第三十六話 MITへの招待
直人がザイロンを連れて工場に戻ると、博士の工場の空気が少し変わっていた。
マイクとリックが並んで立っている。美代は少し離れたところで二人を観察するように見ていた。博士は工具を置き、腕を組んでいた。
扉が開いた瞬間、マイクとリックの視線がザイロンに集まった。
二人の目が丸くなった。
マイクが思わず後退した。リックは「おお」と声を上げた。
ザイロンは二人を見た。それから面倒くさそうに直人を見た。「こいつらか」
「NASA長官と首席科学者だよ」直人は小声で言った。
「ふん」ザイロンは腕を組んだ。
マイクが我に返った。眼鏡を直し、ザイロンをじっと見た。それからリックと目を合わせた。二人は無言で何かを確認し合うように頷いた。
「情報通りだな」マイクはぼそりと言った。
マイクは博士に向き直った。「榊博士、このロボットは地球のテクノロジーではありませんね」
博士は鼻を鳴らした。「さてな。本人に聞けばよかろう」
マイクはザイロンを見据えた。背筋を伸ばし、眼鏡の奥の目を鋭くした。「君は何処から来たんだ?」
ザイロンはしばらくマイクを見ていた。それからため息をついた。
「尋問受けてるみてぇだな」ザイロンはぶっきらぼうに言った。「俺が何処から来たか、それに答えて俺に何の得があるんだ」
マイクは眉をひそめた。「我々は敵ではありません。情報を共有していただきたいだけです」
「情報を共有する理由もない」
「しかし」
「マイク」リックが割って入った。日本語だった。「ザイロンさん、でしたっけ。俺、あなたのことが好きになりそうです。率直で」
ザイロンはリックを一瞥した。「お前は少しうるさいな」
リックは笑った。「よく言われます」
マイクは咳払いした。「では本題に入りましょう」マイクは全員を見回した。「はっきり言います。この研究所の技術力は我々NASAの技術力を遥かに凌駕しています。宇宙海賊を撃退した戦闘技術、ホログラム通信機、パワードスーツ。どれも我々には到底実現できないものです。その知識の一端でも我々と共有していただきたい」
博士が口を開こうとした。
ザイロンが先に言った。「お断りだ」
マイクが振り返った。「理由を聞かせてもらえますか」
「お前らアメリカがこの技術力を持ったら何を仕出かすか、わかったもんじゃない」ザイロンははっきりと言った。「技術は使う者の心次第だ。渡す相手を選ぶ」
マイクは少し黙った。眼鏡を外し、こめかみを押さえた。
リックが「手厳しいな」と呟いた。
沈黙が続いた。
マイクは眼鏡をかけ直した。それからゆっくりと直人と美代を見た。二人を交互に見て、少し考えるような顔をした。
「では」マイクは静かに言った。「別の提案をさせてください」
「なんだ」博士が言った。
マイクは直人と美代に向き直った。「そちらにいるミヨ・サカキとナオト・カンザキをMITへ入学させていただきたい。費用の全ては我々が負担します」
工場が静まり返った。
直人は固まった。美代も固まった。
博士は眉をひそめた。ザイロンは腕を組んだまま動かなかった。
リックが補足した。「MITはご存知ですよね。マサチューセッツ工科大学。世界最高峰の理工系大学です。二人の能力なら十分すぎるほど通用する。むしろMITが二人を必要としているくらいだ」
「でも」直人は口を開いた。「僕たちはまだ中学生で」
「年齢は問題ない」マイクは言った。「特別入学の制度があります。過去にも飛び級で入学した学生はいます。二人の研究レベルは我々も把握しています」
美代がマイクを見た。「どうやって把握したんですか」
「調べました」マイクは静かに答えた。「時間圧縮の実験、中継ワープポイントの理論。いずれも世界最高水準どころか、我々の想像を超えています」
直人は美代を見た。美代も直人を見た。
二人とも、何も言えなかった。
博士がザイロンを見た。ザイロンは壁を見ていた。
リックが直人に言った。「ナオト、嫌なら断っていい。でも一度だけ考えてみてくれ。MITには世界中から天才が集まってる。その環境がお前たちの研究を加速させるかもしれない」
直人は床を見た。
MIT。アメリカ。世界最高峰の大学。
でも研究所がある。華僑への約束がある。博士がいる。ザイロンがいる。
美代がいる。
「少し考えさせてください」直人はようやく言った。
マイクはうなずいた。「もちろんです。急かすつもりはありません」
リックが立ち上がり、ポケットから名刺を出した。直人と美代に一枚ずつ渡した。「いつでも連絡してくれ。待ってるから」
博士がまた腕を組んだ。「マイクさんとやら、一つ聞いていいか」
「はい」
「この二人をMITに入れて、お前たちに何の得がある」
マイクは少し間を置いた。「正直に言います。得はあります。二人の研究がMITで花開けば、その成果はNASAにも還元されるかもしれない。でもそれだけではありません」マイクは真っすぐに博士を見た。「人類の未来のために、この二人の才能を正しく育てたい。それが我々の本音です」
工場に静寂が落ちた。
直人はリックからもらった名刺を見た。MITのロゴが入っている。
美代は自分の名刺を見ながら、黙っていた。
窓の外に、夕暮れの空が広がっていた。




