14 ロマゴ国、王都の神殿
馬車で途中の乗り継ぎ地を経由しながらの、ゆったりした4日の旅も終わりだ。ルシオは生まれ故郷の、ロマゴ国の王都ロマカピタルに戻ってきた。
馬車から降りてまず向かったのは、小間物屋だ。
「皮の手袋は置いているか?」
「ここには置いていないよ、防具屋にはあるかもな」
小間物屋の主人はルシオの目の周りの魔法陣を見て、嫌そうに目を反らし、ぶっきらぼうに答えた。
――百年経っても、魔導師に対する偏見は根強く残っているんだな。
ルシオは教えてもらった防具屋で、一番柔らかく、薄い皮の手袋を買った。
指の先を全部切り落とし、フィンガーレスグローブにした。
「良し、これで魔法陣は見えなくなったな」
今までなるべく手のひらが他人に見えないように、拳を握るようにして隠していたが、この手袋があればこれからは気を遣わなくて良いだろう。
十数年ぶりの王都は、そんなに変わっていなかった。
強いて言えば、神殿が少し綺麗になっていたことくらいか。
ルシオがこれから世話になる錬金魔導師は、王都の神殿の管理を兼任していた。
「ルシオ・ガルシアです。よろしく御願いいたします」
「ああ、こちらこそよろしくルシオ君。私もガルシアと言う名字だ。マテオ・ガルシア。ルシオ君は私の弟弟子に当るんだ、パブロ魔導師は元気にやっているかい?」
「兄弟子でしたか!」
「然も、名字が同じと言うことは、初めの養い親も同系統だな。まるで本当の兄弟みたいだ!」
「……?」
マテオが売られた直後の養い親になったのは、ウゴの養い親と同じ錬金魔導師だったそうだ。そのせいで名字が同じだった訳だ。
「あの当時は、今ほど売られる子どもが多くなかったせいで直ぐに魔導師に育てられたんだ。今では魔導師は途中から養い親になって居るみたいだけど」
「でも、パブロ魔導師にも育てて貰ったのでしょう? 当時としては異例だと言うことですか?」
「いや、初めの養い親が高齢でね、私が12歳の時に亡くなったんだ。だからパブロ魔導師が引き継いでくれたんだ」
忙しい魔導師が、幼い子どもを育てるのは大変な作業だ。今のやり方は続いていくだろうと、マテオは言った。
マテオ錬金魔導師は三十三歳、魔導師としては中堅に差し掛かったと言うところだ。
「マテオ魔導師は錬金魔導師なのに、何故神殿の管理を任されているのですか?」
「ああ、国中に神殿は五カ所あるが、ブルホから離れている場所以外は神官魔導師はいないんだ。圧倒的に数が足りないせいでね。畑違いでも監理くらいは出来るさ。何か問題があれば、神官魔導師が出向いてくることになっているのさ」
「そういう訳でしたか。ここには他の魔導師は?」
「いないな。3歳から14歳までの孤児が三十名ほどいて、雑多な仕事をしてくれている。だから、錬金術をする時間はタップリあるから、心配しないで」
「……そうですか。マテオ魔導師の……」
「あー、魔導師を一々付けるのは辞めよう。まどろっこしくてダメだ。名前で呼び合おうよ、ルシオ君」
「はい、では、マテオさん。マテオさんの今やっている錬金はどのようなものですか?」
「数年前、ブルホの錬金魔導師がレシピを解禁した、魔力感知のモノクルかな。あれは凄い魔道具だ。他国の貴族にも飛ぶように売れるからね。この頃では狩人組合や商業組合からも問い合わせがある。然も一年しか持たないという回転率が良い魔道具だ。よく思い付いたものだよ。商人気質の錬金魔導師がいたもんだ。全く大したもんだ、そのお陰で神殿の改築も出来たんだ」
「……そうでしたか」
マテオは、ペラペラとよくしゃべる魔導師だった。
ひょろりとした痩せ型で黒髪黒目、目の周りには灰色の魔法陣が刻印されていた。
マテオはこの神殿に恋人を住まわせていた。その事を知りルシオは、
――魔導師達には、規制はないのか?
と、納得いかない気持ちだった。神聖な神殿のはずなのに、私物化していないだろうか。
ブルホ市国にも、別宅を構え伴侶や恋人を住まわせている魔導師もいた。
だが、パブロ魔導師や、ミゲルは厳格な魔導師で、ルシオの周りには、恋人を持つ魔導師はいなかった。
ましてや神殿に囲うというのは考えられない。
「ん? どうかしたか、ルシオ君。顔がこわばっている」
「な、なんでもありません」
「そうか? こっちが祭壇だ。自由に祈りでも何でもしてくれ。私達の他には誰も寄りつかない場所だ。王都では穢神と言われているからな、は、は、は」
祭壇には、50㎝くらいの薄ピンク色の魔水晶のクラスターが置いてあった。
「下位神官もですか?」
「ああ、下位神官の仕事は孤児達にやらせている。信仰など全く持たない、食い詰めた親にここへ連れてこられたり捨てられたりした者達だ。私設の孤児院みたいなものさ。孤児達に、無理矢理私達の信仰を押し付けるわけにも行くまい?」
国からは補助は一切ない代わり、税金も取られないという。
だから稼いだ分だけ神殿の儲けになる。
ブルホ市国に三十パーセント治めるだけで、後は自由に使う事ができる、と言ってマテオ魔導師はニヤリと笑った。
「……そうでしたか」
錬金部屋も見せて貰ったが、大量のくず魔水晶が保管してあった。
「仕入れはただみたいなもんだし、儲けは大きい。凄いよなこのモノクルは」
「……はあ……」
「これのお陰で孤児達を育てることが出来たし、神殿も少しだけ改修できた。モノクル様々だ!」
以前は、孤児達に食べさせるにも大変だったそうだ。
錬金魔導師なのに狩人のような真似をして、森まで行き、肉を調達してきたり、ブルホからの支払われる管理費用でなんとかしていたそうだ。
王都に配属された魔導師は、皆大変な思いをしてきたという。
街の人々から忌避されるため、町には滅多に出て行かないのだそうだ。
――魔導師達は何も悪いことをしていないのに。一度着いた悪い印象は中々消えないんだな。
十五歳になれば、孤児達は独立していくという。
神殿では基本的な文字と計算を教えているので、就職率は良いのだとか。
マテオの恋人が教師役をしているらしい。
「マテオさんは他の魔道具は作らないのですか?」
「作るよ。でもこのごろ、王都の貴族には売れなくなった。高価だし、中々壊れないから買い換えもしないしな。買える人も限られている。まあ、戦争終結後の貴族達の生活も、上向かないせいだろうけどな。だから、今はモノクルなのさ」
ブルホ市国の魔導師が作った魔道具の殆どが、他国へ売っているということだった。ロマゴ王国は余り裕福では無い国ということだろう。
耕作地も少ないし、これと言って特産物もない。
鉄鉱石が数少ない特産だろうか。
自分達が魔導師達を排除したせいで、自分達の首を絞める結果になった。
自業自得と言うことだ。
魔導師達には力が有る。今、国は魔導師に対して下手に出るようになっているそうだ。
だが、自国にもう一度取り込もうとしても上手くいかない。
――これから塔の耕作地が活用されれば、益々魔導師達の立場は強くなって行くだろうな。
モノクルの製作はマテオが担当するというので、ルシオは自由に研究しても良い事になった。
パブロ魔導師から貰った大量の魔水晶がある。
当分の間、これで色んな魔道具を作れるだろう。
――空間魔法の研究が出来る! 魔法鞄を作ればきっと売れる。
まずは、前世のゲームのような、インベントリーが自分に出来ないものだろうか? あれがあれば便利だ。インベントリーは中身が見え、監理もし易そうだ。
自分に出来るのなら、形にすることも容易なのではないか。
得意の想像で、創造するのだ。
魔力を練る。属性は多分空属性だろうが、転移の魔法陣を見てもまだ解析は出来ていなかった。
「解析なんか必要無い。想像するだけで良いはずだ」
【何をしておる?】
「無限に収納できる収納庫を創造するんだ。集中しているから邪魔しないで」
魔法陣が刻まれてから、ご先祖様はたびたび話しかけてくるようになった。
周りに人がいるときは辞めてくれ――と言ったら、出てこなくなったが、ルシオが一人になると、こうして話しかけてくるのだ。
【お主は放って置くと殻に閉じこもってしまうからな。ほどほどにして置けよ】
「分かってるって」
だが無限というのは中々想像できなかった。
「無限って、どのくらいの大きさだ?」
【それは大きさを超越していると言うことだな。始まりも終わりもない、質量も……永遠に想像し続けることになるぞ。人の思念では追いつけないのではないか?】
それでは想像できないな。
神ならぬ、人の身には過ぎたる思考だった。
では質量や大きさを想像すればいいのではないのか?
大きさを決め、時間が止っている空間を決める必要がありそうだ。
そもそも無限に収納する必要はないのだ。必要な分だけあれば良いのだ。
無限のものを作ってどうするというのか。
過ぎたるは及ばざるのごとしだ。
「大きさはこのペケーニョ島、時間が止った空間……」
【ん? 出来ておるの。当初話していたものと比べると、随分小ぶりじゃの。こんなもので良いのか?】
「……十分だろう。これに物がどれほど入ると思っている? この島ごと収納できるんだぞ!」
【まあ、お主も成長したと言うことか。足りるを知ると言うことは大切な事じゃからな】
「……ご先祖様にとっては、僕の思考なんて小っさいものなんだろうね」
【まあな、これでも、輪廻の輪から抜け出せたほどには、魂が大きいのでな、どれ、お主に少しだけおまけをしてやるか】
ご先祖様がルシオの頭をぽんと叩くと、ゼロだった収納の在庫の中に、魔水晶があった。大きさや質量はとてつもなく大きいようだ。
「! 巨大な魔水晶……何処から持ってきた? 地下のプールから転移させたのか! 魔導師達が困ってしまうじゃないか!」
【そんな盗人みたいなことするものか! それに、プールにある魔水晶よりもずっと大きいぞ、これは。お主だってその内出来るようにはずだ。想像するだけで良いんだろう?】
「!……そう言うことか。物を調達する必要も無くなる……でも……何だかイージーモードに陥った感じだ」
【まあ、達成感は薄くなるだろうな。嫌なら、普通に仕事をして、力に頼らずに生活すれば良いだけだ。だがお主には他の仕事がある。それが出来る様になるまでは、ゆっくり修行していくことだな】
「そうだね……」
異空間収納が出来た事で、魔法鞄も簡単に想像できてしまったが、これは市場には出せない。
この世界にはない材質になったからだ。然も魔法陣も何もない。
これでは他の魔導師達が作る事は出来ないだろう。
想像すれば出来るなど誰も信じないし、天才肌のアレハンドロでも、異空間など簡単には想像できないだろう。
魔法鞄はインベントリーの肥やしになっている。
この世界の魔導師でも作れるように体系立てなければならなくなった。
まずは魔法陣だ。そして材質。
問題はどの材料が合っているか見付けることだった。
空属性の理論さえ確立できれば魔導師なら、自前の空間収納を作れるだろう。だが一般の人には使えない。
市井の人々が魔導師を避けるのは、なにをしているか分からない不気味な存在と感じているせいではないのか。
魔導師が作る魔道具がもっと身近になれば、魔導師に対する偏見も薄まるのではないか。
ルシオはそんな風に考えている。
何とか魔法陣を作り上げ、様々な動物の皮を取り寄せてはみたが、どれも精々が二倍の大きさになる程度だった。
重さもそうだし、時間停止に至っては全く話にならない。
魔法陣が間違っているか、何かが足りないようだ。
「どうした物か……」
「何を悩んでいるんだ? お、鞄なんて作ってなにをしている?」
「マテオさん。魔法鞄を作りたくてやってみているんだけど、中々上手くいかないんだ。あ、失敗作だけど子ども達にあげるよ。少しは物が多く入れることが出来るし軽くなっているから」
「魔法鞄! 伝説の空間魔法か! こ、これの作り方を教えてくれ」
「いいけど、失敗作だよ」
「十分だ。この大きさの二倍は入るんだよな。随分安価に出来上がる。これは売れるぞ!」
「まあ、そうだろうけど。ちゃんとした魔法鞄を貴族達は持っていると聞いた。材質と魔法陣を見せて貰えないかな」
「……馬、馬鹿を言うな、皆大切に保管しているんだぞ。見せて貰えるなんて出来るはず無いよ!」
「使っていないっていうこと? 使えない魔道具なんて意味が無いよ」
「先の戦争の折、男爵が、所蔵していた魔法鞄に鉄鉱石を入れて運んでいたそうだ。そして破れてしまい、鉱石の中に男爵と一緒に埋もれてしまったという話だ。だから皆魔法鞄を使わなくなってしまったんだ。壊れた魔法鞄ならあの場所にまだ埋まっているはずだ。行ってみるか?」
「行きたい! 何処の鉱山?」
「北の鉱山だ。ここからだと歩きで10日以上かかるかもな。険しい岩山だ、直線距離にすればそれほどでもないが山を登るのが難儀だそうだ」
※
ルシオは馬を借り、一人で行くことにした。
大体の場所さえ分かれば後は人づてに聞いていけば良いだけだ。
「以外に馬って可愛いね。貸し馬屋の主人は暴れ馬だから危険だって言っていたけど、言うことをよく聞いてくれる馬で良かったよ」
この馬は非常に安く借りられたのだ。
暴れ馬のせいで、処分される寸前だった。
【お主は馬に好かれているようだぞ】
「え、そうなの?」
【お主の魔力は、動物にとっては心地良いのだろう】
――そうなのか? 自分では分からないな。この馬を返せば、処分されてしまうらしい。可哀想だから、僕が飼ってみかな。
馬は、ルシオの心が分かるのか、一層張り切って走り出した。
馬の飼い葉は、魔法で出す事も出来るが、少しだけ買ってきた。大量の飼い葉などあの場で収納すれば、驚かれてしまうだろう。
異空間収納は、魔導師達が使えるようになるまでは秘密にしておくことにした。
今、錬金魔導師達は、パブロ魔導師の声かけで、空属性の研究に力を入れている。空属性の基礎理論を組み立てている最中のようだ。
マテオが頻繁に伝書鳩を飛ばし、ブルホ市国の錬金魔導師とやりとりをして情報が入ってきた。
その内、魔導師達が使えるようになれば、ルシオも堂々と使えるようになる。
つい先頃、パブロ魔導師から転移の魔法陣の解析結果も送られてきたそうだ。
どうやら「転移陣」を敷くことが、必須のようだ。
そのうち転移陣を設置出来るようになれば、魔導師達の移動にかかる時間が劇的に改善されろだろう。




