第三十一話 榊家の新しい住人
榊家のインターホンが鳴ったのは、夕方だった。
良美が玄関に出ると、美代が立っていた。隣に、見知らぬ女性がいる。
「美代!」
良美は美代に飛びついた。美代が「母さん、苦しい」と言いながら笑った。
「無事だった、本当に無事だった」良美は美代を離し、顔を見た。「怪我はない?体は大丈夫?」
「大丈夫だよ」美代は答えた。「ちゃんと帰ってきたでしょ」
良美はようやく隣の女性に気づいた。
落ち着いた顔立ち、白いシャツ、穏やかな目。良美より少し若く見える。
「あら、お友達?」
「紹介するね」美代は言った。「ララ。一緒に宇宙に行った仲間」
ララは丁寧に頭を下げた。「はじめまして。ララと申します。美代さんにはとてもお世話になりました」
「まあ、礼儀正しいお嬢さんね」良美は笑顔になった。「上がって上がって、ご飯食べていく?」
「ぜひ」美代は言った。「あと、ちょっと話があるんだけど」
「話?」
「うん。お父さんも呼んで」
*
リビングに全員が揃った。
守はソファに座り、美代とララを見ていた。美代が無事に帰ってきたことへの安堵が、その表情に滲んでいた。
「無事でよかった」守は静かに言った。
「心配かけてごめん」美代は答えた。「でも、すごく大事なことができた」
「聞かせてくれ」
美代は華僑のこと、李シンファンとの約束、そして直人の宣言を話した。守と良美は黙って聞いていた。良美は途中で何度か目を潤ませた。
話が終わると、守は少し間を置いた。「直人くんは50年以内に星を見つけると約束したのか」
「うん」美代はうなずいた。「だから私も手伝う」
守は何も言わなかった。ただ、小さくうなずいた。
「それで」美代は続けた。「本題なんだけど」
良美が「本題?」と首を傾けた。
美代はララを見た。「ララのことなんだけど」
「ええ、さっきから気になってたのよ」良美はララを見た。「美代のお友達? 宇宙で出会ったの?」
「そう」美代は答えた。「アクティナスという星でロベルトさんから譲ってもらった仲間」
「まあ」良美は微笑んだ。「ララさん、どちらのご出身なの?」
ララは良美を見た。それから美代を見た。
美代がうなずいた。
「実は」ララは静かに言った。「私はアンドロイドです」
良美が固まった。
守の手が止まった。
リビングに沈黙が落ちた。
良美はしばらくララを見ていた。目を細め、もう一度見た。それからまた固まった。
「え……アンドロイド?」
「はい」ララは穏やかに答えた。「アクティナスの技術者が作りました。医療、科学、料理など様々な分野の知識を持っています」
「り、料理も?」
「はい。得意です」
良美はまた美代を見た。美代は笑っていた。
「母さん、ララうちに置いてあげて」美代は言った。「一緒に暮らしたい」
「ちょ、ちょっと待って」良美は頭を整理しようとした。「アンドロイドを、うちに?」
「ダメ?」
良美はララを見た。穏やかな目、落ち着いた佇まい。さっきまで普通の人間だと思っていた。それがアンドロイドだという。
「あなた」良美は守を見た。「どう思う?」
守はしばらくララを見ていた。それから口を開いた。「ララさん、一つ聞いていいですか」
「はい」
「美代のそばにいてくれますか。守ってくれますか」
ララは守を真っすぐに見た。「はい。必ず」
守は少し黙った。それから良美を見た。「いいんじゃないか」
「あなたが言うなら」良美はため息をついた。それからララを見て、少し笑った。「料理が得意って言ったわね?」
「はい」
「じゃあ明日の朝ごはん、作ってもらえる?」
「喜んで」
良美は美代を見た。「まったく、この子は昔から突拍子もないことばかり」
「褒め言葉として受け取っておく」美代は笑った。
*
その夜、美代はララに客室を案内した。
シンプルな部屋だった。ベッド、小さな机、窓から街の灯りが見える。
「狭いけど」美代は言った。「ここが貴方の部屋」
ララは部屋を見回した。「十分です」
「アンドロイドって、眠るの?」
「眠る必要はありません。でも休息モードというものがあります」
「そっか」美代は窓の外を見た。夜空に星が見える。「ララ、地球はどう?」
ララは少し考えた。「温かいです」
「温度?」
「それもありますが」ララは静かに言った。「人の気持ちが、温かい」
美代はその言葉を聞いて、少し笑った。「そう感じてくれてよかった」
美代が部屋を出ようとした時、ララが言った。「美代さん」
「うん?」
「ありがとうございます。私をここに連れてきてくれて」
美代は振り返った。ララの顔を見た。アンドロイドなのに、その目に何か温かいものがある気がした。
「こちらこそ」美代は答えた。「よろしくね、ララ」
扉が閉まった。
廊下に、静かな夜の空気が漂っていた。
*
翌朝、榊家のキッチンから、いい匂いがした。
良美が起きてきて、キッチンを覗いた。
ララが黙々と料理をしていた。手際が良い。複数の料理を同時に進めながら、一つも無駄な動きがない。
良美はしばらく見ていた。
美代が起きてきて、キッチンを覗いた。「わあ」
テーブルに料理が並んでいた。味噌汁、焼き魚、だし巻き卵、ほうれん草のおひたし、炊きたてのご飯。
守が起きてきて、テーブルを見た。少し目を丸くした。
「いただきます」全員で手を合わせた。
良美が味噌汁を一口飲んだ。目を細めた。
「……おいしい」
ララは静かに微笑んだ。
美代は得意げな顔をした。「でしょ?」
守は黙って食べていたが、やがてぼそりと言った。「ララさん」
「はい」
「うちの専属コックになってくれないか」
美代が吹き出した。良美も笑った。
ララは少し考えて、静かに答えた。「喜んで」
榊家の食卓に、温かい空気が満ちていた。




