2 魔力操作
「ルシオ坊、腹減ってないか?」
「減った! ぺぺ、何かある?」
「ああ、エンパナータを作っておいた、くって良いぞ」
「ありがとう」
具がたくさん入ったパンを口一杯に頬張ってもぐもぐしていると、ウゴがやってきた。
「お、旨そうだ俺も!」
そう言って立ったままガツガツと食べ始めたウゴを見て、料理人のぺぺが顔をしかめた。
「ご主人様、行儀わりいな。きちんと座って食べてくださいよ。ルシオ坊を見習ってくだせぇ」
「へい、へい。ルシオ、食い終わったら始めるぞ」
「はい」
先日から始まった、魔力操作の勉強だ。
この頃ウゴはルシオを鍛えることに意欲を燃やし始めたようだ。
同じ頃預けられた錬金術士仲間の養い子が、凄く出来が良いらしい。
外街の酒場でお互いの養い子の話になったようだった。
「あん畜生! 自分の指導が良いからだなんて抜かしやがった。俺だってちゃんとやっているのに『ウゴに預けられた養い子は可哀想だ』なんて言いやがるんだぞ! そんなことは無いよな、ルシオ」
「……うん。ウゴは最高に良い養い親だよ」
少しだけおべっかを使ったが、ルシオにとっては良い養い親である事には違いないのだ。
「ふへ、そ、そうか? じゃあ、やるか!」
魔力操作の基本は、まず、身体の隅々まで行き渡っている魔素、を丹田に集めることだ。
それが中々難しい。
普段は意識していない「魔素」を「感じる」ところから始めなければならないからだ。
魔素に意識を向け、分かるようにならなければ始まらない。
「こう、何というか……スカスカシュワーっと散っていた物が、シュルースパパーッと集まる感じだな」
「…………」
「まあ、頑張れば何とかなるさ。じゃあ、俺は仕事してくる」
ウゴの説明は相変わらずよく分からない
ルシオは、身体に行き渡った魔素を血流に乗せて集めるイメージでやってみた。
毎日、欠かさず、何をしているときでも、魔素がある事を意識するように心がけた。
だが、中々魔力なるものを感じる事は出来ない。
魔力操作の研鑽を始めて数ヶ月過ぎた頃。
蒸留水を作る手伝いをしていて、突然頭に言葉が浮かんだ。
――蒸発、液化……凝華……
ルシオの丹田に、魔素が集まり、固まり始めたのが分かった。固まりすぎて、気持ちが悪くなってきた。塊の中にあった不純物がどこかで燃えたのが感じられた。
だが中心にある塊がそのままだ。苦しくなったルシオは思わず、
――融解!
心で叫ぶと身体の中心で何かが、行き場を求めてグルグルと渦を巻きだしたのが分かった。
「これが魔力か!」
「ん? どうしたルシオ。」
「ウゴ、出来たみたいだ。魔力が此処にあるのが分かるよ、凄く動いている!」
「ウオオー、そうか! 出来たか。やはり俺の指導の賜物だな!」
だがこれは魔力操作の取っ掛かりに過ぎない。
次にやることは、感じられた魔力を出来るだけ長く放出することだ。
「良ーく見ていろよ。このろうそくの火を消さないようにずっと揺らめかせるんだ」
ウゴは純粋な魔力を細く長く優しくろうそくに当てる。ろうそくの火は揺らめきながらも消えなかった。
「これを一時間続けられたら次に進むぞ」
これは相当難しかった。
魔力を当てると直ぐに消えて仕舞うろうそくの火。かと言って細く優しく当てようとすると魔力が途切れてしまう。
口で息を優しく吹きかけるようにやらなければならない。
額からも脇の下からも汗が噴き出してくる。
十分もすると疲れて立っていられなくなってしまう。
ルシオはこれが出来る様になるまで更に数ヶ月かかった。
やっと一時間維持出来るようになったら、次は火属性に変換する作業だった。
火の属性が終われば風、水、土という風に進んで行く。四属性持つことが出来れば、神殿へ行って神官にもう一度魔力を測り、審査をして貰うのだそうだ。
「もう一回検査やるの? 何故?」
「ああ、お前達はまだ幼くて魔力が安定していないんだ。身体が育って魔力が増える奴も偶にいるからさ。ま、滅多にいないがな」
三属性しか持っていないウゴは、どういう審査があるかは経験していないので分からないと言った。
成長期が終われば魔力はもう増えないのだそうだ。今のうちに魔力を増やさなければならない。
だが、魔力を増やす方法はウゴにもわからないという。
――魔力を増やす? 周りには沢山魔素が漂っているのに? 増やす必要は無いのでは?
この時ルシオは自分は変なのだろうかと考えた。
ルシオが普段やっている魔力操作は、空間に漂っている魔素を取り込んでいたからだ。
空間の魔素を集め、凝縮して凝固させて、使いやすいように融解させる。
それがルシオがやっていた魔力操作だった。
勿論、身体の魔素もその際一緒に集まってくる。
――僕の魔力操作は間違っていたようだ。
そう考えたルシオは、周りから集めた魔素を、身体に止めておくようになった。
そうすればこの魔素は自分の魔力だと言うことになるのではないか? そしてそれは魔力が増えたということではないのか?
もう身体に染みついてしまった魔力操作を、今更変えることは無理だった。
無事に火属性に変換できるようになれたのは、やはり数ヶ月後だった。
六歳になったルシオは、今まで読むことが許されなかった攻撃魔法の本が読めるようになった。
実際には使う事は出来なかったが、理論だけは覚えておくように言われた。
火属性の後は風、水と順調に属性を覚えていった。
今では、ウゴの代わりに魔法精製水を出すまでになった。
「助かるなー。ルシオのお陰で仕事が早く終わるよ」
ウゴはそう言って、仕事が終わると外町へ繰り出していく。
懇意にしている娼婦がいるそうだ。
「六歳の子どもになんていうことを言うのかね! 全く」
メイドのマリアがプンプン怒っている。
――確かに子どもに言う事ではないな。ウゴは少し考え無しなところがあるから。
少し頼りないウゴだが、威張るわけでもなく、気取るわけでもなく、ルシオに友達のように接してくれる。
ルシオにはウゴの側は居心地が良かった。
ウゴが娼館へ行けば一週間は帰ってこない。その間ルシオにはやることが無かった。本を読んで、学ぶ、それだけだ。
時おりマリアの仕事を手伝ったり、ぺぺに料理を習ったりもするが基本、家の中にいる。
「子どもは外で遊ぶもんだ」
そう言われたりもするが、ここいらには空き地などなく、勿論友達もいなかった。
外街まで行けば友達は出来そうだが、何故かルシオは、同年代の友達を作ろうとは思わなかった。
何となく怖かったのだ。理由は解らないが、前世で何かあったのではないかと思っている。
「土をやってみるか」
四属性を獲得できれば、ウゴは喜んでくれるだろうか。
ここには光と闇に関する本は無い。
光や闇は魔導師達の奥義に当るのだという。
魔導師の弟子になってからでないと教えて貰えない。
「別に、魔導師にならなくても、ウゴのように魔道具の制作に寄与出来れば生活は出来る」
下手に戦闘魔導師になってしまえば、戦争に駆り出されてしまうのだ。
だけど錬金魔導師には心引かれるものがあった。
ここでは作る事が出来ない魔道具。作ってみたいとルシオは思った。
聞くところによると、大量の物資を収納できる魔法鞄なるものがあるらしい。
とても高価で、王様や高位の貴族、大金持ちの商人しか持っていないのだとか。
他にも明かりの魔道具や、竈の代わりになる魔道具、水を際限なく出すことが出来る魔道具もあるらしい。
それらは魔力が無い人でも使う事が出来るというのだ。
ロマゴの高位の貴族や王宮には、それらが沢山置いてあるのだとか。
錬金術師なのに、ウゴの家には無い物ばかりだ。
錬金術師でも持つことが出来ないほど高価なのだろう。
勿論武器の魔道具もある。火を噴き出す筒。
これは小さな宝玉を一度使えば終わってしまう、高価で非効率な武器だが、魔力を持たない者にとっては垂涎の武器なのだという。
この武器のためにウゴは、二センチメートルほどの宝玉を大量に作って売っている。
「火魔法が使えれば意味の無い物だ。だけど、竈の魔道具や、水を出す魔道具なら、とても便利そうだ。素材さえあれば作れそうなんだけどな」
本を見ながらブツブツと独り言を言っている。
――まずは土魔法だな。それを覚えてからだ。
土魔法の本には土の成分や砂の成分、石の密度など事細かに描かれている。
火属性や水属性の魔法の本の三倍の厚さがあった。
ウゴの家には小さな庭がある。
そこへ行ってしゃがみ込み、土を掬い丸く手で固める。
端から見れば、小さな子がどろんこ遊びをしているように見えるだろうが、ルシオにして見れば魔法の研鑽だ。
「土は素材があれば、簡単にできる魔法だと本に書いてあった。この土塊が、石のように固まれば良いんだったな」
だが、中々固まらない。石と土の違いは何だ?
もう一度本を読み直す。
「そもそも土は有機物が大量に混ざっている。石や岩にはそれが殆ど無くこの大地を作っている元になっている。そして長い年月を掛けて風化や劣化をして砂や土に変わっていく」と書いてあった。
「なんて奥が深いんだ。中々出来ない理由がここにあったのか。石を生成するには、時を遡るしか無いのか?」
ルシオはそこでハタと立ち止まる。窓にガラスが嵌まっている。
――ガラスは方解石、石英、塩を混ぜて熱して固めた物だと本に書いてあった。職人が手作りする物だが、魔導師にも作る事が出来るそうだ。
土魔法、と簡単に思っていたが、とんでもないことだ。これだから殆どの魔法使いがここで躓くのか。
「魔導師達はどうやって土魔法を習得したのだろう」
ウゴには聞いても分からないだろう。自分で答えを出すしかないのだ。
一人で悶々と考えていると、ふと、疑問に思った。
「そもそも火魔法にしても水魔法にしても何故出来た?」
そう考え始めるとどうしようもなくなった。今まで出来ていた魔法すら不安になってくる。
すると遠い記憶に、『総ての物は小さな原子や素粒子で成り立っている』という誰かの声が浮かんできた。
ルシオの頭の中で、暗い表情の学友が『宇宙にはダークマターって言う訳の分からない物が九十五パーセントあるんだ。面白いよね』
ぱっと見えて直ぐに消えたこの記憶は前世の僕のものか?
僕の学友だったのか? 記憶を辿るが消えて仕舞って全く思い出せない。
暫く、記憶に浮かんだ言葉を反芻して、ルシオはひらめいた。
「何を難しく考えていたんだ僕は。魔法は魔素によって形成されるんだ。あの本に惑わされた! 土なんか必要無いんだ。魔素で総て出来上がる!」
そう考えた途端、土魔法が出来る感覚があった。
何でも出来る。硬い石。透明な石。四角い壁。
走って庭へ出て、土に手を置き、魔力を流すと、土がボコボコとうねる。
愉しくなってきた。いろんな形の石や、コップ、堅い透明な壁、思い通りに何でも出来る、自由自在だった。
そして、達成感に浸り、ぽかぽか陽気の庭に寝そべりその場で寝てしまった。
ウゴが帰ってきたとき、丁度、庭にルシオが眠り込んだその時だった。
「あいつ、何やっているんだ? こんな場所で寝転んで」
ウゴが近づき、レオンに声を掛けようとしてギョッとする。
ルシオの周りには足の踏み場も無い位に石のコップや四角い壁、透明な石や鉱物、素材が不明な透明な板、ガラスや石英や方解石などが転がっていたのだ。そしてボコボコになってしまった庭があった。
ウゴはメイドにルシオの世話を任せて、その足で小神殿へ走って行った。
「何! 六歳の子どもが土魔法が出来たと?」
「はい、今日出来たようです。俺は留守に……してたんで見ていませんでしたが。多分そうです」
「……ッ! 本当だろうな。確かウゴの養い子は普通の魔力量しか無かったはずだが」
「そうかもしれませんが、あの時ルシオはまだ三歳でした。それから成長したんではないですかね」
「まあ、偶にはそう言う子どもも居ることは居るが……しかし六歳の子どもが……兎に角、大神殿で審査して貰うしかあるまい」
「はい」




