8 火の迷宮
「まあ、問題は無いだろう。身体が成長すれば、穴も大きくなる。そうなれば元に戻るだろう」
パブロ魔導師にルシオは、自分にやったことを正直に話した。それを聞き、少し驚いていたが、問題ないと太鼓判を押してくれた。
「しかし、鑑定のモノクルか……くずの魔水晶でこんなものが出来てしまうとは。ルシオは錬金魔導師の素質が十分にあるな」
ミゲル魔導師に言われ、嬉しくなったルシオだった。
ダンジョンへ行く準備のために、攻撃魔法の実技の講義が始まった。
ブルホ市国を出て、外街も出る。広い荒野へやってきた。
「ここには獣が偶に出るから、気を付けるように」
パブロ魔導師直々に攻撃魔法を教えてくれるようだ。
「獣ですか。どんなのが居るのですか?」
「まあ、大した物はいない。モグラや、野犬、小角鹿くらいか」
「偶に蛇もいる。毒は無いが大きいんだ。もし出てきても私が対処するから心配いらない」
少し足を伸ばせば、森があり、そこは狩人達の狩り場になっているという。
豊かな森で、沢山の獣が生息しているのだそうだ。狩人達が森で仕留めた大きな牛や熊、イノ豚、大鳥、などは外街の住民の食卓に上るそうだ。
「森豹や、大鷲がいるからな森には。子どもには危険だ」
「大鷲? 大きいのですか」
「ああ、翼を広げれば五メートル以上になる。個体数は少ない。森の奥に岩山があって、そこをねぐらにしているから、ここへは滅多に来ないんだが、モグラや小角鹿を狩っているのを偶に見かけるそうだ。気を付けないとな」
都会で生れたルシオは、獣など見たことがない。
小鳥やカラス、馬や、飼い犬、猫やネズミ以外は知らない。郊外へ行けば牧場や森もあった筈なのだが、行ったことはなかった。
アレハンドロは、何度かここへ来た事があるそうだ。
「戦闘魔法兵に火の攻撃魔法を習ったときに来た事がある」
「お前の養い親は、少し軽率だな。八歳の子どもには火の攻撃魔法は早すぎだ」
「……やべッ! 内緒の話だった」
パブロ魔導師の鋭い目に見つめられて、小さくなったアレハンドロ。
「兎に角、今日は風魔法の講義だ。火はまだ使ってはならん。ここは荒野と言っても枯れ草が多い。万が一火事にでもなれば、後始末に手間が掛かる。分かったなアレハンドロ!」
「はい……分かりました」
パブロ魔導師が片手を横にサッと振ると、五メートル先にあった灌木にあたり、ズザッと音がして傷が刻まれた。
「これは『風刃』だ。そして次が『風鎌』」
そう言って指を複雑に組み、片手を前に突き出すと、百メートル前方まで道が出来たように草がなぎ払われていった。
「これは初歩の風魔法だが、一番使い勝手の良い魔法で戦闘魔導師でもよく使う魔法なのだ。獣くらいなら、足を狩る事が出来る」
「す、ご、い」
「さあ、やってみなさい。やり方は勉強しているはずだ。魔法発動の際、言葉を唱えても唱えなくても良い。自分が認識できれば、私のように印を組む事でも構わないのだ」
「「はい!」」
ルシオは魔力を練り、風魔法に変換していく。「風刃」呪文を口中で唱え、そして手刀で切るように手を横に振った。
見えない風刃だが、確実に灌木に当った。傷は少しだけだ。
アレハンドロは、大声で「風刃」と叫び魔法を放ち、同じような傷を付けることが出来た。
そして続けて放った風鎌は、十メートルくらいの前方まで草を刈る事が出来たようだ。
ルシオも風鎌を放った。十メートルよりは足りないか? もう一度やってみようとして、途中で魔力が乏しくなってしまった。
草を刈ることは出来たが、気分が悪くなる。
生れて初めて魔力切れを経験することになった。
「少し休んでいなさいルシオ。暫くすれば回復するはずだ」
自分でしたこととは言え、ルシオは情けなくなった。まさか、これほど魔力に差があったとは思いも寄らなかった。
――身体が成長するまでは我慢だ。魔力操作を欠かさずやれば、魔力は大きくなる……はずなのだ。
その後も、中級魔法だという『つむじ風』上級魔法の『竜巻』特殊魔法の『かまいたち』もデモンストレーションとして見せてくれた。
「魔法は人をも殺傷するものだ。広範囲に影響を及ぼす魔法は、味方をも傷つける。きちんと制御を学ばなければならない」
そう話を締め括り。本日の講義は終わった。
ルシオはほとんど見るだけで終わってしまったのだ。
アレハンドロは、何度か、拙いながらも中級の風魔法を発現させていた。
ルシオは、今までに無く焦りを感じた。そして激しく後悔してもいた。今頃後悔してもどうしようもないのに。
アレハンドロは、笑顔で遣り切ったと自慢する。
ルシオは大きく後退してしまった自分が、取り残されたような淋しさを感じ、出口の無い焦燥に陥った。
魔導師になるつもりも無かったのに。この感情は何だろうか?
不思議な黒い感情が滲み出てくるのだ。
――これは、アレハンドロに対する嫉妬か?
『ルシオ、今日やってみてお前はどう感じた?』
『……僕にはダンジョンは無理だと思いました』
『そうだな、このままでは危険だ。お前達はこれまでに無いほど優秀だった。だから問題なくダンジョンへいけると思っていたが、考えてみればルシオはまだ十歳だ。本当なら行けるはずも無いのだ。規定通り十五歳になるまで待った方が良いな。その頃になれば身体も成長しているだろう』
『……はい……』
パブロ魔導師から言われてしまった。
もとより、ダンジョンへは行きたいとは思っていなかったのだが、アレハンドロを見て、自分の力が及ばないことを目の当たりにし、何故か反対に行きたくなってしまったのだ。
使う当てがなくなった防具を手に取りじっと見る。
――ダンジョンへ行けば、早く成長出来るのでは無いか?
だが、パブロ魔導師に止められてしまったのだ。
次の日からアレハンドロは、ミゲル魔導師と一緒にダンジョン通いだ。
アレハンドロは、後ろを何度も振り返りルシオに申し訳なさそうにして出かけて行った。
ルシオは表面上では、にこやかに「いってらっしゃい」とは言ったが、心の中は悔しさで一杯だった。
――魔力に蓋をしなければ、僕は、アレハンドロよりも強かった。
また、どす黒いモヤモヤが身体の中心に湧いてきた。ルシオの目は暗く沈んでいる。
――いけない、このままでは今世でも失敗して…………に落ちてしまう。
心に浮かんだ考えは、ルシオに取って不可解なものだった。
失敗とは? 落ちるとは? 一体何処に落ちると言っているのだ?
ルシオの左手がむずむずする。不安になって左手を見ると、手の甲が青黒く変色していた。
「何だ? これは……」
気味が悪くなったが、次の日には消えていた。
「知らない間にぶつけたのかもな」
前世の自分は、どうしようも無い人間だったことは朧気に覚えている。
あの、どす黒く湧き出した感情は、若しかすると昔の自分がどこかに残っているのかも知れない。
ドロドロした感情が自分を溺れさせてしまわないうちに、何とか切り替えようと焦る。
『人は完全なる善として生きることは不可能だ。だが、かく在れかしと努力することは出来る。絶えず自分と向き合いなさい。そうすれば輪廻の輪から抜け出せる』
また、誰かの声が聞こえた気がした。
一体誰が言った言葉なのだろう。少なくとも今世ではない。
煮えたぎる嫉妬に身を任せそうになるのを必死に押さえ込む。
ルシオはもう一度気を引き締め、魔力操作を繰り返し、一日の終わりに、気持ちを静めるために内観をするようになった。
――今日は嫉妬はしなかった。欲にも塗れなかった。今ある己を見つめ、今出来ることを精一杯した。
「良し!」
そうやって過ごす数ヶ月の内にルシオの心も次第に落ち着いてきたのだった。
アレハンドロは、ミゲル魔導師の屋敷に暫くやっかいになることにしたようだ。
これは、パブロ魔導師とミゲル魔導師が話し合い、ルシオの感情に配慮したためだった。
ミゲル魔導師のところには、二人の年長の養い子がいる。
もう直ぐ魔導師見習いとなる養い子達だ。アレハンドロは彼等と共にダンジョンへ行って鍛えるのだという。
――アレハンドロは、念願の戦闘魔導師に一歩近づいたんだな。
ルシオは、パブロ魔導師の屋敷で独りぼっちで勉強することになった。
「ルシオ、お前が編みだしたモノクルや集音器だが、あれは使える魔道具だ。もう少し作り込んで、新たな魔道具として登録してみないか?」
「えっ? はい。やってみます」
「そうか、素材は用意する。心行くまでやってみなさい」
やることが出来て、ルシオは何とか落ち込んでいた気持ちを立て直すことが出来た。
パブロ魔導師は、ルシオを哀れんで、この様な提案をしたのは分かっていたが、焦ったところで身体が成長しないことにはどうしようも無いのだ。
ルシオはその後、魔道具の研究を一年続けることが出来た。その間少しずつ身体が成長して行った。
※ ※ ※
「ルシオは後衛だ。だが五メートル以内には、いるようにな」
今日の指導はミゲル魔導師だった。
昨日突然ルシオにもダンジョンを経験させることに決まった。
ルシオはもう直ぐ十二歳になる。
日々の努力が実り、少しだが身長も魔力も大きくなった。規定の十五歳まで待たなくて良くなったが、何となく納得いかない。
――僕はまだ、哀れに思われているのかも知れない。
折角納得して、待つと決めたのに、また心が揺れそうになる。
だが、ルシオは――親切で言ってくれているのだから――そう考えることにした。
ルシオは魔力が致命的に減って仕舞ったことはミゲルも分かっている。
事前にパブロと話し合い「十歳では幼すぎる。余りにも危険だ」そう結論付けていた。
一時は居残りさせる方向で進んでいたが、ルシオが大人しく努力を続けている姿を見て、何とかしてやりたいと思うようになった。
『確かに身体が小さいままだと今後に差し障りがある。ルシオの決断に間違いは無いのだろうが、アレハンドロといつも一緒に歩んできたのだ。今更後退させるのには忍びない』
アレハンドロと年は違えど競り合ってきた仲だ。
師匠達は、少し成長してきたルシオも一緒に鍛えようと考え直したのだった。
ダンジョンで戦闘に参加するだけでも、魔力が育つ。
「もし機会があったら攻撃しても良いからな」
「……はい。足手纏いにならないよう気を付けます」
ルシオはもう情けない自分との折り合いを付ける事が出来つつある。
諦めとも違う、覚悟とでも言えば良いか。
――人と比べて何になる。自分は自分だ。
「ここは火の迷宮と呼ばれている。階層は二十階。今日は五階層まで行く。浅い階層でも魔物は手強い。気を引き締めろ」
魔物の事はアレハンドロから聞いた。
地上には居ない不思議な見た目の生きもの。
その魔物が魔水晶を胎内に持っているのだという。
魔物は暗い体色をしている。そして目が禍々しい暗紅色で、倒されると魔水晶を残して消えてしまうそうだ。人型も獣に似たものもいて、様々だそうだ。
――まるでゲームみたいだな。
「俺は、何度もここへ来て魔物を倒したんだ。魔力は大きくなった。ルシオもきっと大きくなるさ」
アレハンドロは、身体もまた成長している。ほとんど大人と変わりない。大きかった魔力が更に成長したのだ。
魔力が大きいと身体が大きくなると言うのは本当の事なのだろう。
――せめて、普通の人と同じくらいは成長したい。僕の目標はそれだ、僕も頑張るぞ!
火の迷宮の魔物は比較的倒しやすいという。
「魔獣も魔法を使うのですか?」
「使うものもいるが、この浅い階層には居ないな」
迷路のような通路を進んで行く。右、左、左、真ん中と迷い無くミゲル魔導師は魔物を蹴散らしながら歩いて行った。
その後ろにはアレハンドロ、更に後ろにルシオが続く。
ルシオの後ろには、ミゲルの養い子の二十一歳と二十二歳の魔導師見習い達が守ってくれていた。
そして時々ルシオに話しかけてくる。
「アレハンドロは、今までの魔導師にはいないほど魔力が大きいそうだな」
「え、そうなんだ。大きいとは思っていたけど、それほどなんだね」
「ああ、だけど気落ちなどするなよ。ルシオは優秀だと聞いた。これからもっと成長するさ」
「……ッそうなれるように頑張るよ」
見習い魔導師達は身長と同じ長さの杖を持っていた。
杖の先には宝玉が着いていた。ウゴが作っていたのと同じ物だ。
壁から湧き出た魔物を素早く「風刃」で仕留めていく。
魔物が落す魔水晶を拾うのはルシオだ。こんな事をしてでも魔力の成長が出来ると言うのだ。どのような仕組みでそうなるのか聞いて見た。
「始めに、魔力を流し合っただろう? あれは俺が倒した魔物でも、ルシオに経験値が入るようにしたんだ。だから君は何もしなくても良いんだ。俺らが総てやるからさ」
「そんな不公平な……」
「いや、不公平とかでは無いんだ。オレ達もこうして貰った。君が成長して、これから来る養い子にまたそれをしてやる。そうやって廻っていくんだ。申し訳ないなんて考えなくて良いからな」
「……はい。ありがとう」
「お、丁度良い魔物が出た! ルシオお前もやってみろ」
「……ふ、風刃!」
狙いは良かったが魔法が当った瞬間弾かれるような感覚があった。「風刃」は魔物の頭をかすって消えた。
三十センチメートルはある黒々としたダンゴムシが触覚を切られて、くるくるとそこいらを転げ回る。
ルシオは今度は剣を抜き、剣でとどめを刺した。
「か、堅いな」
「よくやった、初めて倒したな! 魔物は堅いだろう。風刃はもう少し魔力をこめれば威力が出る。次に試してみろ」
「はい!」
「剣も使うとは。有効的だな、魔力が切れても剣なら何とかなる。良い判断だ」
ミゲル魔導師にも褒められルシオは一気に気持ちが明るくなった。
――アレハンドロと一緒に剣術の訓練をしておいて良かった。
アレハンドロが、ルシオを見ながらサムズアップする。ルシオもお返しに拳を突き出して答えた。
それからも魔導師達は、宝玉の付いた杖を翳しながら、迷宮の魔物を倒していくのだった。
ルシオはその後を歩き、魔水晶をひたすら拾った。




