5 ミゲル戦闘魔導師
アレハンドロが、緊張しながらも、待ちに待ったミゲル魔導師がやってきた。
ミゲル魔導師は、普段は大神殿の外側にある屋敷に住んでいるという。
大きな屋敷で、使用人を五十人以上抱えているらしい。
「やっと暇が出来た。さあ、お前達の勉強の成果を見ようか」
そう言って出されたお茶をごくごくと飲み干して、次から次へと質問をして行く。
殆ど答えられたが、たまに戸惑って口ごもるアレハンドロ。それを受けてルシオが代わりに答える。
「うん、よく勉強しているな。二人とも頑張った。ご褒美にダンジョンへ連れて行ってやる。ただし、来月まで今教える魔力操作が出来たら、だがな」
水魔法で、少しずつ水を出して二時間維持出来れば合格だそうだ。
「こういう風に止めどなく、石清水がちょろちょろ湧き出す感じでやるんだ。さあやってみろ。ただ、出した水は床に落ちる前に消すんだぞ」
そう言ってミゲルはお手本をしてみせる。
ミゲルの中指から一筋の水が流れ、床に付く寸前で消える。中々難しそうだ。
水を出すのは簡単にできたが、途中で消すのが難しい。
何度やっても床を濡らして仕舞ったり水が途中で途切れたりするのだ。
ウゴが教えてくれた魔力操作など児戯に等しかった。
「まあ、初めは皆こんなもんだな。では、私はこれで帰る。仕事が詰っているからな」
そう言ってミゲル魔導師は、一時間もいないで帰ってしまった。
それから毎日、アレハンドロとルシオは魔力操作の練習を続けることになった。
「ちぇっ、魔力操作なんて何にも面白くない! 大きな火の攻撃魔法だって俺は出来るんだぞ。今更こんな初歩をやって何になるって言うんだ」
そう言ってはいるが、彼は練習を一生懸命頑張っている。憧れの魔導師にダンジョンへ連れて行ってもらいたいからだ。
アレハンドロは、ルシオにはダンジョンへよく行っていると言ったが、実は一度だけしか行ったことはなかった。
養い親の戦闘魔法兵に、魔力操作の訓練をしたくないとごねたら、連れて行ってもらった経緯があった。
「本当はダメなことなんだ。内緒にしておけよ」
そう言われていたのだ。魔力操作もろくに出来ていなかった頃だ。それを頑張らせるための苦肉の策だったのだろう。
ルシオを見ると、上手に水を出し、そして消している。
まだ三十分しか持続できないが、アレハンドロは、まだ一分も持続できていなかった。
――クッソーッ! 絶対負けないからな。
ルシオは彼にとってライバルだ。小っこいくせに物知りで、そのくせ当たり前の、誰もが知っていることが分かっていない変な子どもだ。
だが、落ち着いていて、頼りになる奴だった。
やっている内に魔力が乏しくなってきた。フラフラになっていると、ルシオが、
「少し休もうか。疲れてきたね」
ちっとも疲れていそうに無い顔でそう言うのだ。
――こいつの魔力は俺と変わりが無かったはずなのに、全く普通にしている。どうなっていやがる!
「お前、魔力が良く持っているな。やり方が俺とは違うのか?」
「…………僕の魔力操作は、自己流だから。言っても理解できないと思う」
「良いから、教えろよ。狡いぞ、自分だけ知っているなんて!」
「教えるのは構わないけど……後で、パブロ魔導師に叱られるかも」
「黙っていてやるからさ」
「……分かった」
ルシオが教えてくれた方法は、自分の周り、外から魔素を取り込む方法だった。
アレハンドロは、教えられた通りやってみたが、自分の外から取り込むことは出来なかった。
何度やってみても身体の外から入ってくるという感覚が分からない。
自分の魔力ならハッキリ分る、身体の隅々まで行き渡っている魔力。それを中心に集めるだけだ。
初めは出来なかったが一度出来てしまえば簡単にできた魔力感知だった。
だが、ルシオは自分の魔力は少ないから、外から持ってくるのだという。
外の魔素と、自分の魔力は性質が異なっているのに、どうすれば取り込めるのだろう。
アレハンドロは、思った。
――周りには雑多な魔素が大量にある。それを自分に取り込めれば凄いことになるのでは?
だが、アレハンドロには出来なかった。身体が跳ね返すというか拒否しているというかそんな感覚があった。
ルシオは、アレハンドロに一所懸命解説してくれる。
「身体の中心に固めて、それを解かせば魔力に変換されるようなんだ」
そう言って教えてくれるが、身体に取り込むこと自体が出来ない。
これはルシオが特異体質だから出来る技なのではないのか?
「ルシオ、俺には無理だよ。でも、お前はもしかしたら、無限に魔力を生み出せるんじゃぁないのか?」
「そうかな、試したことは無かったけど。理論上では出来るかもね」
そう、なんでも無いことのように言うのだった。
――若しかして、こいつ化け物か。ルシオがこの大神殿に来たのは必然だったんだな。
心ではそう思っていたが、負けず嫌いのアレハンドロは、そんなことはおくびにも出さず、また魔力操作を頑張るのだった。
一ヶ月後、ミゲル魔導師が来たが、まだ魔力操作は出来ていないと知ると、
「そうだろうな、普通は半年かかって出来るかどうかと言うものだ。まあ、頑張れ。今日は土魔法の講義だ。よく聞けよ」
そう言って小難しい講義をべらべらとしゃべって、小一時間してまた帰っていった。
「クソッ! 騙された感じだ。半年もこんな事を続けないとダメだなんて!」
「でも、これができれば、少し魔力が大きくなるっていっていたよ」
「え、そうだったか?」
頭に血が上って肝心なことを聞き逃していたアレハンドロだった。
※
あれから半年間頑張って、二人は魔力操作を何とか出来るようになった。
だけどルシオは、ミゲル魔導師が言った魔力を大きくする魔力操作をしても、保有魔力は大きくはならなかった。以前と同じ位なのだ。
「アレハンドロは、少し大きくなったようだね。僕は成長しない体質なのだろうか?」
そう言ったが、別に気落ちはしていない。
魔力は、使う分あれば問題ない。自分は周りから取り込めるのだから。
仮に、魔素が全くない場所へ行けば、ルシオは困っただろうが、ここにはタップリ魔素があるのだ。
この世界を探してみれば、どこかに魔素が無い場所があるかも知れないが、そこへ態々行く必要も無いのだから。
結局ミゲル魔導師はダンジョンへは連れて行くことはなかった。アレハンドロは、ミゲル魔導師に、
「何時ダンジョンへ連れて行ってくれますか?」
そう聞いたのだが、
「お前達が十五歳になるまでは無理だな」
そう返されてしまった。初めから連れて行く気は無かった、と言うことだろう。
「やっぱり騙されたんだ!」
「でも、そのお陰で魔力操作も出来たし、アレハンドロの魔力も成長出来たんだ。十五歳になればダンジョンへいける。急ぐ必要は無いと思うんだけどな」
「ルシオはダンジョンへ行きたくないのか? もしかして怖いのか?」
「うん、チョット怖いな。僕は行かなくても良いかも」
「けっ! 弱虫め。お前、そんなことでは魔導師になんかなれないぞ」
「成らなくても良い。僕は、錬金術師でも十分なんだ。でも、魔道具は作ってみたいから。ここでもう少し勉強したい……」
ルシオにとっては、ここは理想的な学び舎だった。
図書室にはウゴの処では考えられないほど本が溢れていた。沢山の本に囲まれ、何を読んでも良いのだ、然も、読む本の制約は無い。
教師がいなかったのはウゴの処でも同じだった。
寧ろ、自由な時間が増えたと言ってもいい。
不満顔のアレハンドロは、そんなルシオを見て『子どものくせに、じじいみたいだ』そう思っていた。
「ルシオ、偶に剣術でもしようぜ。相手をしてやるよ」
アレハンドロが誘ってみるが、ルシオは乗ってこない。
「剣術なんかして何になる? 僕は戦闘兵にはなりたくない」
そう言って相手をしてくれない。
――本ばかり読んでつまらない奴だ。
アレハンドロはふて腐れて、一人で鍛錬を続けていた。
養い親の、戦闘魔法兵に習った毎朝の鍛錬。頭を使うより身体を動かす方がアレハンドロの性に合っていた。
そんな日々を過ごしている内に、十年に一度執り行われる祭事の期日が一ヶ月後に近づいてきた。
パブロ魔導師が忙しいのは何時ものことだったが、この祭事の準備のせいで、今までにも増して忙しく一時も休む時間が取れなかったのだ。
平時にはブルホ市国に入る事が適わない外街の住民が、大神殿に入ることが許される。その人選、祭事の確認、外街にも魔導師を派遣し、日頃功労のある住民達に魔法を行使してみせる段取りなど多義に渡ってやることがあった。
ホルヘ神殿長は高齢のため、無理はさせられない。
総ての雑用がパブロ魔導師に覆い被さってくるのだ。
ミゲル魔導師は、忙しいパブロを手伝っていたが、彼にも戦闘魔導師の長として大きな責任がある。余り当てには出来なかった。
「パブロ、お前の養い子は中々出来が良いぞ」
「……そうか。それは良かった。で、魔力操作まで出来たのだったか?」
「ああ、第一段階の魔力操作は終わった。今は土魔法の発現にとり掛からせている」
「へえ、もう? 確かに出来は良さそうだ。アレハンドロは」
「おい、ルシオのことを忘れて居ないか?」
「ああ、もう一人居たのだったな。しかしルシオは魔力が少ない。あれは暫くしたらウゴ錬金術師に返そうと考えている」
「考え直した方が良い。もう一度、魔力検査をして見るんだな。若しくは魔力の発現方法を詳らかにする必要がある」
「魔力が急成長したか?」
「いや全く。だが可笑しいんだ。ルシオは本人の魔力の許容を超えて魔法を発現する。あれは私達とは違う魔力の使い方をしているのでは無いかと思っている」
「……違う使い方……か。確かに土魔法はそうだったが……今は時間が無い。何にせよ祭事が終わってからだ。時間稼ぎに第二段階の魔力操作でもさせておいてくれ」
「……それは酷では無いか? 延々と面白みの無い魔力操作ばかりだと子どもはふて腐れるぞ」
「それぐらいで根を上げるのなら、その者はそれ以上先へは進めぬであろう。神官には無理だな」
「戦闘魔導師か錬金魔導師に落すか?」
「本人が我慢できなければ、そうなるだろうな」
「……だが、このままでは神官候補がいなくなるのでは?」
「……頭の痛い問題だな。アレハンドロは、見込みがありそうか?」
「あれは戦闘魔導師向きだな。こらえ性が無い」
「そうか、なら諦めるしかあるまい」
――祭事が終われば一息つくことが出来る。自分の目で確かめることが出来る。
ずっと放って置かれた養い子の面倒を見ることが出来そうだった。




