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6 祭事

「もうすぐ十年に一度の祭事があるって言うのに、こんな事をずっとしなけりゃぁダメなのか!」

アレハンドロが、新たな魔力操作に手間取って、イライラし始めた。

ルシオは、仕方なくアレハンドロの機嫌を取ることにした。


「これができれば、今度こそ魔法を使う講義になるさ。パブロ魔導師は、祭事が終われば手ほどきすると言っていたじゃ無いか」

「魔法はもう出来るんだ。こんなしみったれた魔法なんか嫌だ。俺はダンジョンへ行きたい」


彼等がやっている魔力操作は、難しかった。

右手の中指から水を出しながら床に付く前に消し、左手の親指に点した火も維持しなければならない。

――多分これは並列思考を鍛えている。本に載っていた。

ルシオは、この先の第三段階の魔力操作も知っている。

第三段階は火水土風を四本の指に発現させ、それを出来るだけ長く維持しなければならないものだった。


魔力操作は、その先の第四段階まであるのだ。

第四段階は高速思考を鍛える為のものだと本に載っていた。


――そんなこと出来る気がしない。だけど、やれと言われるだろうな。アレハンドロは、我慢できるだろうか? まだ第三も第四もあるのに……。


祭事の準備で大神殿はいつになくざわざわしている。祭壇のある礼拝堂からかなり離れたここまで、気配が伝わってくる。

それに気を取られるせいで、アレハンドロの集中力が続かなくなる。

「ああっ! 消えてしまった。もうやめだ! 俺は走ってくる!」


 う言ってアレハンドロは、大神殿の礼拝堂の方向へ走って行ってしまった。


――午前中一杯は、魔力操作の時間に充てているのに、またアレハンドロは、サボりか。


ルシオは仕方なく一人で魔力操作を続けることにした。

「一緒に競う相手がいないと張り合いが無いな……」


一人で魔力操作をしていると、そこへミゲル魔導師が突然やってきた。つい一昨日来たばかりなのに何かあったのだろうか。


「オオ、やってるな。どうだ、大変だろう。あれ、もう一人はどうした」

「……トイレかな……」

「ふん、さぼりか、まあ良い。ルシオ、どれだけ出来るか見せてみろ」


たった二日やっただけだ。まだ五分も続かない。

「……出来てるな。そうか、ではお前は第三段階をやって良いぞ」

「でも二時間は続けて出来ていないです」

「ああ、それは良い。兎に角第四まで出来る様になったら、その後は半日続けることが出来る様にならなければならい。やり方は……お前知っているな」


眼光鋭く言い切られて、ルシオは頷くしかなかった。

「お前は本の虫だ。知っていて当たり前だ。それに引き換えアレハンドロは、落ち着きが無くていかん」

「あの……アレハンドロは、ダンジョンへ行きたがっています。一度だけでも良いから連れて行けませんか? そうすればまたやる気が戻ります」

「お前はどうなんだ? お前もダンジョンへ行きたいのか?」

「僕は……戦闘が怖いです。だから行きたくありません」

「それはいかん。お前もそのうち行くことになる。ダンジョンで鍛えれば、魔力が成長するんだぞ」

「……僕は……成長はしないと思います」

「何故そう思う? お前は魔力さえ大きくなれば神官魔導師も夢では無いぞ」

「僕は神官になれなくてもいいんです。出来れば錬金魔導師になりたいです」

「そうなのか?(……全く、上手く行かないものだな。)そんなこと言っているとウゴの処に返されてしまうぞ」

「え、帰っても良いんですか?」

「……そう来たか……いや、まだダメだ。パブロが決めることだ。兎に角、第四まで頑張れ。そうすれば錬金術をやるにしても助けになるのだ」

「……ッ! そうなんですか、僕、頑張ります!」


パブロ魔導師が頭を抱えてしまう事態になっている。

有望な弟子達が、誰も神官になりたくないようだ。神官不足を打破することは中々難しそうだ。

確かに神官は旨みが無い。

常に神に祈り、各地を廻って裁判し、処罰までする仕事だ。貴族達には恐れられ、嫌われる仕事だった。

人を裁くには自分を常に律しなければならないのだ。

出来ればやりたくない仕事だった。

ミゲルも神官の資格はあるが、戦闘魔導師としての仕事が主だった。これは、命の危険に晒される仕事だ。

ルシオが言ったように錬金魔導師が一番旨みもあるし、危険も無いだろう。


ミゲルが帰ろうとしているところにアレハンドロが帰ってきた。

サボりが見つかって、ばつが悪そうな顔でオロオロしている。

「アレハンドロ、サボってばかり居るとルシオに越されてしまうぞ。ルシオはもう第三段階まで進めるようになったぞ」

「ッ! 嘘だ。俺と同じくらいじゃないか!」

「そうか? なら見せてみろ。もし出来たら、次に進んで良いぞ。第四まであるのだからな。それが出来れば念願のダンジョンへ連れて行ってやる。出来たら、だがな」

「また、そんなこと言って騙すんだろう」

「師匠に向かってなんて口の利き方をするんだ。アレハンドロ!」


ルシオは気が気では無かった。だが、ミゲル魔導師はそんなことは気にしていないようだった。

「まあ、前回はだまし討ちみたいな真似をしたがな、今回は本当に連れて行くぞ」


それを聞いて俄然やる気を見せ、目を輝かせるアレハンドロだったが、まだ半信半疑のようだ。


「……十五歳にならなくても?」

「ああ、お前達は出来が良いから大丈夫だろう。その代わり、きちんと魔力操作をやってみろ。そうすれば、魔法の威力が上がるし危険は少なくなる。ダンジョンは危険なのだからな。」

「分かった! 俺、頑張ります!」


――やれやれ、子どもを育てるのは難儀なものだ。おだてたり賺したりしなければならない。


アレハンドロに、第三の魔力操作の仕方を教え、仕事に戻っていくミゲル魔導師だった。


祭事の当日、ブルホ市国は賑わいを見せていた。

普段の倍の人口だ。外街から選ばれた人々が着飾って、大神殿へ向かい歩いて行く。

ルシオが考えるお祭りとは違い、落ち着いた雰囲気だった。


――祭りではないんだな。出店もないし、神殿に参拝するだけだなんて、何となく物足りない。


五百人ほどの選ばれた人々は神殿へ入って静かに立って、次に行われる祭事を心待ちにしていた。

他の有象無象は、開け放たれた大神殿の外で跪き、お祈りのような格好をしていた。

暫くすると大きな魔水晶の前に年老いたホルヘ神殿長が、下級神官を従えてゆっくり立った。


「外街よりここに集いし民よ。十年の間我らブルホ神を讃え、守り続けてきた信仰深き民よ、よくぞ再びここに集った。これより其方らに祝福を授けよう」


側ではパブロ魔導師が、祭事に使う宝珠を掲げ持った。この十センチほどの宝珠は少なくなった魔力を補給する物だ。

礼拝堂には、香が焚かれ雅な香りが漂っている。

そこへ両目が白く濁り、全く見えない人だろう住民が、一人連れてこられ、神殿長の前に跪いた。


「光から遠ざかりし御子よ心して神の御業に感謝せよ――光の御手よ、闇を払い給え。失われし視を、ここに戻し給え――」

そう言って神殿長は、掌に魔力を集め盲人の頭に翳す。


暫くして盲目の人の目が焦点を結び、キリッと見開かれ、感動に打ち震え始めた。

その後は次々と病人や片腕の無い人や聾唖者などを治癒して行く。

パブロや、ミゲル、その他、治癒魔法が使える魔導師達が外街から来た住人達を癒やしていった。


魔力が減れば、それぞれが持つ宝珠から魔力を補給し、一時も休むこと無く粛々と遂行していった。

後で話に聞いたところ、外街にも魔導師が出張って、治癒魔法を行使したのだという。


十年に一度の大盤振る舞い。

この治癒は、本来とてつもなく大金が掛かるものだ。これは、祭事と言っているが、実のところは日頃世話になっている外街の住民達への感謝の印と言ったところか。


ルシオは、魔導師達が住民達をとても大切にしているのだと、この時、改めて思った。

王都や、他の地域では神殿は忌避されている。この小さなコロニーでしか魔導師は敬われていないのだ。


一体どんな災厄が過去にあったのだろうか。

国中から阻害され、戦争時には便利に使われ、それでも頑なにこのブルホを守っている魔導師達。


癒やす住民は前もって決めていたようだ。それらの審査にも時間が相当かかっただろう。


――パブロ魔導師が忙しかったわけだ。いくら魔導師が治癒をすると言っても、一日で総ての人を癒やすのは無理な話だ。


治癒をしても見込みの無い物は弾かなければならないだろうし、反対に薬で治せるような軽すぎるものも弾かねばならない。


「大変だったんだな。パブロ魔導師は」

アレハンドロでも、その大変さは感じたようだった。


祭事も終わり神殿は平時に戻りつつあった。

パブロも少しは時間に余裕が出来、弟子の教育に本腰を入れ始めた。

「では第三の魔力操作を見せて貰おう」

ルシオとアレハンドロは、、緊張しながらパブロに魔力操作をして見せた。


「フム。出来ているな。これほど短い間で出来るようになれたとは。大したものだ。では第四に移るか」


パブロが、右手を出し四本の指にそれぞれ、火水土風の小さな魔法を発現させる。

それを左の指に移し替えていく。初めはゆっくりだったが、次々と魔法の位置が変わり、目にもとまらぬ早さになっていく。

ルシオとアレハンドロは、それを呆然と見つめるばかりだ。


「この魔力操作は、高速思考を鍛える。これができるようになれば、いち早く魔法を発現させ、魔力効率も良くなるのだ。さあ、初めはゆっくりで構わない。暫くしたら段々速度を上げて、それを半日持続できれば、魔力操作の免許皆伝と言うことだな」

「……あの、魔導師はみんな出来ることなんですか?」

「当たり前だ。()()魔導師にとっては初歩、これくらい出来なければ神官魔導師にはなれない。いくら魔力があったとしてもな」


二人とも、出来る予感は全くしなかった。

パブロが仕事へ出かけ、二人きりになると、

「俺、魔導師は諦めようかな……」

「僕も、神官魔導師は絶対に無理」

ルシオも同じだ。自信など全くなくなってしまった。

だが、そんなことは許されるはずも無い。兎に角やるしか無いのだ。


それからの一年間、二人は魔力操作ばかりを毎日やり続けることになった。

いつの間にかここに来て二年弱が経っていた。ルシオは八歳、アレハンドロは十二歳になった。




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