第三十話 帰還
アクティナスのデータベースセンターは、広大な施設だった。
壁一面に端末が並び、アクティナスのロボットたちが管理している。宇宙中を飛び回った探査ロボットたちが収集したデータが、ここに集約されていた。
直人はその端末の前に座り、検索を始めた。
条件は一つ。現在の華僑の人口、およそ30億人を受け入れられる星。大気、水、気温、重力、資源。全ての条件を入力して検索をかけた。
結果が出るまで、しばらく待った。
画面に文字が並んだ。
直人は食い入るように見た。
候補なし。
もう一度条件を変えて検索した。
候補なし。
また条件を変えた。
候補1件。
直人は身を乗り出した。詳細を開いた。読み進めるうちに、表情が曇っていった。
「どうだ」ザイロンが後ろから聞いた。
「一件だけ見つかった」直人は言った。「でも」
「でも?」
「華僑からワープを使っても片道50年かかる」
室内が静まり返った。
博士が画面を覗き込んだ。データを確認し、計算し、また確認する。
「間違いないな」博士はため息をついた。「現在の技術では無理じゃ」
美代は画面を見たまま黙っていた。ララが静かに口を開いた。「距離を短縮する技術の開発が必要ですね」
「ああ」直人はうなずいた。「地球に戻って考えよう」
*
翌日、ロベルトとの別れの時が来た。
格納庫の前で、ロベルトは腕を組んで立っていた。
「結果は聞いた」ロベルトは言った。「残念だったな」
「まだ諦めてません」直人は言った。「距離を縮める方法を考えます」
「そうだな」ロベルトは少し笑った。「お前らしい」
ロベルトは全員を見回した。博士、ザイロン、美代、ララ。
「博士」ロベルトは言った。「また世話になった」
「儂もじゃ」博士は鼻を鳴らした。「次来る時はもっといい酒を用意しておけ」
「善処する」ロベルトは直人に手を差し出した。「直人、50年待っている」
直人はその手を握った。「必ず見つけます」
ロベルトはうなずいた。それからララを見た。
「ララ」
「はい」
「地球での生活、楽しんでこい」
ララは少し驚いた顔をした。「よろしいんですか」
「お前が行きたいと言ったんだろう」ロベルトは静かに言った。「ここには縛られる必要はない。行ってこい」
ララは深々と頭を下げた。「ありがとうございます」
タラップが下りた。全員が乗り込んだ。
直人は最後にアクティナスを振り返った。青く輝く惑星、広大なドック、手を振るロベルトの姿。
「また来ます」直人は言った。
扉が閉まった。
*
地球が見えた時、美代は窓に顔を押しつけた。
「やっぱりきれいね」美代は呟いた。「青い」
「うん」直人は隣で言った。「ただいま、って感じがする」
ララも窓から地球を眺めていた。その顔に、どんな感情があるのかは読めない。でも目が離せない様子だった。
「ララ」美代が言った。「地球、初めて?」
「はい」ララは答えた。「データでは知っていましたが、実際に見るのは初めてです」
「きれいでしょ」
「はい」ララは静かに言った。「とても」
パロディアンが大気圏に入った。窓の外がオレンジ色に染まる。やがて青い空が広がり、見慣れた街並みが見えてきた。
研究所の裏にある広場に、パロディアンがゆっくりと降り立った。
*
タラップが下り、全員が地球の空気を吸った。
夏の終わりの風が吹いていた。蝉の声が聞こえる。空が高い。
ララは広場に降り立ち、空を見上げた。しばらくそのまま動かなかった。
「どう?」美代が隣に立った。
「空が広いですね」ララは言った。「こんなに広い空は見たことがありませんでした」
美代はしばらくララを見ていた。それから言った。「ねえ、ララ」
「はい」
「うちに来ない? 一緒に暮らしましょう」
ララは美代を見た。「よろしいんですか」
「よくないわけないじゃない」美代は笑った。「お父さんとお母さんには私から話す。絶対大丈夫だから」
ララはしばらく美代を見ていた。それから静かに頭を下げた。「よろしくお願いします、美代さん」
直人はその様子を見ていた。
ザイロンが隣に来た。「美代らしいな」
「うん」直人は笑った。「全然迷わなかった」
博士が研究所の方へ歩き始めていた。「ぐずぐずするな、儂は早く工場に戻りたいんじゃ」
「博士、少しくらい感慨に浸ってもいいんじゃないの?」直人が言った。
「浸っておる」博士はぶっきらぼうに言った。「心の中でな」
直人は笑った。ザイロンが小さく鼻を鳴らした。
広場に、夏の終わりの風が吹いていた。
地球に、全員が戻ってきた。
そしてここから、新しい旅が始まる。30億人が暮らせる星を見つけるための、本当の旅が。




