第一章 part7:看病
家に着くと、誠は膝の消毒をし、汗だらけになった服を着替え、ベッドに横になった。
試しに熱を測ると39度までに上がっていた。
誠は大きく息を吐き、体の力を抜いた。
いつも以上に体がだるく感じる。頭も痛い。
泉はタオルを水で濡らし、誠の頭にそっと置いた。
「ありがとう、泉。ちょっと寝る」
「うん」
泉はベッドの横に正座をするとじっと誠を見ていた。
誠は気になってなかなか寝付けなかった。
「泉、そんなに見なくていいぞ。こっちも眠れない」
「うん」
しかし、泉は心配なのかなかなか目を反らそうとはしなかった。
誠は時計が目に入り、時刻が一時を過ぎていることに気づいた。
「もうこんな時間か。泉も昼飯はまだだろ。俺は作る元気ないから代わりに作ってくれないか? お粥でいいから」
泉は首を縦に振ると、部屋から出て行った。
誠はこれで寝むれると思いそっと目を瞑った。
三十分くらいしてドアがノックされ、泉がお粥を持ってきた。
誠は体を起こすとお粥を受け取った。
湯気だったお粥はおいしく多少の元気を出すことができた。
湊と引けを取らないくらいにおいしかった。
もしかしたら、泉は料理に才能があるのかもしれない。
誠は食べ終わると、空になった器を泉に返し、再びベッドに横になった。
泉は器を持って部屋から出た。
もう一眠りしようとしたとき、突然携帯の着信が鳴った。
湊からだった。
「もしもし」
「あっ、兄さん? やっぱり心配だったからもう今日は早退したの。今元気が出るもの買って家に向かっているから」
心臓が跳ね上がりそうになった。誠は勢いよく飛び起きた。
「は? ちょ、ちょっと待て。別に大丈夫だから帰ってこなくていいぞ。もう平気だし」
「だめよ。風邪は油断したらすぐにぶり返すんだから。着いたらお粥でも作ってあげるからね」
「い、いや。もう食べた……」
「えっ? なにか食べたの? でも、栄養がつくもの食べないと。あっ、もうすぐ着くから、ちゃんとおとなしく待っててね」
そういうと湊は電話を切った。
誠は部屋を飛び出しすぐに泉のもとに向かった。
泉は台所でお皿を洗っていた。
泉は誠に気づくとお皿を洗うのを止めた。
「あ、あの、風邪は……」
「ちょっとこっち来い」
誠は泉の手を引っ張り自室に連れてきた。
部屋を見渡したが隠せそうな場所が見つからない。焦れば焦るほどいい案も思い浮かばない。
そのとき、玄関からドアが開かれた音が聞こえた。
「ただいま。兄さん、ちゃんと寝てる?」
湊が帰ってきてしまった。誠は一か八かに賭けた。
「兄さん?」
湊がドアを開けて入ってきた。
中には誠がベッドに横になっているだけで、泉の姿は見えなかった。
「お、おう、おかえり。別によかったのに」
「やっぱり心配だったからね。それより、熱は下がった?」
湊は誠のおでこに手を触れた。湊の手は冷たかった。
「まだ熱はあるわね。お粥でも作ってあげるから」
そういうと湊は部屋から出て行った。
誠は安堵の息を吐くと体を起こした。
実は、泉は布団の中に隠しておいたのだ。大きなベッドのおかげでばれずにすんだ。
泉は小さく丸まって息をひそんでいた。
「大丈夫か? 泉」
「う、うん」
泉はそっと布団から顔を出した。
「兄さん。水分補給はちゃんとした? 水持ってきたよ。……何してるの?」
誠はすばやく泉に布団を被せ、自分も入ろうとしたせいで布団はめちゃめちゃだった。
今思えば自分は入る必要はなかったかもしれない。
それよりも、泉がさっきよりも近くにいる。
自分の真横だ。そう考えるだけでちょっと緊張してしまう。
「だ、大丈夫。ちゃんと飲んだから」
「そう。じゃあ、今からご飯作るからちょっと待っててね」
そこであることに気づいた。
そういえば、お皿を泉が洗ってそのままだった。
誠はベッドから出ると台所へむかった。
湊は隣の部屋で洗濯物を取り込んでいた。
誠はその隙に台所に向かいお皿を片付けようとした。
「兄さん? ここにいるの?」
ちょうど湊が来てしまった。早すぎるだろ。
誠はお皿をすぐに流しに戻した。
「兄さん、何してるの?」
「いや、喉が渇いてな。飲み物を飲みに来たんだ」
誠は冷蔵庫から麦茶を取り出しコップに注いだ。
湊はそのとき流しにあるお皿に気づいた。
「あれ? 本当になにか食べたの?」
「ああ、お粥を食べたんだ」
湊はあごに指をやり考えた。
「あれ? 兄さんってお粥作れたの?」
「そ、そりゃ、お粥くらい俺だって作れるぞ」
「ふーん、そう。でも、なんで二つあるの?」
流しにはお皿が二つあった。おそらく、もう一つは泉の分だ。
「これは……二杯食べたんだ。お腹空いちゃって」
「食欲はあるんだ。でも、食器は一つでいいんじゃない?」
「なんかお皿変えたくて。悪いな、俺がちゃんと洗うから」
そのときあるものが目に入ってきた。
誠の心臓が一瞬激しく動揺した。
泉の熊のぬいぐるみがソファの上に置いてある。一緒に隠すのを忘れていた。
どうにかして気づかれないように持って行かなければ。
今湊は買ってきたものを冷蔵庫に入れている。今のうちに……。
誠がソファにそっと近寄ったときだった。
「兄さん、プリンあるけど食べる? ……何してるの?」
誠はいきおいよくソファに倒れぬいぐるみを覆い隠した。
熱があるのにいつも以上に運動している気がする。
「いや、なんか体がきつくて倒れてしまった。プリンだろ。食べる食べる。ありがと」
湊がプリンを取り出そうとしているときにぬいぐるみをソファの後ろに置いた。
なんとかばれなかったようだ。
湊はプリンとスプーンを渡すと向かい側に座った。
誠はこれからどうするか黙々と食べながら考えていた。
そのとき、湊が口を開いた。
「あれ? 膝どうしたの? 怪我したみたいだけど」
体が暑かったので半ズボンを履いてしまい膝が丸見えだった。隠すのを忘れていた。
「ちょっと、擦りむいてしまってな。まあ、大丈夫だけど」
「そう」
湊は深くは追求しなかった。
誠は胸をなでおろすと、どうにか湊をここから追い出す口実を考えた。
プリンを食べ終わりテーブルに置いた。
「そろそろ寝なきゃね。安静にしないと熱が上がっちゃうよ。さ、行こ。今日はずっと看病してあげるから安心して寝ていいからね」
そんなことをしたら泉のことがばれる。それに、ソファの後ろにあるぬいぐるみも見られてしまう。
頭をフルに回転させなにか思いつかないか考えた。
しかし、風邪で熱がある頭ではなにも追いつかない。万事休すとはこのことだ。
「ほら、肩貸してあげるから」
湊が誠の手を掴んだ。やばい。
そのときだった。
突然家の電話が鳴り響いた。
「誰かな?」
湊は誠の手を離し電話を取りに行った。
チャンスだ。
誠はぬいぐるみを掴むと、ばれないようにそそくさと居間から出て行き自室に向かった。
話し声からすると電話は瞳からのようだ。
この時だけは瞳に感謝した。この時だけ。
自室に戻るとベッドの布団を剥いだ。中で泉はおとなしくしていた。
「お前偉いな。ちゃんとおとなしくしてたんだな」
誠は頭を軽く撫でると持ってきたぬいぐるみを渡した。
それを泉は大切に抱きしめた。
誠は湊がまだいるからしばらく押入れに隠れるように言った。
最初から押入れに入れればよかったかも。
もしものために、連絡は携帯にするように言い、泉の携帯はマナーモードにセットした。
それから、暗いから海中電灯や暇つぶしに部屋にあるゲームやマンガを渡して襖を閉めた。
「兄さん? もう寝たの?」
誠は間一髪ベッドにもぐり込むのに成功した。
なんかだんだんと疲れてきた。精神的にも疲れている。
「今から寝るとこ。看病はいいから一人にさせてくれ」
「ダメよ。そうやって一人になったらすぐにゲームをするんだから。ちゃんと寝るまでここにいます。寝付いたら出て行くけどね」
そういって湊はベッドの横に椅子を持ってきて座った。
泉のことが気になって寝ることなどできるはずない。
それに湊もじっとこっちを見ていて落ち着かない。
「湊、眠れない」
「そう? じゃあ、本でも読んであげようか?」
「俺は子供じゃないぞ」
「じゃあ、子守唄?」
「同じことだ」
「じゃあどうしたらいいの?」
誠は一息吐くと、湊に向き直った。
「簡単なことだ。湊がここから出て行ってくれればいい」
湊はしかめ面をした。
「なんでそうなるの? せっかく心配してあげているのに」
誠は仕方なく一演技することにした。
「実は……俺も湊のことが心配なんだよ。俺の風邪が移って次は湊が風邪を引いたりしたら……」
誠はいかにも心配しているという顔をした。
すると湊はすぐに承諾して部屋から出て行った。
作戦成功。湊には追い出しているようで悪いが仕方ない。
いつかお礼をすると心に誓った。
しかし、風邪は本当に悪くなってきた。頭が痛い。
誠は泉にしばらく寝ることを伝え、安らかに目を閉じた。
「じゃあ兄さん、私も寝るね」
夜になって湊が一言告げてきた。
「ああ、おやすみ」
誠が手を振ると、湊も振り返してドアを閉めた。
誠は起き上がり、襖を開けて中から泉を出した。
「大丈夫だったか?」
「うん」
泉は大きく背伸びをした。それからは、湊が完璧に寝入るまで待った。
小一時間して、誠と泉は玄関を出て小屋に向かった。
空は星で輝いていた。夜道を歩いているとき泉が口を開いた。
「今日は……ごめんなさい」
泉はぬいぐるみを抱きしめながら謝った。それなりに落ち込んで反省しているようだ。
「いいよ。嬉しかったぜ。泉がこんなにも俺を心配してくれて」
「……うん」
それからしばらくは沈黙が流れそのまま小屋にむかった。
小屋に着くと泉に一言告げ誠はすぐに帰った。さすがに早く帰って寝たかった。
その帰り道、泉からメールが届いた。
『早く治してね、おやすみ』
と書かれていた。
今では絵文字も取り入れるようになり、完璧に使いこなしていた。
誠は
『ありがとう。明日学校の帰りに会いに行くから。おやすみ』
と返事をして、夜空を見上げながら上機嫌に帰っていった。