7 魔力操作免許皆伝
「ルシオ、俺の方が早いぞ。そう思わないか?」
「うん、そう思う。でも、持続時間は僕の方が長いよ!」
二人は第四の魔力操作が出来つつあったが、まだ免許皆伝にはほど遠い。
「師匠のは凄かったな。あれ、本当に半日続けられるのかな」
「分からないけど、早さを問題にし無ければ、僕は半日くらいなら余裕だ」
「早くなければ意味が無いだろう。高速思考が出来ていないって事だ」
「…………」
確かにルシオはのんびりなところがある。早さを求められることは不得手だった。じっくり取り組むことは得意だったが。
「俺とお前、二人が合さってやっと免許皆伝だな」
「フフ、そうだね、でこぼこコンビかも」
「チビとデカか?」
「チビって言わないで! 僕はまだ八歳だ。もう直ぐ成長期に入る。そうなったら大きくなる!……はず……」
ルシオは未だに痩せて小さかったが、アレハンドロは益々大きくなっている。
「そうかもな、そう言えばお前まだ八歳だったな。じじいみたいだから忘れて居た」
――じじいって……酷いな。
「ルシオの親は背が高かったか?」
「そうでもない、でもお兄ちゃんは大きかった。きっと僕も大きくなる……気がする」
「大きくなるには身体を鍛えた方が良いんだぞ。良く身体を動かせば、腹が減って沢山食える。ルシオは食も細いだろう。お前いっつも本ばかり読んでいるからデカくなれないんだ」
アレハンドロに言われて、ルシオはハタと思い当たった。
――そうかもしれない。身体を鍛えなければ、例え背が高くなれたとしても、もやしみたいになる。このままではダメだ。
「アレハンドロ、今から鍛えても間に合うかな」
「お前……まだ八歳だぞ。十分間に合うさ。やるか?」
「うん、やる! 教えて」
「おお、任せておけ。身体を使うのは得意中の得意だ」
ルシオが身体を鍛え始めた頃、新たな教科書が彼等に与えられた。
魔法陣に関するものだった。ルシオはむさぼるように読み込んだ。
「そんな小難しいもの、よく読めるな」
「面白いよ。ウゴのところで使っていた魔法陣とは全く違う。凄く細かくて……あれ?」
「ん? どうした」
「おかしいよこれ、空というのがある」
「なにがおかしい? 空があってもいいんじゃないのか。周りには空気があるんだからさ」
「アレハンドロ、魔法の属性は、火、水、風、土、光、闇だよ。空なんて無いはずだ」
「ああ、そう言えばそうだったな。でも描いてあるんならあるんだろう。お前は考えすぎだ。素直に暗記するだけで良いんだ」
「アレハンドロが言ったことがもし真実なら、七属性があると言うことにならないか?」
「……アーッ! めんどくせぇ性格だな。考えるな、素直に感じろ!」
「……そんな適当なこと……出来ないよ」
ルシオは、以前自分が編みだした土を想像する方法は封印している。その代わり魔導師達がどのように土を作るのかを学び直し、それを実行しているのだ。
土を作るには沢山の成分を分析しなければならない。
いい加減なアレハンドロが、何故すぐに土魔法を発現出来たのか未だに疑問だったが、若しかしたら彼は知らず知らずのうちに想像で作っているのでは無いだろうか。
――アレハンドロは、天才肌だもんな。何でもすぐに出来てしまう。
魔法陣には、魔導師達の顔に刻印されたものが細かく記載されても居た。
「あ、これ、パブロ魔導師の右目にあるのと同じだ」
「え、どれどれ……これは、鑑定の魔法陣か!」
「魔導師達が、何故成分分析できていたのか分かったね」
「そう言えば錬金魔導師のほとんどがこれだったな」
「戦闘魔導師は? どんな魔法陣がある?」
「ミゲル魔導師は鑑定の魔法陣だ。可笑しいな……」
「他の戦闘魔導師は知らないの? アレハンドロは」
「余り見たことは無いが、そう言えば耳の周りにあったのを見たことがある」
二人はそれから食い入るように魔法陣を見ていった。
結論としては、魔導師達の魔法陣はどれも似て居ると言うことだった。違いは僅かしか無い。
「基本、その部分に魔力を集めやすくなると言うだけのようだな」
「そうだね、態々入れ墨までしてやることなのかな……」
「一部分に魔力を集める……そうすれば俺にも鑑定が出来そうだ」
教えられてもいないのに、二人は目に魔力を集めて、側にあった花を見てみた。
あんなに緻密な魔力操作が出来るのだ。魔導師達は顔に入れ墨などしなくても出来るはずなのだ。
「何となくハッキリ見える様になった……か? 細い筋が見えてきたぞ」
「僕には様々なものが見えるけど分からない物が多いな。これは……」
――これは顕微鏡のようなものだ。ピントを合わせるのが難しい。見ることは出来たが、知識が無ければ成分が何であるか知ることが出来ない。
ルシオは、顕微鏡というワードが突然湧いてきたので、これは前世の記憶なのだと一人納得した。
「凄く疲れるな、これ」
ルシオも同じだった。集中力が削られる。
「多分魔導師達は入れ墨の補助で容易に出来ているんだと思う」
「入れ墨なんて入れたくないけど、こんなに疲れるのなら仕方がないのかもな。お前は錬金術をやるなら、目に入れ墨を入れた方が良いのでは?」
「戦闘魔導師だって入れ墨している。アレハンドロだってそのうち必要になるのでは?」
「出来れば目立たない場所に入れたいな。耳とか」
「耳に入れたとしたら、聞こえが良くなるとか?」
「……アーッ! そうか、危険をいち早く察知出来そうだな。俺はそれに決めた!」
――これは以前読んだ漫画に出てきた”スキル”に似ている。
ルシオは、またまた湧いてきた考えをそれとなくアレハンドロに伝えた。
「スキル? 特殊技能みたいなものなのか。入れ墨は、鍛えようが無い技能の補助的なものなのかもな」
――入れ墨は入れたくないな。モノクルを加工するとか、集音器のような魔道具を作れば代替えになりそうだ。
ルシオは、魔法陣を写しとり、その内作ってみようと思い立った。
魔力操作はまだまだ免許皆伝とはならなそうだし、これは長く掛かるものなのだろう。
アレハンドロも、この頃はダンジョンへ行くのは諦めたようだった。
「焦らなくてもその内いけるんだしな」
「そうだよ、もしこのまま僕がダンジョンへ行ったら、絶対怪我をする気がする。下手をすると死んじゃうかも」
「お前はもっと鍛えた方がいいな。ルシオ、剣術の稽古の時間だぞ」
「うん! 今日もよろしく」
ルシオ達が魔力操作の免許皆伝になったのは、それから二年後だった。
「よし、出来ているな。このままどれくらい続けられるかやっていなさい」
パブロ魔導師が、ルシオ達の魔力操作に合格を出した。
――まさか、十五歳前の子どもに出来てしまうとは。これは、期待できそうだな。
パブロはミゲルと一緒にルシオ達の魔力操作をじっと観察している。
ルシオ達は、ここへ来たときとは随分変わった。アレハンドロは落ち着き、ルシオは子どもらしくはしゃぐこともするようになった。
「良い結果だったのでは? やはり学友は必要だな」
「ああ、我々の時とは違う。私などは十歳からずっと師匠と二人きりでいたな。魔力操作に合格を貰ったのは二十歳になってからだった」
「私も似たようなものだ。今は養い子が多くいるから、彼等にとっては良い環境なのだろう」
「しかし、まだ続けられるのか、あの二人は……」
「早さも申し分ないが、いくら魔力が多いと言ってもよく続くな……! ルシオはどうして出来ているんだ?」
「だから言っただろう、彼奴の魔力の練り方は我々とは違うと」
「そうだった、アレハンドロと一緒に何でも熟すから、普通に思っていたが、確かに変だ」
ルシオ達は規定の半日を大きく過ぎた頃、辞めても良いと言われた。そして合格だと言って師匠達は部屋を出て行った。
「良かった。もう魔力が持たなかったよ」
「僕も……」
「嘘つけ、お前はまだまだ平気だろう。俺に気を遣うな。もうガキじゃァ無いんだ、今更へそなど曲げるか」
「うん、でも、合格貰えたね」
「おお、これでダンジョンへいけるな!」
ダンジョンへ行くにはまだ暫く掛かるだろう。
ルシオに合う防具が無いためだ。防御のローブだけでは防ぎきれない危険があると言うことだった。
子どもの身体に合う防具など無い。アレハンドロは兎に角、ルシオはまだ小さい。
「僕はいいから、アレハンドロは行ってきなよ。何時でも連れて行くとミゲル魔導師は言ったんでしょう?」
「おい、ルシオ。お前まだ弱虫が治っていないな。一緒に行くと約束しただろう」
「……ッ! 分かったよ。行くよ。でも、防具が出来るまで待つことになるよ」
「今まで待ったんだ。あと一ヶ月くらいなんてことないさ」
初めはギクシャクしていた二人だったが、この頃は双子のように仲が良い。
ルシオは、開いた一ヶ月の間、アレハンドロに魔道具を作ってやろうと思っていた。
今まで入る事が許されなかった部屋に入る許可が下りたのだ。
そこは錬金部屋だった。
――パブロ魔導師も錬金術が出来ると言う事なのか? それとも、以前の神官魔導師が使っていた部屋だろうか?
どちらにしてもルシオにとっては幸いだった。
予てより頭の中に構想していたものが形になるのだ。
「まずは鑑定のモノクルだ。その後に補聴器タイプの集音器、そして僕の魔力の開いた穴を塞ぐための結界の膜だ」
ルシオがおかしな魔力の練り方をしていると、パブロ魔導師に知られてしまった。
パブロ魔導師が鑑定した結果、ルシオには、魔力を被っている膜に穴が開いている特異体質だったことが分かったのだ。
「君はその開いた穴から周囲の魔素を吸収出来るようだが、それは身体に負担が掛かっているはずだ。魔力が成長出来ないのは魔素の不純物を消すために力を使っているせいかと思われる。過去にも大魔導師にいた特異な体質だな。魔法の発現には全く問題は無い。このままで構わないだろう」
魔力が成長すれば、身体も大きくなる傾向がある。アレハンドロがそうだ。
それを知ったルシオは、自分がいつまでも小さいのは穴が開いていたからなのだと初めて知った。
外から取り込む魔素には不純物が混入している。それを身体のどこかで浄化、若しくは燃焼しているために。体力を使っていると言われた。
「魔力はともかく、身体がこのままチビだなんて、絶対に嫌だ!」
既存の魔法陣を少しだけいじれば完成する。ただ、問題は魔水晶だった。小さくて純度の高い魔水晶を用意しなければならない。
「お小遣いだけでは足りない。ウゴのところで貰ってこようか」
切り取った後のくず魔水晶を貰えないだろうか。
ルシオには、他に知っている錬金術師はいなかった。
外出嘆願を出して何とかウゴの家に行くことが出来た。
久し振りのウゴの家には、新たな養い子がいた。
「あ、ルシオじゃないか。どうしたんだ?」
「ウゴ、くずの魔水晶を貰えないかと思ってきたんだ」
「ああ? くず魔水晶が欲しいのか? 変わってるな、くずなんか細かく砕いてインク屋に卸してしまうんだが、まあ良いよ持っていけ。その代わり浄化していないものだけどな」
「ウンそれは僕が出来るから。そのお礼に手伝っていくから」
「お、助かるぜ。今度来た養い子はまだまだ使えないんだよ。もう二年も魔力操作をやっているんだから、全くできてないんだ。お前とは雲泥の差だ」
魔力もそれほど大きくは無いそうだ。このまま錬金術師として鍛えていくという。
ウゴは、実は魔力が大きい方なのだという。だが、勉強が余り得意では無く、魔導師の弟子を十五歳までやったが諦めて錬金術師として生きて行くことにしたそうだった。
魔力が大きいだけでは魔導師にはなれないという典型だった。
ウゴの処から持ってきた魔水晶は大きいものでも二センチメートルに満たないものばかりだった。
これを真円球にするには無理がある。円は魔力効率が一番良い形だけど、方向性を持たせるだけなら三角錐でも良いはずだ。
三角錐にするための魔法陣は持っていないため、手で地道に削るしかないだろう。
魔水晶は何とか加工できた。その後、蒸留水に漬け込み雑味を取っていく。
緻密な魔力操作が有れば、魔法精製水でも十分だったが、小さな魔水晶だ、なるべく雑味は排除したい。
面倒な蒸留水作りでも、ルシオにとっては愉しい作業だった。
魔水晶をつけ込んでいる間に、ガラスを作り出しそれに魔法陣を刻む。
一センチメートル程の小さな魔水晶に魔方陣を描いた。
それをモノクルの中心に設置した。数回だけ使えれば良いだけの簡易的なものだった。
出来上がったモノクルを付けてみる。モノクルのサイドには微調整できるつまみを付けたので、拡大はある程度出来る。
「おおー、見える。魔力の流れまで見えるんだ。凄いなこの魔法陣は」
自分に魔法陣を入れ墨すれば、もっと使い勝手が良いのだろうが、今はこれで十分だ。
同じように補聴器タイプの集音器を作る。
これはアレハンドロにプレゼントするものだ。土魔法で形を作り魔法陣を刻む。小さな三角に加工した魔水晶を数個埋め込み、長く持つようにした。
「このままでは動けば落ちてしまいそうだな。アイパッチのように紐を付けた方が良いかも」
集音器も出来上がり、最後の一つが一番問題だ。
結界の魔法陣はあるが、これをそのまま作っても意味は無いのだ。
「僕の身体の中の魔力を逃がさないようにするには、薄い腹膜のようなものにしなければダメだろう」
目的は外圧から自分を守るのでは無く、外に漏れ出さないようにすることだった。
モノクルを付けて自分を見る。不思議だが、鏡など見なくても自分の魔力の流れが分かるのだ。
「あ、ここに穴が開いている。ここにも……」
三コほど、小さな穴が開いていた。一つだけではなかったようだ。だが沢山穴が開いていたわけでも無い。
「結界は意味が無いかも知れないな」
ルシオは、結界は辞めることにした。穴に蓋を付けるイメージで創造することにしたのだ。
「創造魔法は使わないと決めていたけど、背に腹は代えられない」
蓋がいつまで持つか分からないが、身体が大きくなるまで持てば良い。そう考えながら創造したのだった。
「出来た!」
だが、今まで出来ていた魔力操作は時間が極端に短くなった。気落ちはしたが、予想していた結果だった。
「身体が大きくなるまでの辛抱だ。魔導師になれなくても良いんだ、僕は」
元の魔力に戻っただけだ。これからは多分、魔力だって成長出来るはずだ。
それからのルシオは終わったはずの魔力操作を再び遣り直すようになった。
「何で、お前……出来なくなっちまったのか?」
「うん、魔力を取り込まないようにした。だから僕の魔力は小さいままなんだ」
「……アーッ? なんて事するんだお前は。折角凄い体質だったのに。勿体ないだろうが!」
「身体が成長するまでの辛抱さ。その頃には蓋が消えるはず……それより、これ作ってみたんだ」
アレハンドロに補聴器を渡すと凄く喜んでくれた。




