12 成長したルシオ
ルシオが、ようやく完成した知識の集積魔水晶をパブロに見せた。
「良く頑張ったな、ルシオ」
「はい! これは動植物しか判別出来ませんが、今は土やその他の成分が分かる物を作っています。それがあれば、一般の魔法使い達も土魔法が使えるようになるかも知れません」
「これには組み込めなかったのか?」
「はい、魔水晶の容量が足りませんでした。これ以上は吸収出来ません」
「まあ、使い分けすれば良いだけか。それでも有益な魔道具だな」
ルシオが最初に作った、魔力の流れが見えるモノクルは、今では貴族のほとんどが持つほど普及していた。魔道具にしては手頃な値段だったことも大きい。
貴族にも一定数は魔力持ちがいる。
周りには知らせずにいる者が多いのだそうだ。魔力の流れが分かれば、魔力持ちの不意の攻撃が防げるのだという。
人間の十人に一人は魔力持ちがいるという。魔力が大きいと見付けるのは容易だが、大きな魔力を持っている人は、圧倒的に少ない。
魔力が少なければ、今までは市井に埋もれてしまっていた。
そういう魔力持ちをいち早く探すことも出来るのだ。
大きな魔力が無くても、少し勉強すれば、初歩の魔法は使えるようになるはずだ。
一番簡単な火魔法があれば、竈の火を付けることも、獣を捕まえるときの助けにもなる。
今までは魔導師に対して忌避感を抱いていた人達も、これからは魔法をより身近に感じてくれるようになるだろう。
そうなれば、魔導師に対する考え方も、徐々に変わっていくのではないだろうか。
魔法は生活に使えるだけでも有益だ。
高価な魔道具がなくても火をおこせたり、水を出すだけでも生活が変わっていくだろう。貴族達は積極的に魔力持ちを探し出し、私兵やメイドとして雇ったりするようになるかもしれない。
ルシオの思いは膨らんだ。世の中の認識が変われば、魔導師の地位も以前ほどではないにしろ、上がっていくのではないだろうか。
ルシオは15歳になって身長も人並みになりつつあるが、二メートル近いアレハンドロには及ばない。
「僕はまだ成長期だから、もう少し伸びるさ」
そう自分に言い聞かせていた。百六十五センチメートルほどに成長したのだが、後十センチメートルは欲しいと思っていた。急に身長が伸びたせいで成長痛もある。まだまだ伸びるだろう。
そんなある日、何時ものように魔水晶に知識を入れ込んでいた。
何時もなら三時間もすれば魔力が尽きるのに、この日は六時間ぶっ通しで作業を続けていたのだ。
ルシオは、魔力が元に戻ったことを知った。成長と共に穴が大きくなり魔素を取り込めるようになってしまったのだ。
魔力の流れが見えるモノクルを掛け、確かめてみると、穴の隙間が僅かに開いているのが見えた。
――僕の身長はこれ以上伸びないのか。いや、待てよ、魔力を使わなければ良いのでは?
ルシオは、それまでやっていた研究を一時棚上げにした。
身長が伸びた後ならどんどん使えるのだ。ここまで待ったのだ。もう少しだけ待つことにしよう――そう考えた。
「ルシオ、もうそろそろ穴が開き始めるのではないか?」
「……いえ、まだです」
「そうか、もし穴が開き始めたら光と闇の属性の勉強を始めるから。直ぐに私に知らせなさい」
「……はい」
パブロ魔導師はルシオの言葉を信じて、鑑定を掛けることはしない。
ホッとしたと共に、後ろめたさもあったが、ルシオはパブロ魔導師にはまだ知られたくなかった。
パブロ魔導師に知らせれば、いつものスパルタで、どんどん魔力を使う事になりそうだった。身長が伸びなくなったら悲しすぎる。
問題は毎朝の魔力供給だった。いつもと同じくらいに納めるのに骨が折れた。魔力を供給すると後から後から魔素が取り込まれてくるのだ。
ルシオは魔力供給をする振りだけをするようになった。
――どうせ、他の魔導師が来て魔力供給をするんだ。僕一人くらいしなくたって問題は無いはずだ。
その甲斐あってか、一年ほどしてルシオは百八十センチメートル程に背が伸びたのだ。
――これくらいあればもう十分だな。
ルシオはようやく、パブロ魔導師に穴が再び開いたことを知らせたのだった。
「そうか、よし、明日から始めよう」
光は灯り・治癒・浄化・発散・促進、特性は正。
闇は影・隠蔽・攪乱・吸収・停滞、特性は負。
「影は一見悪者のようだが、実は光と闇は表裏一体だ。どちらが欠けても成り立たない。魂のあり方でもある。善だけでも悪だけでもダメなのだ。そこの処を理解するのは大変だがな」
――魂のあり方? 善だけでは成り立たない……?
よく分からなかった。だが、パブロ魔導師が、
「一方では善でも、もう一方では悪となることは良くある事だ。これは神官の仕事に直結することだぞ。これから沢山の事例をお前に見せる。読み込んでおきなさい」
そう言って分厚い資料を手渡した。
今まで裁判に掛けた者達の詳細な事例だという。
「裁判……この国には司法が成り立っているのですか!」
「司法? その様なものは無い。総ては神によって裁かれるのだ。我々神官は、神に全幅の信頼を寄せ、身を任せる。だが、自分でも知識を入れておかねば、神の裁決に疑問を持つことになる。神を疑うことは罪だ。心して置きなさい」
「……はい」
――また、神か。神にすべてを任せるだって? 眉唾も良いところだ。こんないい加減なことをして裁判だと言えるのか? 前世ではきちんとした司法制度があった。この世界は余りにも未熟だ!
ルシオは途端に神官などにはなりたくないと思ってしまった。
神の名の下に裁決され、極刑に処される。
裁判をする神官には全く、何の責任も罪の意識を持つ必要も無いのだ。
総ては神の意思なのだから。
前世の記憶があるルシオに取って、なんといい加減な裁判だろうと思ってしまったのだ。
そして、神という名の下にどれほどの悪事や戦争が起きたか。
たった十七年の廉の記憶にもあるほどだ。
――百歩譲って、この世界に神が居るとしても、僕は見たことが無い。見たことが無い物は信じられない!
今まで素直で、大人しく真面目だったルシオは成長して、少しだけ頑固になったようだった。そして疑い深くなっていた。
どのような裁判かは知らないが、人間のやることだ。
そこには人の思惑が絡む。
半端な正義感を持ったルシオ。少しだけ大人になったのか、それとも思春期特有の反抗心なのだろうか。ルシオは変わりつつあった。
まるで前世のあの時のように。
「ルシオ、お前の魔力には切りが無いようだな」
嬉しそうに、そう語るパブロ魔導師。自分が育て上げた自慢の弟子。
パブロ魔導師はルシオに毎朝の魔力供給を増やすように指示した。
毎朝、二時間に増えた魔力供給だが、全く苦にならない。ルシオにしてみれば、右から左に魔力を移動すれば良いだけなのだ。
魔力切れなど全くしなくなった。
体力も付いて持久力も上がったせいで、疲れも殆ど感じない。
順調に光と闇の属性も使えるようになっていた。
だが、未だにルシオには神を感じる事は出来ない。
どれほど努力しようとも、ルシオには全く神は信じられず、感じる事も出来ない。
「本当に魔導師達は神を感じられるのか? 神など居ないのではないのか?」
つい、ぽつりと口から零れてしまった。側で一緒に祈りをしていたマヌエロは、目を剥いた。
「その様なことを仰るのは、神に対する冒涜です!」
「……ゴメン、思ってもいないことをつい口走ってしまったんだ。気にするほどのことではないから」
「……そうですよね。貴方がその様な事を考えるはずも無かった。私こそ、生意気な口を利いてしまいました。お許しください」
「いや、君は悪くないよ。こんな事を言うこと自体が信仰浅き印なのだろう。もっと精進するよ」
「そうですね」
言葉を繕う術まで身についてしまった。ルシオはこの頃、自分が自分でないような心地だった。
不信を抱き始めてから、どんどん落ちていく思考を止められなくなっていた。
何も知らない子どもの時のような純粋さは、薄れつつあった。
アレハンドロに嫉妬し、師匠に嘘をつき、近侍には本心を隠す。
自分がどんどん穢れていくように感じた。
「今世も僕は地獄行きなのか……」
悶々として、ウゴのところへ向かった。
ウゴの元にいたとき、自分は純粋だった。
それを取り戻せるような気がしたのだ。
「お、どうしたルシオ。また魔水晶が欲しいのか?」
「……ウゴ。僕はダメな人間になりつつある……」
「え? ダメな人間とは?」
ウゴに自分の悩みを打ち明ける。何となくそれだけで罪が薄れていくような気がした。所謂、懺悔と言うものかも知れない。
「ふーん、ふつうの人間だな。それのどこが悪いんだ?」
「僕は神を感じなければダメなのに、感じる事が出来ない。きっと穢れた心には神は近づけないんだ」
「嫉妬、慢心、猫っかぶり……か。それは皆持っているものだろう? もし、それをしないでいたら、人は壊れてしまわないか? 魔導師だって人間だ、お前が考えている理想にはほど遠いと思うがな。嫉妬して相手に悪さすれば罪だが、それを糧に自分が向上するのなら必要だろうさ。慢心も過ぎれば周りが見えなくなるが、お前は違うだろう? 猫っかぶりは、自分を守るためのものさ。全部さらけ出して相手を傷つけないようにするためのものでもあるだろう。もっと気を楽に持て、ルシオ。余り自分を追い込むな、要はバランスだ」
そう言われルシオは以前パブロ魔導師が言った、善だけでも悪だけでもダメだという言葉を思い出した。
――こういう意味だったのだろうか? 自然体で良いということなのだろうか? 僕はこのままで良いのだろうか?
あんなに悩んでいたのに肩透かしを食らった感じだ。
「良し! お前を良いところへ連れて行ってやる。お前はこんなに大きくなったんだ。きっと溜まっている。そろそろ放出しないとな。それからもう一度ゆっくり考えろ」
「……?」
ウゴはルシオを外街に連れ出した。
外街は人口二万人にも満たない小さい町だ。始めて見る街の姿だった。
以前、荒野へ行くときに通り過ぎただけだった町は、人々の賑わいに満ちていた。
狭い道に小間物屋が商品を並べ益々狭くしているが、それもまた活気を醸し出す一因になっているようだった。
ウゴはどんどん奥へ歩いて行き、一軒の妙な雰囲気の建物の前に来た。
「ルシオ、お前の初めてには良い子を紹介して貰うから安心しろ」
「な……!」
ルシオが連れてこられたのは、娼館だった。
魔導師には性に対しての戒律などないので別に罪でもないが、ルシオの腰は引けた。
――こんな事はしてはいけないのでは?
ルシオの意識には、魔導師と、前世の修道士が重なっていた。
神父や修道士には厳しい戒律があった筈だ。
「ルシオ、お前の師匠は堅物だという噂だ。他の魔導師達は弟子をここへ連れてくるぞ。知らなかったのか?」
ウゴによれば、思春期の子どもにとっては大きな問題なのだとか。
早くスッキリすれば考えも落ち着くのだそうだ。
「ぼ、僕にはまだ早いよ、ウゴ。師匠が連れてくるというなら、それを待つことにする」
ルシオはそう言って、そそくさと神殿へ帰った。
前世でも不良グループと一緒に行ったことがある。
大した問題ではないと、当時は考えていた。早く大人になったと自慢もした。これでは本当に前世をなぞっているだけではないか。
ウゴが不良グループと同じというわけではないが、それでも、ルシオは足を踏み出すことができなかった。
神殿へ帰ったルシオは、パブロ魔導師に呼び出された。
今日あったことが知られてしまったのだろうか?
ビクビクしながらパブロの元へ行くと、
「そろそろお前を連れて行こうと考えている」
「……ツ、連れて行く?」
(何処かへやられる?)
結局ルシオはパブロに連れられて、娼館へいく事になった。
ルシオは拍子抜けした。あれほど堕落への道だと恐れていた事が、何でも無いことのように扱われたからだ。
何が何だか分からなくなって、ルシオはやけくそ気味に娼婦と事に及んだ。
そして自己嫌悪に陥った。
事後、憔悴したルシオにパブロは言った。
「性は、神から与えられたものだ。性を忌避するとは不可解だ。スッキリしなかったのか? お前は堅物過ぎる、もっと気楽に考えた方が身のためだぞ」
堅物と噂のパブロ魔導師に堅物と言われてしまい、憮然とするルシオだった。




