第五章 part12:恋愛
誠は学校をサボり、松葉杖を掴み、ある場所へと歩いていた。
肌寒い風が吹いているが、雲一つない空から照らす太陽の光が暖かく、程よい気候だった。
誠は小さな山を登り、泉の脇を通る。そして、雑木林の奥へと歩いていった。
荒れ果てた道らしき道を進み、ある場所へと辿り着いた。
目の前には木の枝で作られた墓がある。
誠は泉の墓に来たのだ。
「久しぶりだな、泉……」
誠はそっと手を合わせ、目を閉じた。そして、そのまま呟いた。
「泉、お前の想いが込められた手紙、どんな気分で書いたんだ? そのときの俺は、よくわからなかったけど、今ならわかる」
誠は目を開けると、泉の墓に触れた。
「泉。お前はずっと俺を支えてくれたな。俺が面倒見てたけど、逆に見られてたかもな。……ありがと、泉」
誠は泉の墓をしばらく見て、その場を去っていった。
次に向かったのは学校の屋上である。
授業中の生徒たちにばれないよう忍び込み、ゆっくりと階段を登っていって着いた。
鉄格子のドアを開けた途端、ふわっとした風が襲いかかり、目の前の景色を輝かせた。
スカイブルーが広がり、街を一望できるこの場所は最高だ。
誠は真ん中に立つと、そっと顔を上げて空を眺めた。
「香。お前は、今何してるんだ? 頑張って獣医を目指してるのかな。お前は誰よりも友達を大切にしてきたよな。心が読めるってのも、ちょっと考えもんだな。……お前は俺の秘密を知った。あの別れのとき、俺の心を読んで……。でも、お前は悲しい顔も、悔しい顔もせず笑ってた。俺もその強い心を、見習わないとな。……ありがと」
誠は空を見て軽く笑みを浮かべるとその場を後にした。
次は公園である。
茜と出会い、そして別れた公園。
今人は誰もいない。いるのは誠だけだった。誠はブランコに座った。
「茜。お前は大変だったな。小さな体になって、それでもまたアイドルになって。ま、お前がただのガキじゃないことは薄々わかってたけどな。でも、楽しい夏休みだったぜ」
そのとき、小さな女の子と母親が公園に入ってきた。女の子はお母さんの手を引っ張り、遊ぼうと言っている。
そんな様子を見て、誠は優しく笑みを浮かべた。
「茜。お前は歌で想いを伝えたな。伝えたかったことを、お前はちゃんと伝えた。……ありがと」
誠はブランコから立ち上がると、次へと向かった。
最後に来たのは神社である。
雫が住んでいた神社。今では誰もおらず、人気のない場所となった。いるのは白い鳩だけである。
誠は本堂の前に歩き、手を叩いてお参りした。
「雫。お前は今幸せか? あっちで幸せに過ごしてるか? 俺は今から幸せになる。いや、なってほしいの間違いかな。お前は電話で伝えた。あのとき、お前は幸せそうな顔してたのかな」
誠は目を開けるとそっと本堂を見上げた。
「雫……ありがと」
誠はゆっくりとその場から出て行った。
誠は家に帰り着いた。時刻は午後5時を回った。
もうすぐ湊が帰って来る。誠はソファに深く座って待っていた。
みんなの思い出の場所を訪れ、今わかった気がした。
自分の想いを伝えるのは簡単なことではない。怖く、苦しく、そして勇気がいる。
でも、それを乗り越えれば、知りたかった答えが見えてくる。
それは努力したから。スカイに頼らず、自分の力で乗り越えた。
誠はふっと息を吐いて天井を見上げた。
「みんなから勇気、貰ったよ……。俺も、手に入れたいなら努力しないとな」
そのとき、玄関が開く音がした。
「ただいま……」
元気のない声が耳に届く。湊が帰ってきた。
「お帰り、湊」
「うん……。ちょっと待ってね。今ご飯作るから」
湊はカバンを置き、エプロンを着けると台所に立とうとした。
「待て、湊」
誠は湊の手を掴んだ。
「兄さん……?」
「湊、話があるんだ」
湊は何か言いたそうな表情をしていたが、濁った瞳でそっとうなずいた。
2人は外に出ると、桜並木の中を歩いた。
今桜は咲いていないが、小さな蕾だけが生っていた。陽は暮れかけており、辺りは暗くなっていた。
前を誠が歩き、その後ろを湊が着いて行っていた。
「兄さん、話ってなに?」
湊の元気ない声が届く。誠は立ち止まると振り返った。
「湊は忘れたと思うけど、ここは俺たちの思い出の場所なんだ」
「思い出の場所?」
誠はうなずいた。そして一つの古びたベンチを指した。ペンキがはがれ、今にも壊れそうなベンチである。
「俺たちがまだ小学生のころ、そこのベンチでお前は泣いてたんだぜ。迷子になって、家がわからずな」
「え、うそ」
「本当だよ。家はすぐ近くなのに、わーわー泣いて。俺は必死で探してたのに、こんなところにいるからな」
「私、そんなこと覚えてないよ」
「それでな、俺がお前を見つけたとき、お前はこう言ったんだぜ。『私、兄さんのお嫁さんになる』って」
「私、そんなこと言ったの?」
湊は可笑しそうに小さく笑った。
「ま、そのときは子供のいうことだからな。俺も気にしなかったけど、お前は本気だったぞ。毎日好きって言って」
「へへ、そんなこと言ってたんだ。ちょっと恥ずかしいな」
「最初に告白したのは湊、お前からだった。でも、俺も告白した」
湊は少し頬を染め小さくうなずいた。
「うん。……嬉しかったよ。本当に。でも、私たちは一緒になれないよ。だって、兄妹だもん。……どうしようもできない繋がりなんだから」
「それは、世間が言っていることだ。本当のことを言えば、俺とお前は何の繋がりもないもない」
「そう思ってるのは兄さんだけだよ。みんな知ってる。私たちは……結ばれない運命なんだよ」
湊は顔を手で抑えて泣き始めた。
誠はぐっと拳に力を込めた。そして腹に力を込め、響き渡るように叫んだ。
「俺は、湊が好きだ!」
湊は顔から手を離すとそっと誠を見た。
「誰がなんと言おうと、俺のこの気持ちは変わらない! 兄妹だから何だっていうんだ! そんなの関係ないだろ! 周りがなんと言おうと、世間がなんと言おうと、一生俺は湊を愛し続ける!」
「兄さん……」
誠は落ち着くと、そっと問い掛けた。
「湊。お前はどうなんだ。俺のことをどう思ってる? 周りのことは気にせず、自分の気持ちを教えて欲しい。どうなんだ、湊!」
「わ、私は……」
湊はぎゅっと制服を掴んだ。そしてうつむき、小さな声で呟いた。
「私も……好きだよ……」
「聞こえない。もう一度言ってくれ!」
湊は顔を上げると、さっきの誠と負けないくらい大きな声で言った。
「私だって、兄さんが好きだよ!」
そこで誠は勢いよく湊に抱きついた。
「ありがと、湊。……それが聞きたかった」
「兄さん……。ふっ……うっ……」
湊の目から涙が溢れ、頬を流れていく。
2人はぎゅっと抱き合った。その温もりを、愛情を逃さないように。
そのときだ。
「相変わらずお熱いですね。お2人さん」
誠と湊はそっと離れると声がしたほうを見た。
「ひ、瞳!」
そこには瞳が立っていた。制服姿で、ニコニコ笑みを浮かべて手を振っていた。
「お久しぶり、2人とも」
湊は驚きながら瞳を見、戸惑っていた。
「ひ、瞳、どうして……」
「どうしてって、何が?」
「だって、私、私……」
「もうそんなの気にしてないよ。私は体は小さいけど、心は大きいからね。あと、そんな大声出してると、近所迷惑だよ」
「瞳、お前こそここで何してるんだ?」
誠の質問に、瞳はふふと笑うと指を立てた。
「2人を助けにきたんだよ」
「助けに?」
「ま、助ける前に、ちょっと訊くことがあるけど」
すると、瞳はコホンと咳払いして言った。
「清水誠殿。あなたはこの清水湊を恋人とし、一生愛し、守り通すことを誓いますか?」
「え? いきなり何言ってんだ?」
「誓いますか?」
瞳が迫り寄って訊いて来る。誠はコクッとうなずいた。
「ち、誓います」
「清水湊殿。あなたはこの清水誠を恋人とし、一生愛し、支えることを誓いますか?」
「……誓います」
そこで瞳はにやっと笑みを浮かべた。
「では、誓いのキスを」
「え? こ、ここで?」
「そ。ほら、早くしてよ」
誠はそっと湊を見た。湊は頬を赤く染めながら、チラッと誠を見る。
「兄さん……」
「瞳、せめて、お前はあっち向いてろ」
「ダ~メ。私が見ないとちゃんとしたかわかんないもん」
そして意地悪そうにクスクス笑った。
「じゃあ、せめて何でこんなことするのか教えてくれ」
「それはもちろん、私が本当に2人は愛し合っているか確かめるためだよ」
「確かめる? そんなことしてどうするの?」
「いいからいいから。2人は幸せになりたいんでしょ? だったら、早くしてよ」
瞳に言われ、誠と湊は見つめ合った。
「湊……」
「兄さん……」
2人はそっと顔を近づけた。そしてそっと目を瞑り、口を近づけていく。
二人の顔は合わさり、誓いのキスを果たした。
そっと離すと、2人は恥ずかしそうに顔を赤くしながら瞳に向き直った。
「ほ、ほらやったぞ」
すると、瞳はパチパチと拍手した。
「よくできました。さすがはお二人さん。お熱いキスでしたね。きゃっ。ちょっと恥ずかしい」
「それで、お前の目的は果たしたんだろ」
「うん。それじゃ、本日のメインイベントに移りますか」
瞳はその場に膝を着くと、手を握り合わせた。
「お兄さん、湊。幸せになってね」
「え?」
瞳はそっと目を閉じた。そこで誠はある予感が頭をかすめた。
「ま、待て、瞳。お前、スカイを使うつもりか?」
「え? 瞳!」
だが、遅かった。そんなことを言っている間に、瞳は願いごとを言っていた。
「清水誠と清水湊が、誰からも批判や悪事をされず、幸せになりますように」
そのとき、瞳の体が青白く光り始めた。そしてその光は空中に広がり、街を、いや世界を包み込んだように一瞬光、元に戻った。
瞳は立ち上がるとニコッと笑った。
「これで幸せだね」
「瞳……」
「瞳、お前……」
「私は後悔してないよ。いつか人のために使おうと思ってたんだ。それに、2人には約束守れなかったし」
「約束?」
「お兄さんには、ずっと湊と親友でいるって約束したけど、守れなかった。私、親友を傷つけたもん」
「瞳……」
「湊にはね、吹奏楽の大会のこと、お兄さんには言わないでって約束したのに言っちゃったし。これで、私のこと許してね」
「瞳!」
湊は瞳に抱きついた。
「湊……」
「ありがと、瞳。ありがと……。瞳は、最高の親友だよ……」
そのとき瞳の目から涙が流れた。いつも元気で、笑って、相手を楽しませて。そんな瞳が泣くところを、今初めて見た。
「だって、私、恩返しがしたかった。2人にはいつもお世話になって、迷惑かけて……いつかお礼がしたかった。だから、2人には幸せにしたかった。こんなことしか、私できないから。……私は、私は……」
瞳は湊の腕の中に顔をうずめ、声を上げて泣いた。
瞳の願いどおり、次の日から誠たちを批判するものをいなくなった。
それどころか、ベストカップルとして称えられるほどだ。誰よりもお似合いで、羨ましい二人だと。
ちょっと前より大変だが、悪い気はしなかった。
昼食は瞳を加えた3人で食べ、楽しく、そしていつものように過ごした。
瞳は元気良くしている。湊と仲直りし、最高の親友だと言い張っている。
誠も負けずと、湊を最高の恋人と言い張った。
誠は一人、屋上で空を眺めていた。
面倒な授業をサボり、涼しい風を感じている。
誠の足は、リハビリの成果でとうとう完治した。今では松葉杖はない。元に戻った。
「兄さん」
湊が後ろから声をかけてきた。そして誠の隣に立ち、同じように空を眺めた。
「また空を眺めてるの?」
「ああ。綺麗な空だよな」
綺麗に晴わたった空は雲一つない。永遠と続きそうな青が広がり、いつまで見ても飽きそうになかった。
「兄さん。約束覚えてる?」
誠はそっとうなずいた。
「ああ。覚えてるよ。一緒にいこう。湊」
2人はそっと顔を向かい合わせ、静かに唇を重なり合わせた。
そのとき、空に青白い光の球が現れ、ふわふわと浮かんでいた。
その光の球は、輝きながら、雲の中へと飛んで、消えてしまった……。