第十八話 突撃
アメリカ東海岸の空は、灰色だった。
直人は戦闘機の窓から外を見た。眼下に広がる海岸線、煙を上げる街並み、逃げ惑う人々の姿が豆粒のように見える。
「見えてきたぞ」パイロットの声が通信機から響いた。
直人は前方に目をやった。
いた。
三十隻。黒い船体が空中に展開し、陣形を組んでいる。以前に見た豚の艦隊とは違う。もっと無骨で、もっと数が多い。船体のあちこちに傷があり、継ぎ接ぎだらけだ。追い詰められた者たちの船だ、と直人は思った。
通信機にザイロンの声が入った。「全機、聞こえるか」
「聞こえます」直人は答えた。
「作戦通りだ。プラズマ砲搭載機が先頭、自衛隊機が後続。直人は右翼で技術支援、博士は砲撃に集中しろ。いいな」
「了解」
「了解じゃ」博士の声が続いた。「早くせんか、儂は準備できておるぞ」
「爺さん、合図があるまで撃つな」
「わかっておる」
短い沈黙があった。
「全機、突撃!」
ザイロンの声と同時に、編隊が加速した。
*
風景が流れていく。
直人の機体が急加速し、体が座席に押しつけられた。パワードスーツの関節が軋む。前方の黒い船体が、みるみる大きくなってくる。
華僑の船から砲撃が始まった。
光の束が飛んでくる。編隊が左右に散開する。直人の機体すれすれを砲弾がかすめ、閃光が視界を焼いた。
「博士、右から二番目の船、エンジン部を狙え」ザイロンの指示が飛んだ。
「言われるまでもない」
プラズマ砲が唸りを上げた。
青白い光の塊が一直線に飛び、華僑の船のエンジン部に命中した。爆発が起き、船体が大きく傾いた。
「当たったぞ!」博士の声が弾んでいた。
「浮かれるな、まだ二十九隻いる」
*
戦闘は激しかった。
自衛隊機が左右から挟撃し、プラズマ砲が次々と砲撃する。華僑の船は数では勝るが、連携が取れていない。一隻が沈むたびに陣形が崩れ、混乱が広がっていく。
直人は通信機で各機の状況を把握しながら、ザイロンに報告し続けた。
「左翼の三番機、エンジンに被弾しています」
「三番機、離脱しろ」ザイロンが指示を出した。「四番機、穴を埋めろ」
「了解」
「直人、前方中央の旗艦を見ろ」
直人は前方に目をやった。一隻だけ大きな船が、陣形の中央に鎮座している。他の船より装甲が厚く、砲台が多い。
「あれを落とせば指揮系統が崩れる」ザイロンは言った。「博士、狙えるか」
「距離がある」博士は少し間を置いた。「だが、やってみせよう」
プラズマ砲の唸りが高まった。直人は思わず息を止めた。
青白い光が、一直線に旗艦へ向かった。
旗艦が緊急回避した。光の束が装甲をかすめ、爆発が起きた。直撃ではない。しかし旗艦の右舷が大きく損傷し、速度が落ちた。
「惜しい」博士が舌打ちした。
「十分だ」ザイロンが言った。「全機、旗艦に集中しろ。今が好機だ」
自衛隊機が一斉に旗艦へ向かった。砲撃が集中し、爆発が連続した。
旗艦が傾いた。
通信機から、華僑の言葉が流れてきた。直人には意味がわからない。
「何を言っている?」直人はザイロンに聞いた。
少しの間があった。
「撤退命令だ」ザイロンは静かに言った。
旗艦が高度を落とし始めた。周囲の船が次々と旗艦に続く。陣形が崩れ、三十隻がばらばらに散り始めた。
自衛隊機が追撃しようとした。
「追うな」ザイロンの声が飛んだ。「我々の仕事はここまでだ」
追撃が止まった。
空に、静寂が戻ってきた。
煙を上げながら離脱していく華僑の船を、直人は窓から眺めた。追い詰められた人たちの船。傷だらけで、それでもまだ飛んでいる。
複雑な気持ちだった。
「直人」ザイロンが呼んだ。
「うん」
「終わったぞ」
直人は窓の外を見た。灰色だった空が、少し明るくなっている気がした。
*
基地に戻ると、美代が走ってきた。
「無事だった!」
「うん」
美代は直人の顔を見て、それからパワードスーツを見て、また直人の顔を見た。「怪我は?」
「ない」
美代は少し息を吐いた。「よかった」
博士が機体から降りてきた。防護服が煤けている。しかし顔は満足そうだった。
「儂のプラズマ砲、なかなかじゃろう」
「爺さん」ザイロンが言った。「旗艦を外した」
「かすりはしたぞ」
「外したんだ」
博士は鼻を鳴らした。「次は外さん」
直人は二人のやり取りを聞きながら、空を見上げた。
本隊はロベルトが抑えている。先発隊は撤退した。でも、これで終わりじゃない。華僑の人たちは、まだ過酷な星で生きている。
「ザイロン」直人は言った。
「なんだ」
「華僑の人たちって、どうすればいいんだろう」
ザイロンは少し黙った。空を見た。
「今は答えが出る問いじゃない」ザイロンは静かに言った。「だがいつか、お前が答えを出す時が来るかもしれない」
直人はその言葉を、黙って受け取った。
美代が隣に立った。「帰ろう」
「うん」
三人は並んで歩き始めた。基地の空は、青く晴れていた。




