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第二十話 李シンファン


副所長室に、見慣れない機器が並んだ。

研究員たちが黙々と配線を繋ぎ、通信機器を設置していく。ザイロンが各装置を確認し、堀田が逆探知対策の最終チェックをしていた。

「準備完了です」堀田が言った。「逆探知対策、三重に施してあります。ただし完璧ではありません。五分以内に切ることを厳守してください」

「わかった」直人はうなずいた。

博士が腕を組んで立っていた。「直人、無理だと思ったらすぐ引け。交渉は一度で決まるものじゃない」

「うん」

美代が直人の隣に来た。「さっき一緒に考えたこと、落ち着いて言えば大丈夫」

直人は深呼吸した。椅子に座り、通信機の前に向かった。

「繋ぐぞ」ザイロンが言った。

「お願いします」

最初に聞こえてきたのは、雑音だった。

それからいくつかの声が重なり、聞き取れない言語が飛び交い始めた。直人には一言もわからない。

「話しかけてみろ」ザイロンが小声で言った。

直人は通信機に向かった。「あの……聞こえますか。私は地球から通信しています」

雑音が止まった。

しばらく沈黙があった。

プツッ、と音がした。

通信が切り替わった。

「地球人だな」

低い、落ち着いた男の声だった。流暢な日本語だった。「何か用かね」

直人は少し驚いたが、背筋を伸ばした。「はじめまして。僕は神崎直人と言います。14歳で、榊未来科学研究所の副所長補佐をしています。よろしくお願いします」

少しの間があった。

「ほう」男の声に、かすかな笑いが混じった。「随分丁寧な挨拶だな。私も礼儀として自己紹介しよう。華僑宇宙海賊団の船長、李シンファンだ。済まんが年齢は秘密だ」

室内の空気が少し和らいだ。直人は続けた。

「李さん、単刀直入に聞かせてください。華僑の方たちは、住める場所を探しているんじゃないですか?」

「ほう」李シンファンはまた言った。「14歳にしては、随分核心をついてくるな」

「違いますか?」

「……違わない」李シンファンの声が、少し変わった。「華僑は元々人が住むには厳しい星だ。環境汚染が進み、食料も水も足りない。若い者たちが生きていくには、外に出るしかなかった」

「だったら」直人は言った。「話し合いで解決できると思います。住める星を一緒に探すことができれば――」

「直人」

ザイロンの声が飛んだ。

鋭かった。直人は振り返った。ザイロンが機器の画面を凝視していた。博士もその隣で顔色を変えている。

「切れ、今すぐ」

「でも――」

「切れと言っている!」

直人は迷わず通信機のスイッチを叩いた。

李シンファンの声が、途切れた。

室内に沈黙が落ちた。

「どうした」直人はザイロンに聞いた。

「逆探知だ」ザイロンは画面を見たまま言った。「向こうが我々の通信を追跡し始めていた」

「特定されたか?」堀田が聞いた。

「……わからない」ザイロンは短く答えた。「切るのがあと十秒遅ければ確実にアウトだった」

室内に重い空気が漂った。

直人は通信機を見た。さっきまで李シンファンの声が聞こえていた機器。話しかければ、まだ届くかもしれない。でも今は沈黙している。

「逆探知されてたってことは」美代が静かに言った。「最初から罠だったってこと?」

「わからん」博士が腕を組んだ。「だが向こうも我々のことを探っていた、ということだ」

「李シンファンは話を聞いてくれてたと思う」直人は言った。「住める場所を探しているって、認めてくれた」

「それが本音かどうかはわからん」ザイロンは静かに言った。「海賊は嘘もつく」

「でも」直人は言った。「嘘じゃない気がした」

ザイロンは直人を見た。少し黙った。

「……お前の勘は当たることがある」ザイロンはぼそりと言った。「だが今夜は終わりだ。研究所の安全確認を優先する」

堀田がすでに動き始めていた。「全システムの確認をします。念のため今夜は外部通信を全て遮断します」

研究員たちが走り始めた。

直人は椅子に座ったまま、消えた通信機の画面を見ていた。

李シンファン。華僑宇宙海賊団の船長。年齢は秘密だと笑った男。

あの声の奥に、何があるんだろう。

「直人」美代が隣に座った。「大丈夫?」

「うん」直人は答えた。「続きを話したい」

美代は少し考えた。それからそっと言った。「きっとまた話せるよ」

窓の外に、夜の空が広がっていた。星が見える。どこかに華僑の星がある。そこで今も、生きていくために必死な人たちがいる。

直人は立ち上がった。

「ザイロン」

「なんだ」

「華僑に行ってみよう」

室内が、静まり返った。

一秒、二秒。

「は?」美代が言った。

「正気か」博士が言った。

「論外だ」ザイロンが言った。

堀田が眼鏡を外してこめかみを押さえた。「神崎くん、今夜は疲れているんじゃないですか」

「疲れてない」直人は真顔だった。「李シンファンと直接会って話せば、何か変わると思う」

「海賊の本拠地に乗り込むというのか」博士が腕を組んだ。「儂が若くても反対するわ」

「直人」ザイロンの声が低くなった。「それは死にに行くのと同じだ」

「でも――」

「今夜はもう終わりだ」ザイロンは静かに、しかしはっきりと言った。「全員休め」

直人は口を閉じた。

でも、諦めたわけじゃない。

窓の外に、星が見えた。どこまでも続く黒の中に、無数の光が散らばっている。その中のどこかに、華僑がある。

直人はその星を、まだ見たことがない。

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