13 ルシオの試練
娼館の一件があって暫く経った頃、アレハンドロがやってきた。
アレハンドロにこの間のことを話して見たが、きょとんとしている。
「そんなことで悩んでいたのか? この頃お前の様子がおかしいとミゲル魔導師とパブロ魔導師が話しているのを聞いたんだ。それで俺がここへ来たんだが、お前、若しかして男色の気があったのか?」
「ッ無いよ! そう言うことではないから」
「……そうか? なら良いけど。俺は男色ではないからお前の相手は出来ないと思う」
「違う! 本当に、もうその話は辞めてくれ」
あまりの言われように憤慨するルシオだった。
この世界はそう言うことにも寛容なのかと、益々訳が分からなくなっていく。
「お前は少し変わったものの見方をすると、思っていたんだ。だから……まあ、違うならそれで良いが、一体何を悩んでいる?」
「僕は、神を感じられない。だから……神に見放されているんじゃぁ無いかなと……」
「それは問題かもな。で、性を否定したと言うことか? 何故そこに考えが及んだかは、この際置いておくとして……そもそも、神を感じられるって、ルシオは分かっているのか?」
「……全く……分かっていたらこんなに苦労はしないさ」
「ふーん、そりゃそうだ。まあ、人によって違うらしいから、俺の場合は神の光が見えることがある」
「……神、光が見える?……」
「ああ、この魔法陣が刻まれた頃からな。だから、以前は全く感じられなかった」
「じゃぁ、僕も魔法陣が刻まれれば見えてくる、そう言うことか!」
「そうかもな、だが、総てがそうだとは限らないそうだ。ある魔導師は側に存在が感じられるというのもいるんだ。魔法陣が刻まれる前から感じられるパブロ魔導師みたいな人もいる。人それぞれだ」
ルシオは少しだけ不安が消えた。今の段階では感じられなくても問題は無さそうだ。
スッキリした顔のルシオを見てアレハンドロは
「こんな事を悩んでいたとは……こいつは真面目すぎるのでは?」と密かに思った。
「ルシオの、魔導師の試練はいつ頃だろうな」
「魔導師の試練とは、その魔法陣が刻まれる選別の儀式のことか?」
「やべっ! 聞かなかったことにしておいてくれ」
「分かっている。でも、試練だと言うことは大変な儀式なんだな。覚悟をしておく」
「……まあ、覚悟をすると言うほどの……アアーッ問題が無いなら俺は帰るよ。じゃあな」
「ああ、心配掛けたな。ありがとうアレハンドロ」
※ ※ ※
ルシオが十七歳になった時、パブロ魔導師に連れられて、塔の地下へ行くことになった。
――とうとうこの日が来たか。もしこの試練の後でも神を感じられなかったら、僕はここを出ていかなければならないだろう。
この世界の常識では、神が感じられないと言うことは、神官には成れないし、魔導師の資格がないと言うことなのだから。
以前来た時と同じ階段を辿り、地下のプールに着いた。
「ルシオよ、お前を暫くここに置いていく。お前一人で試練に立ち向かわなければならないからだ。終わったら、上がってきなさい」
そう言い残し、パブロは戻っていった。
プールの前で、ボンヤリしていると、傍らに違和感があった。
そちらを見ると、十歳くらいの男の子が佇んでいた。
「ッ! お前は、あの時の!」
【ほ、ほ、覚えておったか。これは重畳。それなら話が早い。儂はお主のご先祖様だ。いつも一緒におったのだが、気付いておらんようだったの】
「いつも一緒に? 地獄でも一緒だったというのか? 嘘つきめ! あれほど呼んだのに助けてはくれなかったじゃぁ無いか」
【廉よ……今はルシオだったか。地獄はお前が作った幻。その中に儂が入れるわけがなかろう。側にいてやるだけじゃ。お主は、自分の殻に長いこと閉じこもっていたからな】
「……そうだったな。心象の世界……そんなことを言っていた」
――魔導師の試練とは? これのことか?
【ルシオよ。試練とは過去の自分に向き合う事じゃ。お主はすでに試練を乗り越えたようだぞ。見てみよ】
ルシオが、掌に違和感を覚え、両手を開いてみると、右手の平には金色の魔法陣、左の掌には銀色の魔法陣が浮かび上がっていた。
「これは? 両手に魔法陣がある。これは、普通のことか?」
【目にもあるぞ、ホレ】
ルシオの前に鏡が現れ、ルシオの顔を映し出した。薄らとした青色の魔法陣が浮き上がっている。
「薄色と言うことは、錬金魔導師になれたと言うことか!」
【お主はこれから、世界に出ていくことになる。その為にはここを出なければならないだろう。どう言うことか分かるか?】
分かってしまった。
ルシオは、この掌の魔法陣はパブロ魔導師に見せてはいけないと言うことだ。
「僕は神に印を付けられた……と言うことで良いのか?」
【そうじゃ。印を付けられたと言うことは、仕事を与えられたと言う事。お主には特別な仕事が用意されたようだぞ】
「……ご先祖様が、神……なのか?」
【ほ、ほ、まさか。儂が神であるはずなかろう。儂はお主に付いている案内人みたいなものじゃ】
――では、僕は未だに神を感じられないと言うことか。
「僕は神から嫌われているのだろうか……」
【神は、その様なものでは無いぞ。大き過ぎて存在すらも見ることも感じる事も出来ぬものだ。神は、言うならばこの世界の理。理のほんの小さな一粒をお前達が担うことになる。人が神を感じる事は滅多にないはず。その者達の勘違いではないかのう】
パブロ魔導師や他の魔導師達が感じていた神は、勘違いだというのか? それは余りにも空しすぎる。
「ご先祖様。大恩ある師匠や友に嘘をつくことは、罪にはならないのか?」
【罪にはなるの。人は生きているだけ罪を重ねておる。生きものの命を喰らい、生きる為に常に道を選択し、偶には嘘やごまかしもしなければならぬ。だが、その罪を背負い、そして償いながら生きていくことが肝要なのだ】
ルシオは、ご先祖様の言葉がすんなりと胸にしみこむのを感じた。――これは真実の言葉だ。
※ ※ ※
パブロ魔導師は、ルシオの魔法陣を見て意気消沈した。
手塩に賭けて育て上げた弟子に、神官の資格が与えられなかったのだ。
ルシオはパブロから向けられる失望の眼差しを、両手をぎゅっと握って耐えた。
ルシオはパブロに、嘘の報告をしなければならない自分を責めたが、仕方がないことだった。
――ごめんなさい。僕はここから出ていかねばならないらしいのです。
心の中で詫びるしかなかった。
これからルシオは錬金魔導師の元で修行をすることになる。
「ルシオ、ブルホ市国以外の魔導師に支持したいというのは、どう言う意図があっての事だ!」
「はい、私には聞こえたのです。神の言葉が……」
「……そ、そうであったか。そう言うことなら……仕方がない。分かった。王都にいる私の知り合いを紹介しよう」
流石、神を信じる魔導師だ。素直にルシオの希望を受入れてくれた。
ここで世話になった、ウゴやアレハンドロ、ミゲル魔導師や、近侍のマヌエロにはきちんと礼を言い、そして王都に旅立つこととなった。
旅立つ前に、ルシオには確認したいことがあった。
「パブロ魔導師、あの塔の草原にもう一度連れて行ってくれませんか?」
「ああ、いいとも。旅立つお前にもう一度見せてやろう」
塔を上がっていき、例の扉の前に来た。
パブロが魔力を流すのをじっと見る。
――見える! 魔力の流れがよく見える。
目に刻まれた魔法陣のお陰でモノクルは必要なくなったようだ。
次にここへ来ても一人で入ることが出来そうだ。
黒い穴を抜け、草原に出たルシオは、魔力の流れを辿り、怪しい魔力の反応を見付けた。ここからかなり離れた場所にある。
「パブロ魔導師、あの方向を鑑定を使ってよく見てください」
「ん? 何かあるのか?」
パブロ魔導師は、言われたとおりそちらに焦点を合わせるように見る。
「何だ、魔力の流れがおかしいぞ!」
「行ってみませんか? 僕は転移の魔法陣があると踏んでいます」
「転移だと! そんな夢ものがたり……もしや、人が消えた原因か!」
近づいてみると、井戸があった。井戸の周りには大きな魔法陣が光っている。鑑定の魔法陣が使えなければ、見ることが出来ないものだ。
「これが転移の魔法陣だとすれば、大発見だ!」
「取り敢えず写し取りましょう。もしかすれば、一方通行の転移陣かも知れない。危険です。何処へ飛ばされるか分かりません」
「そ、そうだな」
転移の魔法陣の他には何も見付からなかった。
「これさえ気を付ければ、この草原は大変な宝です。作物が大量に採れる様になりますよ」
「そうだな、最後までルシオに助けられた。これは餞別だ。持っていけ」
パブロ魔導師は重い財布を手渡してくれた。かなりの金額が入っていそうだ。
「これは受け取れません! 今まで散々世話になったのです」
「馬鹿を言ってはいけない。お前のお陰で神殿はこれまでになく潤ったのだ。お前はモノクルの魔道具の権利まで放棄したではないか。これくらいは端金だ。持って行きなさい」
「……はい。有り難く使わせて貰います」
パブロ魔導師は他にも、魔水晶を大量に持たせてもくれた。そして、ルシオが作った知識の集積魔水晶はルシオに返してきた。
「これはお前のものだ、これの権利まで放棄してはいけない。時間を掛けて、より良いものにして行けば、錬金魔導師として大成するであろう」
「……重ね重ねのお心使い……このご恩は忘れません」
しんみりしているところに、ご先祖様が茶々を入れる。
【ルシオよ、まだこれが続くのか! さっさと出発せんか!】
「何だよ、折角別れを惜しんでいるときに、邪魔をしないでくれ」
誰も居ない空間に向かって話しているルシオを見て、パブロ魔導師はギョッとした。
「まさか、そこに神が御座すのか!」
「……あ、ソウデスネ……」
「なんという……この様に神と話せる者が神官ではないとは。神よこれは私に与えられた試練なのでしょうか」
パブロ魔導師が、おかしな事を言い、祈り始めたので、レオンは気まずくなり、ようやく出発することにした。




