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4 兄弟弟子アレハンドロ

ルシオが大神殿に来て三日経った。

その間ルシオには、何もすることがなく、パブロ魔導師とも顔を合わせることがなかった。


マヌエロ下位神官は、ルシオの身の回りの世話をするだけで、魔法を教えることはない。

「マヌエロ、君は、魔導師候補ではないの?」

「とんでもございません。私は魔力を持たない普通の人間です」

「……普通の人間……そうなの。でも神官なのでしょう? マヌエロは僕の近侍になる前は何をしていたの?」

「殆ど、神殿の雑用ですね。掃除をしたり、神官様のお世話をして過ごしております」

「君の出身は? 君も売られてきたの?」

「私は、外街の出身です。ここへは希望して参りました。両親とも敬虔な信者でしたので」

「信者……何の?」

「……神殿にはブルホ神が祀られております。ご存じなかったのですか? 十年に一度ここへは一般の参拝者が来る事が出来ます。九年前、私はここへ両親と一緒にその祭事に参加し感銘を受けました。それで神殿に入る決心をしたのです。来年はその神事が執り行われる年に当ります。ルシオ様ももう直ぐ見ることが出来ますよ」


――ブルホ神? 神が祀られていたのか。てっきり、ここは魔法の中枢で、あの水晶が魔導師達にとっての魔法の源、神の代わりなのだとばかり思っていた。


ルシオが育った王都では、神を信仰すると言う習慣はなかった。

神殿はあったが、家族の誰もそこへ行かなかったし、神殿も古びていて神官が数名しかいなかったようだった。

たった三年しか居なかったので定かでは無いが。

兄達に連れて行かれて神殿の側へ行ったことを思い出す。


『兄ちゃん、ここは何?』

『ああ、穢神(けがれたるかみ)の神殿だ。悪い子にしているとここに入れられるんだぞ』


兄達はそう言って、怖がるルシオを揶揄って笑った。

薄らと覚えていた前世の記憶では、年末年始には神社に行った記憶がある。

だから、この世界では宗教などの神信仰は無いのだと思っていた。


――穢れたる神……ブルホ神がそうなのだろうか?


それから数日後、パブロ魔導師がもう一人の養い子を連れてきた。

金髪、青い目の整った顔かたちの、十歳にしては背の高い少年だった。

ルシオは至って普通の顔かたちだ。茶色の髪色に薄金色の目。

然も平均よりも痩せて小さかった。


「アレハンドロだ。こっちはルシオ。お前達は兄弟弟子となる。お互い切磋琢磨し、立派な魔導師となるように、研鑽に励め」

そう言って、またすぐにパブロは出かけて行ってしまった。


後に残されたルシオとアレハンドロは、手持ち無沙汰でどうして良いのか途方に暮れてしまった。

アレハンドロにも近侍が付いた。彼の近侍は五十歳くらいのベテランだった。


彼の名前はパコと言う。

パコは、パブロから、今後の教育方針を預かっていた。

「まずは復習をして置かれますように、とのことでした。パブロ神官様はお忙しい身ですので、こちらへは滅多に来る事が出来ません。ですのでミゲル魔導師が一ヶ月に一度来て下さることになっております。それまではこの教科書を諳んじられるようになっていて欲しいとのことでした」


渡された本は、三センチくらいの厚さがあった。

――諳んじる? 暗記しなければダメだと言うことか!

本を開いてみると、今まで学んだことだらけだ。

簡単に要約されている参考書のようなものだった。


――これなら何とかなりそうだ。


一方、アレハンドロは顔を青くしている。

「分からないことだらけだ。これを一ヶ月で丸暗記しなければならないだなんて。俺には無理だ」

そう言って項垂れている。


「アレハンドロは、どこから売られてきたの?」

「売られて……! 俺は外街の出身だ。売られてきたのとは違う! 魔力検査の時に俺には大きな魔力があることが分かった。だから外街の学校で文字を習う事が出来たんだ」


ブルホでは、一般人は識字率が低い。学校へ行けるのはごく一部の富裕な商人や役人なのだが、例外がある。

外街では年に一度、六歳の子ども達の魔力検査をして、魔力があれば、無料で文字を習うことが出来るのだという。


王都とは少し事情が違うようだった。

外街では、このブルホ市国に就職できるのは名誉なのだという。


その為このブルホ市国に住む魔力無し、マヌエロのような仕事に就く者は外街では羨まれる存在だそうだ。

彼等に支払われる給金は外街の平均年収の二倍から三倍だ。


アレハンドロは八歳になって、ここブルホに連れてこられ、戦闘系の魔法使いの世話になり三属性まで学んだそうだ。

彼はまだ土属性は使えなかった。だが、魔力が大きい。

それは絶対的な魔導師の条件だ。彼は将来確実に魔導師になれる魔導師のエリートと言うことだ。

アレハンドロは、神官魔導師候補なのだ。


アレハンドロは外街について、ルシオに沢山のことを教えてくれた。

外街ではこのブルホ市国のことは、神が御座す聖なる場所として敬われている。


過去、外街は魔法使いの町と呼ばれていた。

その魔法使いの中でも特に力ある魔導師だけが、ブルホに入ることが出来たのだそうだ。

魔力が大きければ、子を持つことが出来ない。魔力が多いものは子種が無くなるという。


その為外街は、魔導師になれる子を生む役割があった。

強い魔力の子が生れれば、思春期前にブルホに入れられ魔導師として教育されたのだ――百年以上前の話だそうだが。

今でも外街では魔力持ちがよく生れる。

そして、ブルホに居る魔法使いの割合としては、他の地域から売られた子が六割、外街からきた子どもが四割だそうだ。

外街の人口とロマゴ国全土の人口比率から考えれば、比率が高いと言える。


「子どもが出来ないけど、金はタップリ稼げる。俺は魔導師になって金持ちになり、外街に大きな家を持つことが夢さ」

アレハンドロはそう言った。


ここの魔導師達にも外街や、他の都市に屋敷を構えている者がいるそうだ。

中には複数の妻を抱えている者もいるという。

――子種が無くても不能では無いらしい。


アレハンドロと一緒に、魔法理論の復習をして行く。

火や、風、水は直ぐに暗記が出来たが、土はやはり難しかった。覚える量も格段に多い。


「何で土や砂の成分がこんなにあるんだ!」

アレハンドロは半分怒りながら、暗記して行った。ルシオも、一緒だ。


――多分、魔導師達は成分をひとつひとつ作っていくんだろうな。僕の土魔法はやはり邪道らしい。


魔力操作といい土魔法といい、ルシオはことごとく間違った方法で魔法を発動しているようだ。

――僕はここに居て良いのだろうか?


ルシオは魔力も普通の大きさだ。このアレハンドロのような天性の才能は持ち合わせていないのだ。

アレハンドロが一度魔力操作をして見せてくれた。

彼の身体には大量の魔力が渦巻いているのが感じられる。

「何となくだけど、僕の三倍はある感じだね」

「? ルシオも魔力が多くてここへ来たんじゃぁないのか?」

「ううん、たまたま、土魔法が出来てしまったせいだ。普通の魔力持ちは十三歳くらいで出来るようになるんだって」

「……凄いじゃないか。土魔法はかなり本を読み込んでそれでもやっと石を一つ出来るんだそうだ。それが出来たんだろう? 沢山本を読んだんだな」

「……ソウカモね」


ただ想像しただけだとは言えない。魔導師達が今までやってきた魔法の方法とは全く違う、間違った方法なのだから。

「ルシオの魔力操作も見せろよ」

「……僕のはチョット違うけど、それでも良い?」

「……違う方法? 面白そうだ、早く見せろよ」


ルシオは、仕方なくやって見せた。余り多く魔力を集めないようにチョットだけ周りから集め、アレハンドロと同じくらいの魔力を丹田に廻らせてみる。

「……ふーん、ん? 魔力が大きいぞ。俺とあんまり変わらないじゃないか! さっき言ったのは嘘だね。おべっか使いめ!」

「……嘘ではないけど……」

それから暫く、アレハンドロは口を利いてくれなかった。


ルシオがアレハンドロに対して、おべっかを使っていたと思い込んだようだった。

彼は魔力が多いことが自慢だったのも、へそを曲げた要因なのだろう。

誰よりも魔力が多いと考えていたのに、六歳の子どもと同じだとは、アレハンドロは夢にも思わなかったのだ。

だが、そうは言っても二人しか居ない子ども達だ。アレハンドロも直ぐに気持ちを切り替え、またルシオと一緒に勉強をするようになった。


四歳の年の差はあるが、ルシオは大人びた子どもだ。アレハンドロとは年の差を感じさせない。寧ろアレハンドロの方が幼い物言いや考え方のせいで、ルシオの方がお兄さんのような立場になりつつある。


中々覚えられない魔法理論の参考書も、ルシオに聞きながら何とか暗記していくアレハンドロだった。

そうこうしているうちに、ミゲル魔導師の指導日が近づいてきた。


「ルシオ、俺、何だかドキドキしてきた。ミゲル魔導師って、戦闘魔導師のトップだぞ。俺の憧れの魔導師だ!」

「へえ、そうなんだ。でもアレハンドロは神官魔導師になるんでしょ」

「そうかもしれないけど……俺は戦闘魔導師が格好いいと思うんだよな。戦闘魔導師は国中を廻って悪者を退治して、金をいっぱい稼ぐんだ。そしてあちこちに恋人を作るんだろうな。それに比べて神官は辛気くさい感じだ」

「……そうかな。僕は錬金魔導師が良いと思うな」


有事の際は、戦争に行かなければならない戦闘員は、ルシオは怖いと思うのだが……。

それに戦闘魔導師が、金をどれほど稼ぐかどうかは分からないし、あちこちに恋人なんて作ってどうしようというのか。

アレハンドロには夢見がちなところがある。

下手に意見を言えば、またへそを曲げるかも知れない。冷静な判断は心の中に仕舞っておくルシオだった。


「錬金魔導師か。それも良いかもな、ルシオにはあっているよ」

「うん、僕の養い親も錬金術師だった。僕は手伝っていたんだ。面白かったよ」

「へえ、俺は戦闘兵の魔法使いだった。偶に戦闘に参加もしたんだぜ」

「え? 戦争へ行ったことがあるの?」

「戦争は終わっただろう、馬鹿だな。塔のダンジョンへ行って魔水晶を取ってくるんだ」

「魔水晶……って塔にあったんだ」

「知らないのか。あの四つの塔はダンジョンの上に立っていて、瘴気を押さえているんだってさ。戦闘魔法兵や戦闘魔導師がダンジョンに潜って取ってきた魔水晶を錬金術師達が買っているんだぞ。そんなことも知らなかったのか?」


本当に知らなかったルシオだった。魔水晶は何処から仕入れてくるのかと、疑問にも思わなかったのだ。


魔素が籠もる魔水晶は他の地域にはないのだという。

だがここブルホ市国には、複数のダンジョンがあり、大量の魔水晶が取れる。それを使って、錬金術師達は魔道具を作って生計を立てているのだ。


アレハンドロは四つの塔と言ったが、この大神殿にも塔がある。全部で五つ、塔があるのだ。

「じゃあ、この大神殿の塔も? 入ったことがあるの、アレハンドロ」

「ここには無いな。それに俺が入ったことがあるのは浅い階層だけだし……」

「そうなんだ……」

「過去には、ダンジョンなんて無かったらしい。災厄の時に突然出来たと聞いた」

「災厄……」

「そんなことも知らないのか。本当にルシオは頭が良いようで何も知らないんだな」

「本当だね、これからも一杯教えてアレハンドロ」

「……お、オオ。任せておけ!」


 



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