で、自分の限界まで勉強したいから」美代は答えた。「医学も科学も、もっと深く学びたい。日本にいてもできることはあるけど、MITじゃないとできないことがある気がして」
「具体的には?」
「華僑に行って、地下の街を見てきた」美代は続けた。「栄養不足の子どもたち、汚れた空気、満足な医療もない。あの人たちのために何かできる人間になりたい。そのためにもっと強くなりたい」
守は美代を見ていた。
良美が口を開いた。「美代、気持ちはわかるけど、アメリカに行ったら会えなくなるじゃない」良美の目が潤んだ。「遠いじゃない」
「ララがいる」美代は言った。「それに、帰ってくるから」
「でも」
「お母さん」美代は静かに言った。「私、やれるだけやってみたい。後悔したくない」
リビングに静寂が落ちた。
窓の外で虫が鳴いている。時計が時を刻んでいる。
守は長い沈黙の後、小さく息を吐いた。
「……わかった」守は言った。「行ってこい」
良美が「あなた」と言った。
「美代が決めたことだ」守は静かに続けた。「止める理由はない」
その言葉を聞いた瞬間、美代の目が潤んだ。
良美はしばらく守を見ていた。それから立ち上がり、美代を強く抱きしめた。
「絶対に無事で帰ってきなさい」良美は震える声で言った。「約束して」
「約束する」美代は良美の背中に手を回した。「必ず帰ってくる」
守は黙ってその様子を見ていた。その横顔が、少し和らいでいた。
ララはリビングの隅で静かに見ていた。
*
その夜、美代はララの部屋をノックした。
「入っていい?」
「どうぞ」
ララは机に向かって医学書を読んでいた。美代が入ってくると、本を閉じた。
「どうでしたか」
美代はベッドの端に腰を下ろした。
「許可出た」美代は言った。
「よかったです」ララは静かに言った。
美代は窓の外を見た。夏の夜空に星が見えた。
「ララ、本当に一緒に来てくれる?」
「もちろんです」ララは答えた。「美代さんのそばにいると決めました」
美代はしばらく星を見ていた。
「ありがとう」美代は言った。「ララがいてくれて、よかった」
ララは微笑んだ。「こちらこそです」
窓の外に、夏の夜が広がっていた。星が静かに輝いていた。
美代は決めた。
前に進む。




