3 ウゴとの別れ
次の日、ルシオは以前とは違う塔に連れてこられた。
ここは、ブルホ市国の中心に当る。この市国で最も大きな建物、ブルホ大神殿だ。
ウゴは大神殿の入り口までルシオを送り届て帰っていった。
そこで待っていたのは壮年の神官魔導師だった。身長が凄く高い。目算で百九十㎝ほど。
青白い顔に白髪交じりの髪。右目の周りに魔法陣のような入れ墨が刻まれている。
神官は探るような灰色の目でじっとルシオを見つめている。
「付いてきなさい」
暫くすると神官はルシオを従えて歩き出した。
神官は広い礼拝堂の奥へ歩いていく。
――何も無い場所……。
礼拝堂と言っても、椅子などは無くだだっ広い空間だった。
太い柱がいくつも建ち並び、礼拝堂の高い天井を支えている。
礼拝堂には、神仏などは祀っていない。
代わりに中心の台座には五メートルくらいの大きな白魔水晶が鎮座して居た。
ステンドグラスが嵌められた窓からの光が魔水晶を彩り、様々な色に輝いている。
ルシオは神官から水晶に手を翳すように言われ、その通りにした。
大きな魔水晶は、ぼんやりと光った。
「ふむ。やはりな」
「……あの、何か変ですか?」
「いや、変では無い。魔力は普通だと言うことだ」
「僕の魔力は大きくないと言うことですね」
「そうだ。まあ、精々が錬金術師止まりだ。だが、お前は四属性が使えるそうだな。本当か?」
「……はい。昨日使えるようになりました」
「そうか、では私に付いてきなさい。お前の土魔法を見せて貰おう」
連れてこられたのは中庭、気持ちよい風が吹き抜ける、そこそこの広さがあるところだった。
この小さな市国にとっては贅沢とも言える広さなのだろう。四阿があり数本の木も植えられていた。
こんもりと茂った広葉樹は、周りに聳える塔からの目隠しにもなっているようだ。
「まずは砂を出して見なさい」
「砂……ですか」
レオンは砂と言っても種類が多いので迷った。
――何を出せば良い? 珪砂で良いか。
レオンの手からさらさらと珪砂がこぼれ落ち地面に小山を作っていく。
砂の小山に近寄り、神官は砂を手に取って見る。
「これは、珪砂か……普通の砂を出しなさい」
「普通の砂とは?」
「浜辺にあるような物だ」
――ああ、海の砂か。砂には色んな物質が混じっている。
レオンは暫く考えていたが、
『考える事は意味が無かったんだった』
と思い直した。
魔素で感じたままを形成する。それがレオンの土魔法だったはずだ。
レオンの手から、塩分を含んだ海の砂がこぼれ落ちていく。
神官はまた、砂を手に取り、口に含み、匂いまで確認した。
「確かに海の砂だッ! お前はどうやってこれを成し遂げた? 塩分まで含んでおるぞ」
「……どうやってと言われても……ただ、海にある砂を想像しただけです」
「想像しただけだと? 私達魔導師は様々な分析をしてそれを再現しているんだ。それを想像しただけだと!」
「確かに、僕も見たことも無い物は作れません」
そう言った後でルシオは、自分は今まで海を見たことが無かったと思い出した。王都は海沿いの街だが、そこに居た三年間、海へは行ったことがなかったのだ。
――多分前世の記憶だろうな。
「そうか、お前はこれから違う養い親に預けることにする。今日はこのままここに泊まりなさい。ところで、気分が悪くは無いか?」
「はい! 大丈夫です」
「…………」
ルシオは、ウゴに別れの挨拶も出来ないまま、大神殿に留め置かれてしまった。
大神殿の一室に五人の魔導師達が集まっている。彼等はそれぞれ、戦闘魔導師や錬金魔導師、神官魔導師だ。四十歳から九十五歳までの古参と言って良い、魔法の熟練者達だ。
彼等は、ウゴ錬金術師の養い子について話し合っていた。
「して、どうであった六歳の養い子は?」
「……はい、確かに四属性は使える様です」
「六歳で四属性保持者とは、魔力は相当な物なのだろう?」
「いえ、それがごく普通でした」
「……ッ! 間違いでは無いのか?」
「白魔水晶にて検査したのですぞ。間違いはありません」
「そうか……何を出させたのだ?」
「海の砂です」
「海の砂とは、子どもに海の砂がどんな物か分かるものか。相当な物質が溶け込んでいるのだぞ。本当に出来たというのか?」
壮年の魔導師がルシオの作り出した海の砂を取り出して皆に見せた。
「確かに海の砂のようだな」
それぞれが手に取って匂いをかんだり、口に含んだりし始めた。じっと見て成分を分析している魔導師もいる。
成分を分析していた魔導師が怪訝な様子で何度も確認している。
「ミゲル魔導師、何か?」
「ああ、これを分析していたのだが、分からない物質が含まれておるようだの。なんであろうか?」
「分析は後に回してくれ。今は別の案件だ」
神経質そうな老年の魔導師が、ミゲルを睨み付ける。
「ルシオは王都から買われてきたので、海の砂は知っている筈ですが、六歳の子どもに作り出せるとは……」
「まあまあ、土にしなかっただけ優しかった。もし土を形成させたら無理だったでしょうな」
「……そうかもしれませんが、ルシオは想像しただけで作れると言っておりました。土でも作ってしまうかも知れません。これはどう考えれば良いのでしょうか?」
「「「「…………」」」」
「今、ルシオとやらはどうしている?」
「大神殿の神官宿舎に泊めております」
「そうか、だが会うことは出来まい。魔力切れで二,三日は起き上がれないだろう」
「それが……ピンピンして、下位神官の手伝いをすると言って宿舎内の掃除をしております」
「何と……!」
「で、誰が養い親になる?」
皆牽制しあって、手を上げようとはしなかった。
今まで聞いたことも無い魔法の使い手だ。それに彼等には他にも養い子がいる。然もルシオはまだ六歳の子ども。手の掛かるのが目に見えている存在だ。敢えて面倒ごとになりそうな子どもは避けたいのだ。
「今、養い子を持っていないのはパブロ魔導師しかおるまい。他は養い子を抱えている。この時勢だ、今までに無いほど魔法使いのなり手が多く居るのだ」
パブロ魔導師とは、ルシオが始めに会った神官魔導師だ。
パブロは渋い顔をした。
「やっと養い子が独り立ちしたばかりなのだが……それに近く、基礎教育が終わった十歳の養い子が来る予定だ」
それを聞いたミゲル魔導師はニヤリとして、
「いいでは無いか。二人居れば切磋琢磨して行くことだろう。私の処にも二人養い子が居る、彼等は良いライバル関係だぞ」
「フン、知った風な口を利くなミゲル。お前の所は十五歳と十六歳では無いか。然も戦闘魔導師になる予定の子供達だ、手は掛かるまい。私の処に来る養い子は十歳と六歳だぞ。これからの方向も決まっていない子どもだ」
「そう言うな、偶に儂も手伝おうでは無いか。面白そうな新人だ」
「ああ、そうして貰おう。責任は分担して貰うぞ」
ミゲルとパブロは、四十歳と四十三歳でありながら、この中では一番若い。古株の魔導師達には頭が上がらないのだ。
養い子が育てば魔導師は増えるだろうが、今現在で魔導師は八十人足らずだ。そのうち戦闘魔導師は四十三人、錬金魔導師が二十七人、神官魔導師は八人しか居ない。神官魔導師になるには、大きな魔力と特殊な秘技が使えなければなれないのだ。パブロ魔導師はその少ない神官魔導師の一人だった。
他の神官魔導師達は高齢であったり、仕事で各地に散っているため、大神殿で実働しているのはパブロだった。
ミゲルは戦闘魔導師の長だが、神官も偶に熟す。
神官の役目は一般には知られていないが、裁判官のような仕事だ。
主にロマゴ王国からの依頼で、貴族の問題を裁く手助けをする。中途半端に切り離されて、一応は独立した立場ではあるが、元はロマゴ国の都市なのだなのだ。
パブロは、ブルホ市国に現在居を構えている。大神殿の管理を任されているのだ。
大神殿の主は九十五歳のホルヘ神殿長だが、殆どの仕事はパブロが代わってやっている。
ホルヘ神殿長は先ほどの会議にも居た高齢の神官魔導師だ。その為細々とした仕事は、総てパブロに回ってくる。パブロは忙しい身の上だった。
魔法使いの長としても、ブルホ市国の魔法使い以外の住民の問題も総てしなければならない。今ブルホ市国には千人程の住民がいる。
殆どが魔法使い達の下働きや商人などだが、神殿の運営の補助をしている下位神官もそうだ。魔力が無い者達だが、過去の神殿の災厄を気に掛けない、今でも信心深く神を敬って居る敬虔な信者達だ。
他の地域では神殿や魔導師を恐れていたり、忌避したりするが、ここではそう言うことは無い。ブルホ市国を取り囲む外町の住民達もそうだ。
魔導師が作る薬や魔道具や宝珠が大金を産み、その魔導師や魔法使い達が外町に金を落す。彼等の生活を支えているのだから、当然と言えば当然だ。
パブロがルシオの宛がわれた部屋へ行くと、ルシオは一人で本を読んでいた。
――これくらいの子どもにしては、随分落ち着きがある。
「どうだ、少しは休めたか?」
「はい、同室の神官様に色々教えていただきました。この本も読んで良いと言われて……勝手に持ってきてはいけなかったですか?」
「いや、構わない。書庫の物は神殿から持ち出さなければ自由に読んで構わない。ところで、ルシオ、お前は私が面倒見ることになった。これから私の居住区へ行くから、付いてきなさい」
「……はい」
パブロ魔導師に連れて行かれたのは、大神殿の裏側に在る立派な作りの区画だった。
ここには下位神官が十人ほど居て魔導師のお世話をしているという。使用人のトップに筆頭下位神官が居て、執事のような役割をしていた。そして料理人もいる。ここには料理長の他にも下働きの料理人が数人居た。彼等も下位神官だそうだ。
――ウゴの家とは雲泥の差だな。だけど、僕はウゴの家の方が自由で良かった。
「余り広くは無いが、住むには丁度良いだろう。お前の部屋はここだ」
そう言って案内されたのは三階の角部屋だ。
ルシオにして見れば十分に広かったが。
「私は暫く時間が取れない。お前には専属の近侍を付けた。彼に、分からないことは聞くと良い。それから、この階には図書室がある、好きに読んで良い」
そう言ってパブロはまた出かけていった。
ルシオに付けられた近侍は、二十歳位の青年だった。
「マヌエロ下位神官です。ルシオ様の専属の近侍となりますので、気兼ねなく何でもお申し付けください」
マヌエロは何処からか持ってきた子供用の神官服を広げ、ルシオを着替えさせた。今まで着ていた服とは違い随分上等な生地だった。
その後一通り屋敷を案内し、最後に気になっていた塔を案内してくれた。
「ここはこの大神殿の特別な場所です。私達は滅多に入る事は出来ませんが、今日は特別に許可を頂いております。一階だけですが」
――この塔で、魔導師はなにをするのか? パブロは、魔道具の制作もするのだろうか?
パブロは神官魔導師と聞いたが、仕事の内容はよく分からなかった。
戦闘魔導師や錬金魔導師なら仕事の内容は予想付くが、神官となれば、神に仕えるものでは無いのか?
一通り屋敷の案内を終えたマヌエロは、
「近いうちにルシオ様と同じ養い子が一人ここへやってこられます。隣のお部屋がその方の部屋となります」
「僕と同じ養い子? 同じ年なの?」
「十歳と聞き及んでおります」
――十歳か、同年齢では無かった。お兄さんと言うことか。
何となくホッとするルシオだった。




