第十六話 緊急通信
その日の朝、研究所にロベルトからの通信が入った。
ホログラムの中でロベルトは戦闘服姿ではなく、珍しく普段着だった。しかし表情は硬かった。
「華僑という星を知っているか」
直人は首を横に振った。博士が腕を組んで聞いている。ザイロンは無言で立っていた。
「ヤマトやヨーロピアンと同じルーツを持つ星だ。中国系のグループが開拓した」ロベルトは続けた。「だが元々人が住むには過酷な環境でな。環境汚染が進み、反乱軍まで出てきている。追い詰められた者たちの中に、宇宙海賊になるものが増えてきた」
「地球に向かっているのか」博士が聞いた。
「まだ確認はできていない。だが可能性はある」ロベルトは直人を見た。「気をつけろ。何か異変があればすぐに連絡してくれ」
「わかりました」
ホログラムが消えた。
室内に静寂が落ちた。
「爺さん」ザイロンが博士に言った。「今日は直人の休日だ。行かせてやれ」
博士は鼻を鳴らした。「誰が止めておる」
ザイロンは直人を見た。「行け。今日のところは俺らに任せておけ」
直人はもう一度、消えたホログラムのあった場所を見た。それから「うん」と言って、上着を取りに行った。
*
休日の図書館は静かだった。
高い天井、並んだ本棚、窓から差し込む午後の光。利用者はまばらで、ページをめくる音だけが聞こえてくる。
直人は理工学のコーナーで本を選んでいた。背表紙を眺め、一冊引き抜いて中を確認し、また戻す。
「遅い」
後ろから声がした。美代が腕を組んで立っていた。
「待ち合わせより五分早く来てたけど」
「私はもう十分いたし」美代は本棚に目を向けた。「もう三冊選んだ」
「何の本?」
「数学と、宇宙物理と、あと料理」
「料理?」
「たまには普通の本も読む」美代はさっさと歩き始めた。「早く選んで。席取っといたから」
*
窓際の席に並んで座った。
美代は開いた本にすぐ集中し始めた。直人も自分の本を開く。しばらく、二人とも黙っていた。
ページをめくる音だけが続いた。
「ねえ」美代が小声で言った。
「うん」
「これ見て」美代が本を差し出した。宇宙物理の本だ。開かれたページに、見覚えのある数式が並んでいる。
「これ、直人くんの作業場の設計図にあった式と似てない?」
直人は覗き込んだ。「……本当だ」
「地球の学者も同じことを考えてたんだね」美代は少し嬉しそうだった。「でも直人くんの式の方が先を行ってる」
「ザイロンに教わったからね」
「いつかこの本の続きを直人くんが書くんじゃない?」
直人は少し考えた。「書けるかな」
「書ける」美代は迷わず言った。それからまた自分の本に戻った。
直人はその横顔を一瞬見て、また本に目を落とした。
しばらく、また静かな時間が続いた。
気づけば一時間が過ぎていた。
美代が伸びをした。「お腹空いた」
「何か買ってくる」
「じゃあ温かいやつ」
直人が席を立とうとした時、美代のスマホが震えた。
美代が画面を見た。その顔が、少し変わった。
「直人くん」
「うん?」
「これ、見て」
スマホを差し出した。ニュースの速報画面だった。
『緊急速報 アメリカ東海岸に正体不明の飛行物体群が出現、複数の都市で攻撃を受けている模様 当局は住民に避難を呼びかけ』
図書館の中がざわつき始めた。他の利用者もスマホを取り出している。窓の外を見る人もいる。
直人は速報を見つめた。正体不明の飛行物体。複数の都市への攻撃。
今朝のロベルトの言葉が頭の中で蘇った。
追い詰められた者たちの中に、宇宙海賊になるものが増えてきた。
「華僑だ」直人は低い声で言った。
美代が直人を見た。「わかるの?」
「今朝ロベルトから警告が来てた」直人はすでに立ち上がっていた。「行こう」
「研究所?」
「うん。急いで」
二人は本を棚に戻し、図書館を飛び出した。
*
研究所に着くと、エントランスがいつもと違う空気だった。
研究員たちが廊下を足早に行き交い、どこかから通信機の音が聞こえてくる。
直人が副所長室に駆け込むと、ザイロンがホログラム通信機の前に立っていた。空中に青白い光が揺れている。
「ザイロン」
「来たか」ザイロンは振り返らずに言った。「ちょうどよかった」
ホログラムの中に、ロベルトがいた。今度は戦闘服姿で、表情が硬い。
「直人、無事か」
「はい。今ニュースを見ました。やはり華僑ですか」
「ああ」ロベルトは短く答えた。「先発隊だ。本隊はまだ来ていない」
美代が直人の隣に立った。ロベルトが美代を見た。
「そちらの子は」
「榊美代です」美代は落ち着いた声で言った。「榊博士の孫です」
ロベルトは少し目を細めた。「博士の孫か。……顔は似ていないな」
「よく言われます」
ロベルトは直人に視線を戻した。「博士を呼べ。話がある。本隊が来る前に、手を打たなければならない」
「博士はどこだ」ザイロンが直人を見た。
「工場じゃないですか」
「呼んでこい」
直人は廊下に飛び出した。工場の扉を叩いた。
「博士! ロベルトから通信が来てます、急いでください!」
しばらくして扉が開いた。博士が顔を出した。手に溶接機を持ったままだ。
「何事じゃ、騒々しい」
「アメリカが攻撃されてます。華僑の宇宙海賊です」
博士の目が鋭くなった。溶接機を置き、白衣の裾を払った。
「行くぞ」
*
副所長室に全員が集まった。
ロベルトのホログラムを囲むように、博士、ザイロン、直人、美代が立っている。
「状況を説明する」ロベルトは言った。「華僑から脱出した宇宙海賊の一団が地球に向かっていることは以前から把握していた。だが動きが予想より早かった。現在アメリカ東海岸に先発隊およそ三十隻が展開している」
「本隊は」博士が聞いた。
「推定二百隻以上。七十二時間以内に地球圏に到達する」
室内に静寂が落ちた。
直人は数字を頭の中で整理した。七十二時間。三日間。
「地球の軍隊は動いているんですか」直人が聞いた。
「動いている。だが相手は宇宙の技術を持っている。地球の兵器では歯が立たない」
ザイロンが腕を組んだ。「それで、我々に何をしろと」
ロベルトは全員を見回した。「研究所の技術を使って、地球の防衛力を強化してほしい。時間がない。七十二時間で何ができる」
全員の視線が、自然と直人に集まった。
直人は少し考えた。パワードスーツ、ホログラム通信機、博士の新しい発明。使えるものを頭の中で並べた。
「やってみます」直人は言った。
博士が鼻を鳴らした。「やってみます、ではない。やるんじゃ」
「……やります」
ロベルトは小さくうなずいた。「頼んだ。七十二時間後にまた通信する」
ホログラムが消えた。
室内に、重い静けさが戻った。
美代が直人を見た。「私も手伝う」
「危ないかもしれない」
「だから手伝うって言ってる」美代は静かに、しかしはっきりと言った。
直人は少し美代を見た。それからうなずいた。
「わかった。頼む」
博士がすでに廊下に向かって歩き始めていた。「ぐずぐずするな。時間がないぞ」
ザイロンが直人の肩を軽く叩いた。「行くぞ」
研究所に、慌ただしい空気が満ちた。
窓の外には、青い空が広がっていた。どこかに星がある。その星から、何かが来ている。
直人は歩き始めた。




