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第十九話 交渉


研究所に戻ったのは、夜だった。

エントランスの灯りが眩しかった。直人はパワードスーツを脱ぎながら、どっと疲れを感じた。戦闘よりも、緊張が解けた反動だ。

「お疲れ様でした」堀田が出迎えた。「全員無事で何よりです」

博士は防護服を脱ぎながら「当然じゃ」と言った。ザイロンは無言で副所長室に向かった。

「ロベルトに報告する」ザイロンが振り返った。「全員来い」

副所長室のホログラム通信機に、ロベルトが映し出された。

戦闘服のまま、しかし表情は少し和らいでいた。

「無事か」

「全員無事です」直人は答えた。「先発隊三十隻、撤退させました」

「こちらも本隊に甚大な被害を与えた」ロベルトは言った。「撤退させることに成功した。当面の脅威は去った」

室内に、静かな安堵が広がった。

博士が深く息を吐いた。美代が目を閉じた。研究員たちの肩から力が抜けていくのがわかった。

直人も息を吐いた。終わった。今は、そう思っていいはずだ。

しばらく誰も喋らなかった。

それを破ったのは、直人だった。

「ロベルトさん」

「なんだ」

「華僑の宇宙海賊たちって……結局、暮らしやすい土地を探してるだけなんじゃないですか?」

ロベルトは少し黙った。

「そうかもしれない」

「だったら」直人は続けた。「いい星を提供したらどうですか? 戦うんじゃなくて、住める場所を一緒に探す。そうすれば海賊をやめる人たちも出てくるんじゃないかと思って」

室内が静かになった。

ロベルトは腕を組んだ。「直人」

「はい」

「気持ちはわかる。だがそれは現実的じゃない」ロベルトは静かに、しかしはっきりと言った。「星を提供するということは、その星の資源も権利も全部動く話だ。一つの組織が決められることじゃない。各星の合意が必要で、交渉だけで何年もかかる。その間も華僑の人たちは苦しみ続ける」

「でも」

「それに」ロベルトは続けた。「海賊たちが話し合いに応じるとは限らない。追い詰められた人間は、善意を善意として受け取れないことがある」

直人は黙った。ロベルトの言葉は正しい。現実的に考えれば、簡単な話じゃない。

でも。

「だったら」直人は顔を上げた。「海賊の代表者と直接話がしたいです」

ロベルトの目が鋭くなった。「何?」

「直接話せば、何か変わるかもしれない。やってみる前から諦めたくないです」

「相手は海賊だぞ。話し合いの席につくような連中じゃない。それに君はまだ中学生だ」

「中学生でも、言葉は届くと思います」

ロベルトは眉をひそめた。しばらく直人を見ていた。

「無謀だ」ロベルトは言った。「リスクが高すぎる。万が一、通信を逆探知されたら研究所の場所が特定される」

室内に沈黙が落ちた。

その時、壁際からぼそりと声がした。

「いいじゃねえか」

ザイロンだった。

全員が振り返った。ザイロンは腕を組んだまま、直人を見ていた。

「やってみろよ、直人」

ロベルトがザイロンを見た。「ザイロン、お前まで何を」

「あいつが行動を起こす時はいつもそうだ」ザイロンは静かに言った。「正論じゃないかもしれない。無茶かもしれない。でもやってみなきゃわからない」ザイロンは少し間を置いた。「俺はそうやって直人に何度も驚かされてきた」

室内が静まり返った。

ロベルトはザイロンを見て、それから直人を見た。長い沈黙があった。

「……後悔しても知らんぞ」ロベルトはため息をついた。

「覚悟の上です」

ロベルトは少し黙った。それから小さくうなずいた。「わかった。だが条件がある。通信は最大五分。逆探知対策は完璧にしろ。そして少しでも危険を感じたら即座に切れ。いいな」

「わかりました」

ロベルトのホログラムが消えた。

直人はザイロンを見た。「ありがとう」

「礼はいらん」ザイロンは通信機に向かって歩き始めた。「機器の準備をする。お前は何を言うか考えておけ」

博士が鼻を鳴らした。「直人、言葉だけじゃ動かない人間もおる。それだけは覚えておけ」

「うん」直人はうなずいた。「でもやってみる」

博士は少し黙って、それから小さく笑った。「儂もそう思っておったぞ」

美代が直人の隣に来た。「何を言うか、一緒に考えようか」

直人は美代を見た。それからうなずいた。「頼む」

ザイロンが通信機を操作し始めた。研究員たちが機器の周りに集まる。

静かだった室内が、また動き始めた。

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