第一章 part6:捜索
遊園地に行ってから一ヶ月が過ぎた。
肌寒さはもうなくなり、ぽかぽかする陽気な日が続いた。
授業中は泉とメールをして、平日の放課後は図書室で新聞を見て、それから小屋に向かうというのが一日の流れになっていた。
なかなか泉のお父さんのことについての記事は見つけることがなかった。
それはそうである。名前も詳しい内容も分からないので地名で探していた。
ここは桜楼町なので、桜楼という字を手がかりに探していた。
ここは平和だからか桜楼の桜すら見つからない。
しかし、誠は諦めず探すことにした。
今日は午後から雨だと聞いていたので傘を持ってきた。
久々の雨で土砂降りだった。
大きな雫が音をたてて水溜りとぶつかって跳ねる。霧で前が見えづらかった。
傘もあまり意味をたたず足元が濡れているが誠は今日も小屋に向かった。
誠はノックしようとしたがその手を止めた。
なにか音が聞こえた。やかんや鍋が音をたてている。
まさか!
誠はノックもせず中に入った。
ぬいぐるみを抱いていた泉が一瞬驚いたが、すぐに胸をなでおろした。
誠の予想は的中だった。
あれは雨漏りの音だった。無理もない。このぼろ小屋も雨漏りくらいはするだろう。
窓はダンボールが少し湿っているが大丈夫だった。
雨漏りは三箇所。その下に、やかん、鍋、バケツが置かれていた。
誠は鞄を置くとすぐに出かけた。
少しして帰って来ると手には金槌、釘、何枚かの布、そして板を持っていた。
近くの木に攀じ登り屋根に飛び移った。雨漏りしているところはすぐに分かった。
誠は下に布を敷き、その上に板を置いて釘を打ちつけた。
しょうじき、これで修繕するのか分からなかった。
やったことも聞いたこともなかったので考えられるものを適当に買ったのだ。
雨は容赦なく誠の体に襲いかかり、冷たい風が吹き凍えそうに寒かった。
それを三回繰り返して雨漏りはなんとか止まった。
誠はびしょ濡れになり、泉に別れを告げすぐに家に帰った。
家に着くと、びしょびしょに濡れている誠を見て湊は驚いた。
「どうしたの? なんでそんなに濡れてるの?」
「いや、傘が壊れてしまってな。こんなになってしまったんだ」
「もういいから、早くシャワー浴びないと」
「わかった」
誠はその場で軽くタオルで拭くと浴場でシャワーを浴びた。
そのあと、湊が温かいスープを作ってくれて一緒に夕飯を食べた。
「ねえ、兄さん。最近帰りが遅いけどなにをしているの? 夕飯も一緒に食べる回数も減っているし」
湊は寂しそうな顔をしていた。やはりちょっと心配をかけすぎていたようだ。
だが、泉のことは言えない。
誠はなんとかいい訳を考えた。
「本当にごめんな。ちょっといろいろ調べものとかあって、それを気遣ってくれる友達がよく夕飯に誘ってくれるんだよ」
「私も兄さんと一緒にご飯食べたい……」
湊はうつむいてしまった。こんなにも兄想いの妹を悲しませるとは。
「じゃ、週に三日は一緒にご飯食べよう。それならいいだろ」
「本当? 約束だよ」
「ああ、約束する」
湊が指を出してきたので誠も指を出して指きりをした。
湊も明るさをとり戻してくれた。
次の日、誠は体の異変に気づいた。
体が重く頭も痛い。寒気もするし鼻水も出る。
もしやと思い、体温計で熱を測ってみた。予想どおり、熱は38度を超えている。
完全に風邪だ。
頭がふらふらして誠はベッドに倒れた。
これでは学校は無理だ。
そのことを湊に言うと、自分も学校を休むと言い出した。
それはさすがに恥ずかしいからなんとか断った。
帰りに飲み物を買ってくると言い湊は学校へ行った。
玄関で瞳が、
「バカでも風邪引くんだ!」
と心底驚いている声が聞こえたが怒る元気もなかった。
二人が玄関から出て行くのを確認すると、携帯を取り出し泉に電話をかけた。
泉はすぐに出てきた。
「もしもし」
「あ、泉。俺、昨日雨で濡れたせいで風邪引いたみたいなんだ。悪いけど今日そっちに行けそうにない。ごめんな」
「ううん、いいよ。無理しないで。家に誰かいるの?」
「いや、いないよ」
「じゃあ……私が看病してあげる」
「は? ちょっと待て。お前俺の家知っているのか?」
「……知らない」
「だったら来れないだろ。いいよ、そんなに気を使わなくて。こっちは大丈夫だから」
「……でも」
「いいからいいから。明日はちゃんと来るから。じゃあまたな」
「あっ……」
誠は電話を切った。
泉は何かいいたそうだったが気にすることなくおとなしく寝ることにした。
湊の持ってきた風邪薬を飲んだからかよく眠れた。
壁にかけてある時計を見ると時刻は十一時を回っている。
携帯を見ると着信があった。
驚いたのはその回数だ。すでに百件を超えていた。
しかも、着信相手は全て泉だ。
嫌な予感がする。誠はすぐに電話をかけた。
「泉」
「誠くん、ここどこ?」
「ここどこって、お前小屋から出たのか?」
「……うん、お見舞いに行こうと思って」
嫌な予感が的中。
「いいか、そこを一歩も動くなよ」
誠はベッドから飛び上がると、急いで着替え玄関を飛び出した。
誠は走りながら電話をかけた。
「周りになにが見える?」
「ええと、近くに公園がある」
この街に公園はたくさんある。それだけでは検討がつかない。
「その他は?」
「えと、えと、公園の中に噴水がある」
噴水のある公園は三つ。それなら全部回ればいい。
「わかった。その公園にずっといろよ」
「うん」
誠は携帯を切り、ここから一番近い公園に向かって走り出した。
自分が風邪ということを忘れ全速力で走った。
空は雲一つなく太陽は容赦なく照らしてくる。どんどん誠の体力は奪われていた。
一つ目の公園に着いたらすぐに中に入った。
「泉! 泉!」
しかし、そこに泉の姿は見えなった。
ここではなかった。
誠は次の場所に向かった。
しかし、そこにも泉はいなかった。
いるのは散歩している犬と飼い主だけだった。
ならばあそこしかない。
誠は最後の場所に向かった。
そこはここから一番遠いところだった。
だが、誠は休みことなく走った。
そのときだった。
「あっ」
足に急に力が入らなくなり、勢いよくその場に倒れた。
ようやく自分が風邪を引いていたことに気づいた。
やむをえないが少し休むことにした。その場に倒れたまま息を整えようとした。
目の前がぼやけてきて、意識が朦朧としてくる。
誠は首を振って意識を取り戻した。
足に力を入れ、ゆっくりと立ち上がった。
「泉……」
誠はゆっくりと前に進んだ。
体が火のように熱い。頭もぼーとする。
だが、足を止めることはなかった。
一つの目的地を目指して、必死に体を動かした。
この角を曲がれば公園が見える。
誠は壁に手をつきながら歩いた。
角を曲がると公園が見えた。三十分かけてようやく辿り着いた
。少し安心すると、その場に倒れてしまった。
熱が上がったようだ。汗が出て脱水症状になりそうだ。
足にも力が入らない。がくがくと震える。
「くそ……泉。……泉」
誠は腕に力を入れ、コンクリートの地面をはいずりながら公園を目指した。
手が届きそうで届かない。目もはっきりせず、すべてがぼやけて見える。
そのとき膝から痛みが走った。どうやら膝が擦れて血が出たようだ。
だが、お構いなしに前に進んだ。公園まで残り数メートル。
あと少し、あと少し。
誠は最後の力を振り絞り、その場に立ち上がった。
公園の中に入ると泉がいた。ベンチに腰かけ、携帯とぬいぐるみを抱きしめていた。
よかった。見つけた。
誠はふらふらと泉に近づいた。
「泉……」
すると泉はそっと顔を上げた。
今にも泣き出しそうな顔をしていた。目が少し潤っており、手で目じりを拭いた。
「誠……くん」
泉はすぐに近寄ってきた。
その顔を見ると誠は怒声を上げた。
「バカヤロー! お前なにしてんだよ! なにかあったらどうするんだ!」
泉は誠の顔を見て驚くとすぐにうつむいてしまった。
「こんなことして、なにかあってからじゃ遅いんだぞ! 小屋にいろって言ったろ!」
「……ご、ごめんなさい。だって……私も……力になりたかった。誠くんの力になりたかったから。……いつも、いつも、私ばかりいい思いして、誠くんに嫌われたくなかったから。……ごめんなさい」
泉は深く頭を下げた。
泣いているのか、地面にはポタポタと雫が落ちており、黒い点がいくつもできていた。
「泉……」
誠は泉に顔を上げさせそっと抱きしめた。
見つかってよかった。どんなに心配したか。
泉になにかあったと思うだけで胸が張り裂けそうな思いがした。
「もう……心配かけんなよ」
「……うん」
「こっちは頭痛くて倒れそうなんだ。ちょっと肩かしてくれ」
「うん」
泉は誠の腕を掴み、肩をかした。一歩ずつゆっくりと公園を出る。
誠はそっと口を開いた。
「泉……俺お前のことを嫌いだなんて、一度も思ったことないぞ」
泉は顔を赤く染めながらもコクッと首を縦に振り歩いていった。