第十九話 交渉
研究所に戻ったのは、夜だった。
エントランスの灯りが眩しかった。直人はパワードスーツを脱ぎながら、どっと疲れを感じた。戦闘よりも、緊張が解けた反動だ。
「お疲れ様でした」堀田が出迎えた。「全員無事で何よりです」
博士は防護服を脱ぎながら「当然じゃ」と言った。ザイロンは無言で副所長室に向かった。
「ロベルトに報告する」ザイロンが振り返った。「全員来い」
*
副所長室のホログラム通信機に、ロベルトが映し出された。
戦闘服のまま、しかし表情は少し和らいでいた。
「無事か」
「全員無事です」直人は答えた。「先発隊三十隻、撤退させました」
「こちらも本隊に甚大な被害を与えた」ロベルトは言った。「撤退させることに成功した。当面の脅威は去った」
室内に、静かな安堵が広がった。
博士が深く息を吐いた。美代が目を閉じた。研究員たちの肩から力が抜けていくのがわかった。
直人も息を吐いた。終わった。今は、そう思っていいはずだ。
しばらく誰も喋らなかった。
それを破ったのは、直人だった。
「ロベルトさん」
「なんだ」
「華僑の宇宙海賊たちって……結局、暮らしやすい土地を探してるだけなんじゃないですか?」
ロベルトは少し黙った。
「そうかもしれない」
「だったら」直人は続けた。「いい星を提供したらどうですか? 戦うんじゃなくて、住める場所を一緒に探す。そうすれば海賊をやめる人たちも出てくるんじゃないかと思って」
室内が静かになった。
ロベルトは腕を組んだ。「直人」
「はい」
「気持ちはわかる。だがそれは現実的じゃない」ロベルトは静かに、しかしはっきりと言った。「星を提供するということは、その星の資源も権利も全部動く話だ。一つの組織が決められることじゃない。各星の合意が必要で、交渉だけで何年もかかる。その間も華僑の人たちは苦しみ続ける」
「でも」
「それに」ロベルトは続けた。「海賊たちが話し合いに応じるとは限らない。追い詰められた人間は、善意を善意として受け取れないことがある」
直人は黙った。ロベルトの言葉は正しい。現実的に考えれば、簡単な話じゃない。
でも。
「だったら」直人は顔を上げた。「海賊の代表者と直接話がしたいです」
ロベルトの目が鋭くなった。「何?」
「直接話せば、何か変わるかもしれない。やってみる前から諦めたくないです」
「相手は海賊だぞ。話し合いの席につくような連中じゃない。それに君はまだ中学生だ」
「中学生でも、言葉は届くと思います」
ロベルトは眉をひそめた。しばらく直人を見ていた。
「無謀だ」ロベルトは言った。「リスクが高すぎる。万が一、通信を逆探知されたら研究所の場所が特定される」
室内に沈黙が落ちた。
その時、壁際からぼそりと声がした。
「いいじゃねえか」
ザイロンだった。
全員が振り返った。ザイロンは腕を組んだまま、直人を見ていた。
「やってみろよ、直人」
ロベルトがザイロンを見た。「ザイロン、お前まで何を」
「あいつが行動を起こす時はいつもそうだ」ザイロンは静かに言った。「正論じゃないかもしれない。無茶かもしれない。でもやってみなきゃわからない」ザイロンは少し間を置いた。「俺はそうやって直人に何度も驚かされてきた」
室内が静まり返った。
ロベルトはザイロンを見て、それから直人を見た。長い沈黙があった。
「……後悔しても知らんぞ」ロベルトはため息をついた。
「覚悟の上です」
ロベルトは少し黙った。それから小さくうなずいた。「わかった。だが条件がある。通信は最大五分。逆探知対策は完璧にしろ。そして少しでも危険を感じたら即座に切れ。いいな」
「わかりました」
ロベルトのホログラムが消えた。
直人はザイロンを見た。「ありがとう」
「礼はいらん」ザイロンは通信機に向かって歩き始めた。「機器の準備をする。お前は何を言うか考えておけ」
博士が鼻を鳴らした。「直人、言葉だけじゃ動かない人間もおる。それだけは覚えておけ」
「うん」直人はうなずいた。「でもやってみる」
博士は少し黙って、それから小さく笑った。「儂もそう思っておったぞ」
美代が直人の隣に来た。「何を言うか、一緒に考えようか」
直人は美代を見た。それからうなずいた。「頼む」
ザイロンが通信機を操作し始めた。研究員たちが機器の周りに集まる。
静かだった室内が、また動き始めた。




