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第二十一話 夏と海と約束


七月の教室は、蒸し風呂だった。

扇風機が首を振り、天井のエアコンがうなりを上げているが、焼け石に水だ。窓の外では蝉が鳴いている。クラスメートの何人かはすでに机に突っ伏し、目を閉じている。

担任の八代が黒板に数式を書きながら言った。「じゃあここで、この公式を使って解いてみましょう」

直人は窓の外を眺めながら、ノートに答えを書き込んだ。三秒で終わった。

隣の山田が「速すぎだろ」と小声で言った。

斜め前の美代も、すでに解き終わっていた。美代がこちらを見て、小さくうなずいた。直人もうなずき返した。

しばらくして八代が「誰か答えを言ってみて」と言った。

美代が手を挙げた。答えを言う。正解だった。

「正解です。ところでこの公式、なぜこういう形になるかわかる人は?」

しばらく沈黙が続いた。

直人が手を挙げた。「この公式、実は特殊な条件下でしか成立しないですよね。重力が一定で、空気抵抗を無視した場合に限定されていて、より正確に計算するなら相対論的補正が必要になると思うんですけど」

八代が固まった。

「……そ、そうね。今日はとりあえずこの公式を覚えてくれれば大丈夫よ」

後ろの席から「また神崎やりやがった」という声が聞こえた。

昼になった。

美代が弁当を持って直人の机にやってきた。いつものことだった。椅子を引き、当たり前のように向かいに座る。

「今日の八代先生の顔」美代は弁当を開きながら言った。「見た?」

「見た」直人も弁当を開いた。「少し悪かったかな」

「悪くない。本当のことだし」美代は箸を動かした。「でも次からは授業が終わってから聞いた方がいいかもね。先生が困るから」

「美代も似たようなことやってるじゃないか」

「私は聞き方が上手いの」

直人は少し笑った。

教室のあちこちから声が聞こえてきた。

「相変わらずラブラブだな、あの二人」

「いつも一緒じゃん」

「いいな、俺も美代さんと弁当食いてえ」

二人とも聞こえているはずだが、気にする様子もなかった。美代は弁当の卵焼きを箸でつまみながら「この前の量子もつれの話なんだけど」と言い、直人が「ああ、あの続きね」と返す。それだけだった。

放課後、二人は並んで研究所へ向かった。

夏の日差しが容赦なく照りつけている。美代は日傘を差し、直人は何もなしで歩いていた。

「暑くないの?」美代が言った。

「暑い」

「なんで傘持ってこないの」

「忘れた」

美代はため息をついて、日傘を少し直人の方に傾けた。二人分の影が、アスファルトに落ちた。

しばらく歩いた。

「ねえ直人」美代が言った。「この間言ってたこと、本気なの?華僑に行くってやつ」

直人は少し間を置いた。「ああ、本気さ」

「みんな反対してたけど」

「わかってる」直人は前を見たまま言った。「でも行ってみないとわからないことがたくさんあると思うんだ。李シンファンの声、聞いただろ。あの人、悪い人じゃない気がした」

「気がした、だけじゃない?」

「そうかもしれない」直人は少し笑った。「でも気がしたことを無視したくない」

美代は黙った。日傘の影が揺れた。

「直人って昔からそうなの?」

「昔から?」

「直感で動くタイプ」

直人は少し考えた。「博士についていった時もそうだったな。深く考えないで乗り込んだ」

「それで宇宙まで行ったんだ」美代は少し笑った。「呆れるけど、嫌いじゃない」

研究所の建物が見えてきた。

その時、美代が言った。

「ねえ直人」

「うん」

「今週の日曜日、二人で海行かない?」

直人は一瞬、足が止まりそうになった。

「……海?」

「海」美代は平然と言った。「夏だし。たまには研究所じゃないところで話したい」

直人は少し固まった。海。二人で。日曜日。

「いいよ」直人は答えた。「行こう」

美代は小さく笑って、研究所の扉を開けた。

日曜日、空は青かった。

砂浜に着いた瞬間、直人は目をそらした。

美代が、水色のビキニ姿で立っていた。

「どうしたの?」美代が言った。「顔赤いけど」

「暑いから」

「そう」美代は涼しい顔で砂浜を歩き始めた。「早く入ろう」

直人は少し深呼吸して、後を追った。

波が足元を濡らした。冷たくて、気持ちよかった。

二人で並んで波に入った。美代が「冷たい!」と言いながら笑った。直人も笑った。波が来るたびに二人で避けたり、避けそこねてずぶ濡れになったりした。

しばらく遊んだ後、二人は波打ち際に並んで立った。

沖の方を見ると、水平線が続いている。どこまでも続く青。

美代は手のひらに海水をすくった。指の間からこぼれていく水を眺めながら、ぽつりと言った。

「水って、すごいよね」

「うん?」

「地球の表面の七十パーセントは海で、人間の体の六十パーセントも水でできている。それだけ当たり前にあるのに、宇宙には水がない星がたくさんある」美代はまた海水をすくった。「華僑みたいに環境が汚染された星では、きれいな水を手に入れることすら難しいんだろうな」

直人は黙って聞いていた。

「私たちはこうやって気軽に海に入れるけど」美代は水平線を見た。「華僑の人たちはこういう景色を見たことがあるのかな。きれいな海で遊んだことがあるのかな」

波が来た。二人の足元を濡らし、また引いていった。

「だから」美代は直人を見た。「直人、もし本当に華僑に行くって言うなら、私も連れて行って」

直人は美代を見た。

「宇宙に連れて行くって、約束したじゃない」美代は真っすぐに直人を見ていた。「華僑の人たちがどんな場所で生きているのか、私も自分の目で見たい。そうじゃないと、本当のことは何もわからない気がする」

直人は少し黙った。波が足元を撫でていく。

「危ないかもしれない」

「知ってる」

「本当に海賊のいる星だよ」

「知ってる」美代は視線を落とさなかった。「それでも行きたい」

直人は水平線を見た。青い海が、どこまでも続いている。その先に、宇宙がある。宇宙の先に、華僑がある。

「わかった」直人は言った。「一緒に行こう」

美代は少し目を細めた。それから笑った。

「約束だよ」

波が来た。二人の足元を濡らし、また引いていった。

空が青かった。どこまでも続く青の向こうに、星がある。

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