第三十五話 古い友人
学校の帰り道、直人と美代は並んで歩いていた。
夕方の住宅街は静かだ。風が吹いて、街路樹の葉が揺れる。
「今日の数学のテスト」美代が言った。「最後の問題、先生の想定してる解き方と違う方法で解いたんだけど、また呼び出されそう」
「どんな解き方したの?」
「より効率的な方法よ。でも先生には理解できないみたいで」
「また田村先生が困った顔するね」
「仕方ないじゃない、正解なんだから」
二人が角を曲がったその時だった。
「Excuse me」
声がした。
二人が振り返ると、腰の曲がった老人が立っていた。白髪で、杖をついている。いかにも足腰が弱そうだ。
英語だった。
老人は一枚の写真を差し出した。
直人が受け取った。白黒の古い写真だ。若い男性が二人、並んで笑っている。一人は日本人、もう一人は外国人だ。
直人はその日本人の顔を見た。見覚えがある。
「博士だ」直人は呟いた。
「え?」美代が覗き込んだ。「本当だ、若い頃のお祖父ちゃんね」
老人が外国人の方を指差した。「This is me」
直人と美代は顔を見合わせた。
老人が続けた。「Doctor榊is my old friend. Do you know where he is?」
美代が老人を見た。それから英語で答えた。「Yes, we know him. He's at榊Future Science Laboratory. We're going there now. Why don't you come with us?」
老人はにっこりと笑った。「Thank you, young lady」
*
研究所に着いた。
直人が博士の工場の扉をノックした。「博士、お客さんだよ」
「誰じゃ、今忙しい」
「外国の方で、博士の知り合いだって言ってるんだけど」
しばらく間があった。それから扉が開いた。
博士が顔を出した。作業中だったらしく、手に工具を持っている。老人を見た。
博士の動きが止まった。
老人の顔をじっと見た。目を細め、また見た。
「お主……テッドか?」博士は呟いた。「いや、そんなわけがない。奴は最近死んだはずだ」博士は老人を見据えた。「お前は誰だ」
老人はにやりと笑った。「何言ってるんだ、俺がテッドだよ、榊」
「嘘をつくでない」博士の目が鋭くなった。「テッドは先月亡くなったと連絡が来た。お前は誰だ、本当のことを言わんか」
老人が口を開きかけたその時、廊下の奥から大柄な男が歩いてきた。六十代、白髪交じりの短髪、きっちりとしたスーツ。眼鏡の奥の目が鋭い。
男は英語で言った。「その辺にしとけ、リック」
老人が「わかったよマイク」と言いながら、ゆっくりと腰を、まっすぐに伸ばした。
そして皺のある顔を剥がし
白髪をはずした。
直人は目を丸くした。美代も固まった。
老人だと思っていた人物は、四十代の男性だった。がっしりした体格、人懐っこい顔、いたずらっぽい目。
「特殊メイク、バレなかっただろ?」男は日本語で言った。流暢だった。「俺はリック。リッキーとも呼ばれてる」
博士はリックを見た。それからスーツの男を見た。
「説明しろ」博士は静かに言った。
スーツの男が前に出た。「申し遅れました。NASA長官のマイク・ハリスです。こちらはNAS A首席科学者のリック・コールマン」
リックが軽く手を振った。「よろしく」
マイクが続けた。「リックの父親、テッド・コールマン博士はあなたの大学時代の級友だったと聞いています」
博士は黙っていた。
リックが写真を取り出した。さっき直人が見たものと同じ写真だ。「これ、親父の形見なんだ。ずっと大事にしてた。日本人の親友と撮った写真だって言って」
博士は写真を受け取った。しばらく見ていた。
若い頃の自分と、テッドが並んでいる。二人とも笑っている。大学の構内だ。あの頃はまだ何者でもなかった。
「そうか…」博士はぽつりと言った。「テッドが」
「先月です」リックは静かに答えた。「最後まで榊博士のことを話してました。会いたかったって」
工場に沈黙が落ちた。
直人は博士の横顔を見た。皺だらけの顔が、少し揺れた気がした。
博士は写真を返した。「リック、お前は顔は父親そっくりじゃが、中身はまるで違うな」
「よく言われます」リックは笑った。「親父は真面目すぎるくらい真面目だったから」
「そうだな」博士は小さく笑った。「あいつはいつも儂の悪ふざけに付き合わされて困っておった」
マイクが口を開いた。「博士、今日伺ったのはご挨拶だけではありません。榊未来科学研究所について、ぜひお話を聞かせていただきたいのです」
「話?」
「先日のアメリカへの攻撃を撃退していただいたこと、NASAとして正式に感謝を申し上げたい。そして可能であれば、共同研究のご提案をしたいと思っています」
博士はマイクを見た。それからリックを見た。それから直人を見た。
「直人」博士は言った。「ザイロンを呼んでこい」
「わかった」直人は工場を出た。
廊下を歩きながら、直人は少し笑った。
NASAが来た。




